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2020/05/11

『イット・ワズ・グッド・アンティル・イット・ワズント』ケラーニ(Album Review)

 【第58回グラミー賞】でミックステープ『ユー・シュッド・ビー・ヒア』が<最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム>にノミネートされ、大きな注目を集めた米オークランド出身の女性R&Bシンガー=ケラーニ。日本では“誰もが知る”アーティストとは言い難いが、米国のブラック・ミュージック・シーンを語るにおいては、今や欠かせない存在としての活躍をみせている。

 本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で3位、R&B/ヒップホップ・チャートで2位を記録したデビュー・アルバム『スウィートセクシーサヴェージ』(2017年)から約3年ぶりとなる、2作目のスタジオ・アルバム。少女がブロック塀の向こうをのぞき込むカバー・アートは、「空は青いが心の中には疑問や不安等、引っかかった“何か”がある」ことを意味しているのだそう。

 1stシングルの「Toxic」は、ドラッギー且つセクシャルな表現でパートナーへの依存を歌った、お得意のトラップ・ソウル。バック・コーラスには、ラッパーのタイ・ダラー・サインが参加した。交際が囁かれたラッパーのYGについて歌われたものだ、との予想も浮上したが、本人はそれを否定。また、2人はこの曲の発売前月に破局したと報じられている。なお、そのYGを散々にディスった「Valentine's Day (Shameful)」と、当の本人とコラボレーションした「Konclusions」は、本作への収録を見送られている。

 同路線の「Can I」は、先日新作『ザ・ニュー・トロント 3』をリリースしたばかりのシンガー/ラッパーのトーリー・レインズとのデュエット曲。プロデュースは、ファンク・ユニット=タキシードのジェイク・ワンとポップワンセルが担当している。過去の作品等から、両者の相性が良いのは曲を聴くまでもないが、予想を上回る完成度の高さに息を呑む。曲中には、故アリーヤとタンクによるコラボ曲「Come Over」(2003年)が一部引用されている。

 柔らかいトーンで歌う絶品ミディアム・メロウ「Bad News」から、「Savage」が大ヒット中のフィーメールラッパー=ミーガン・ジー・スタリオンによるインタールード「Real Hot Girl」、そして以前ドレイクの「Preach」(2015年)をカバーした際共演したアンブルとの共作曲「Water」へと繋ぐ。「Water」は、幻想的な歌詞をそのまま音にした甘美なスロウ・ジャムで、清涼感は本作一といえる。

 6曲目の「Change Your Life」は、2010年代後期のR&Bシーンを共に盛り上げたジェネイ・アイコとのコラボレーション。前作ではほとんどの曲を担当したプロダクション・デュオ=ポップ&オークがプロデュースを担当している。両者によるサビのハモりが最高で、シングル・カットしてほしいほどの完成度。インタールード「Belong To The Streets」を挟んで、2ndシングル「Everybody Business」へ。

 「Everybody Business」は、 ファレル・ウィリアムスのデビュー曲「Frontin」(2003年)をサンプリングしたアコースティック・メロウ。「Toxic」も捨てがたいが、やはり本作のハイライトはこの曲だろう。90年代のR&B(テリー・エリスあたり?)を彷彿させるサウンド・プロダクションは、我々アラフォー世代にも耳馴染良い。新型コロナウイルスによる外出自粛期間中にリリースされたミュージック・ビデオは、自ら制作した自宅でのセルフ・ショットが楽しめる。しかし、凄い家(というか庭)に住んでいるなぁ……。

 「トラップ・ハウス・ジャズ」なる新ジャンルを確立したマセーゴとのコラボ曲「Hate The Club」もいい曲。サックスの音を効かせたジャジーなトラックが超クールで、ネオンが瞬く都会のビジョンが音から漂ってくるよう。後半に用いたトークボックスもいいアクセントになっている。ボーイ・ワンダによるプロデュース曲「Serial Lover」から、リリース直前に公開された3rdシングル「F&MU」へ。「F&MU」は、セックスをテーマにしたアダルティなトラックで、同日に公開されたミュージック・ビデオでも、発情や行為を連想させるダンス・パフォーマンスを楽しませてくれる。

 続く「Can You Blame Me」は、Dマイルがデビューさせた、米ニューオリンズ出身のR&Bシンガー、ラッキー・デイとのデュエット曲。かつてのヒップホップ・ソウルを彷彿させる90年代フレイバーのミディアムで、瞬時に曲を自分色に染め上げる、ラッキー・デイの個性的なボーカルが上手い具合にハマった。次曲「Grieving」は、英ロンドンのシンガーソングライター/プロデューサーのジェイムス・ブレイクをゲストに迎えた意欲作。ネオソウルのようなエッセンス、クールな視点で書かれた歌詞共に深い味わいがある。

 ヒットを狙った感もなく、気軽に親しめるR&Bアルバムとは言い難いが、作品としてのまとまりはあるし、ケラーニらしさが出たいいアルバムには仕上がっている。ケラーニは、これまで前述のデビュー作『スウィートセクシーサヴェージ』と、2019年2月にリリースしたミックステープ『ホワイル・ウィー・ウェイト』(最高9位)の2作がBillboard 200でTOP10入りしているが、シングル、アルバム・チャート共に首位を獲得したことはない。プロモーションもまともにできない、こんな時期にリリースしたからこそ、自己最高位を更新してほしいもの。

Text: 本家 一成

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