2020/04/23 18:00
世界各地を襲う新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、近年プラス成長が続いていた音楽業界、ライブイベント業界の風景を一転させた。緊急事態宣言が出た日本より先んじて、世界では外出禁止の「ロックダウン」や、社会的距離施策を早々に実施。感染拡大を最小限に抑えようとする措置を講じた。これによって、ツアーやライブ、イベントで生計を立てていたアーティストやDJ、舞台裏を支えてきた中小企業やフリーランサー、会場運営主や、プロモーターたちは、大きな収入源と、経済補償を同時に失うこととなった。
1月後半にはアジアでの公演キャンセルが相次いだ。その波は欧米にも移り、2月からは、次々とフェスが延期または中止を発表し、アーティストたちもツアーをキャンセルした。3月中旬には、ライブ・ネイションとAEGの2大プロモーター、CAAやWME、UTA、Paradigmといった、多数のアーティストを抱えるエージェンシーが、大規模なツアーやイベントをキャンセルすることを、連名で発表した。
推定される損失額も桁違いだ。ライブ業界専門メディアのPollstarによれば、チケット販売だけで89億ドル(約9600億円)の損失が生じるとの試算が示された。
この影響は、大物ツアーアーティストだけに限らない。なぜなら、地元のクラブで毎週プレイするDJや、小規模なライブハウスやバーで演奏するバンドなど、インディペンデントなアーティストたちは、大きな経済的損失の直撃が避けられないからだ。
アーティストの活動や、音楽業界関係者の今後は、果たしてどうなるだろうか。すでに経済再開の議論が沸き起こっているが、未来を議論するのは時期尚早だとの意見もあるだろう。問題は、誰もまだ具体的な方向性のある答えを持っていないことだ。感染被害が収まった後、元通りの社会や日常が復活しないとの意見もある。コロナ以降の世界では、「ニューノーマル」(新しい常識)の社会へ、構造的な変化が起こると主張する人が増えている。
ニューノーマルな音楽社会の構造に適応するための、新しい取り組みが始まっている。その一つは、急成長をみせる音楽ライブストリーミング配信の、ビジネス活用だ。
ライブストリーミング配信は、音楽業界において、これまでニッチな領域だった。しかし、ライブやツアーが中止や延期になる中、フットワークの軽いアーティストや、プロデューサー、レーベルたちは、いち早く、デジタルプラットフォームを音楽活動を広げるツールとして捉えた。自宅から配信する環境を整え、ファンとのエンゲージメントを蓄積することへ、真剣にコミットし始めたのだ。
アーティスト向けのライブ情報プラットフォームのBandsintownが、3月から8000以上のライブ配信を対象に行った実態調査では、バーチャルイベントがアーティストの重要な活動拠点になってきたことが明らかになった。
Bandsintownのプラットフォーム内で告知されたライブイベント数は、3月末で1,987個だったが、4月1週目には21%伸びて2413個に増加した。4月後半には、一日で480個のバーチャルイベントやライブ配信が登録され、Bandsintownの過去最高記録を更新した。アーティストの平均配信回数は26日間で2.15回で、2週に1度のペースでバーチャルイベントからファンとの交流を行っていることが分かった。
興味深いのは、ライブ配信の開催日時だ。土日の配信よりも、圧倒的に平日の配信が人気だった。
最近では、週末には大物アーティストが参戦する大規模なバーチャルフェスや、長時間のチャリティライブ、土日を跨いだイベント開催が目立ってきた。ライブ配信には今後、大物アーティストや、メジャーレーベルと契約するアーティストたちの参戦が増えていく。
とはいえ、配信の世界は、注目度の競争ではなく、誰が参加しようが問題ない。プラットフォームとチャンネルを理解し、応援してくれるファンに向けての、配信戦略作りと、コミットメントを持ち続けることが、重要になっていくだろう。
Bandsintownは、ライブ配信に参加するファンやオーディエンス7000人以上の実態調査も行った。
ライブ配信の内容で、ファンの人気が高いのは、圧倒的にライブパフォーマンスだ。調査に答えた人の96%が同意している。収録された動画の配信や、ファンとのQ&A、インタビュー、ファンが選ぶセットリストのライブは、支持率が低かった。つまりは、動画をアップロードしたり、決まった台本を進めるような行動では、ファンとのエンゲージメントは続かないということで、アーティストにも動画に対する新しいマインドセットが求められる。
配信内容もクリエイティブに多様化させるアーティストも増えている。テーマ設定に基づいたパフォーマンスを行ったり、プラットフォーム上をツアーしたり、最近では、DJやプロデューサーのビートバトルも、毎回注目を集めている。アーティストの企画力や行動力が重要となってきているのだ。
奇しくも、これだけの継続的なライブ配信は、従来の音楽ファンにとっても、SNSで育った音楽にとっても、新しい常識となる。ニューノーマルの観点からすれば、自宅で時間を過ごす時に、ライブ配信がある世界が一般的になっていくと考えると、これからは従来のライブビジネスやイベントをバーチャル空間で再現するかどうかの見極めには注意が必要だ。
ライブビジネス関係者であれば、ライブやツアープロモーション、会場経営、チケット販売などを、今までと異なる目線で見るための、適合性を考えなければならない。Bandsintownの調査では、コロナが収束して、ライブハウスやツアーが再開した後も、ライブ配信を定期的に視聴すると答えた人は74%にものぼった。一方で、65%以上は外出規制や自宅隔離が終われば、またリアルなイベントに参加したいとも答えた。
さらに、70%以上の回答者は、ライブ配信にお金を払うと答えた。これはアーティストやプロモーター、ライブハウスにとって、プラスになるファン心理だろう。
今後は、YouTube Liveのスーパーチャットなど、投げ銭がアーティストやライブハウスの収入源の一つになることは確実だ。投げ銭ができるプラットフォームでは、TwitchやYouNowがあり、アーティストがチャンネルを展開して、YouTubeと併用するライブ配信も目立つ。
またライブ配信のチケット販売ができるプラットフォームも需要が高まっている。StageItや、Looped、Side Doorなどは、価格設定に柔軟に行うことが可能だ。多くのアーティストが収入源として活用し始めた。日本人アーティストも、チケット販売を有効活用できないだろうか。
コロナ危機で失ったモノは多い。だが、世界中のアーティストや、ライブプロモーターたちは、直面する数々の制限や不安に対する実用的な回答を探し、コレクティブかつアクティブに行動している。バーチャルイベントや、ライブ配信を、ニッチな取り組みと考えるのはもはや不可能だ。ストリーミングやSNSと同等に、捉える視点が必要だろう。
◎プロフィール
ジェイ・コウガミ(デジタル音楽ジャーナリスト)
世界の音楽ビジネスに特化したニュースメディア、All Digital Music編集長。「デジタル×グローバル音楽」をテーマに、世界の音楽企業、アーティスト、経営者への独自取材、ビジネスモデル分析やリサーチデータを軸にした執筆など、国内から海外まで多領域で活動する。また、エンタテインメントにフォーカスしたテクノロジーメディア会社CuePointを設立、レコード会社や音楽企業に対して、海外展開やデジタルマーケティング、市場分析に関する、戦略コンサルティングを行う。2019年から、イギリスの音楽マーケティングサービス会社「Music Ally」の日本事業展開およびメディア編集を担当。
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