2020/02/16 10:45
マークが笑っている! それも健康的な表情で――気さくで人懐っこい笑顔を見せ、観客席に手を振りながらステージに登場したマーク・アーモンド。1980年代からスキャンダラスかつエロティックなサウンドで一世を風靡したエレクトロ・ポップ・デュオ=ソフト・セルで一躍名を馳せた彼が、先月リリースしたばかりの『Chaos And A Dancing Star』(2020年)を携え、約10年ぶりにビルボードライブ東京に帰還した。
ファンが席を埋めたファースト・ショウ。今宵、六本木のステージに還ってこられた喜びを不器用な日本語と全身で表した彼は、新作からのナンバーを矢継ぎ早に披露していく。ステージの上は鍵盤を捌くジェイムズ・ビューモントとギターを操る盟友のニール・X、そしてマークの3人。シンプルでポップなサウンドを繰り出しながらフロアに詰めかけたファンに歌いかける、そのリラックスした表情と身のこなしは、腐敗寸前の果実が放つインモラルな薫りにも似たエレクトロ・ビートに身を任せていた80年代とは雰囲気を異に。まるでやわらかい陽射しに照らされているかのような幸福感さえ漂わせている。
マーク・アーモンドは、英国・リヴァプールの北にある町、サウスポート出身で、現在62歳。マーク・ボランやデイヴィッド・ボウイ、ブライアン・イーノといったグラムに影響されたミュージシャンや、伝統的にイギリスで人気のノーザン・ソウルに傾倒しつつ、同性愛者らしい感性と美意識が滲む音楽性を研ぎ澄ませてきた。キャリアで最も重要なデュオ=ソフト・セルやマーク・アンド・ザ・マンバスなどを経てソロに転向してからは、さまざまなアーティストと共演。そのリストを紐解くと、アンソニー・アンド・ザ・ジョンソン、リディア・ランチ、ニック・ケイヴ、ジーン・ピットニー、ジミー・ソマーヴィル、ジョン・ケイル、デイヴィッド・ヨハンセンといった尖った表現者とのコラボによって、常に独特な世界観を発信してきた。81~84年まで活動したソフト・セルを2001年に再結成したのにも目を見張ったが、他方、オリジナル以外にもブロンスキビートのジミーとのコラボでヒットさせたドナ・サマーの「I Feel Love」(85年/全英3位)や、89年にジーンと共演して全英1位になった「Something’s Gotten Hold Of My Heart」、さらには同年リリースされた、彼の音楽的ルーツの1つであるジャック・ブレルの曲を歌ったアルバム『Jacques』に収められたカヴァー曲も強い印象を残している。
会場の隅々まで届く生々しい息遣い。まるでリサイタルのような、独自の美意識に彩られた世界観を躊躇することなく表出し、観客を官能的な“異界”へと誘う。「簡素」と言っていいほどガランとしたステージが煌びやかな“舞台”に、ライヴが華麗な“ショウ”に変貌していく。そして、決してブレることのない耽美なスタンスに裏打ちされたパフォーマンスは唯一無二の存在感を強烈に放っていて。現実の世界から遠ざかっていくはずなのに、奇妙に生々しい肌ざわりもあるアンビヴァレントな感覚は、得も言われぬ聴き心地を呼び覚ましていく。その手際は見事だ。
電子音から研ぎ澄まされた生音への変遷――そう表現して差し支えないパフォーマンスから滲む、美に耽るスタンスは一寸の隙もなく、些細な迷いもない。そしてアンドロジナスだからこその妖艶さを支えるエネルギッシュなステージ・マナー。オーディエンスに語りかけた次の瞬間、一心不乱に意識を傾ける歌唱には、以前と同様に甘美な毒と苦く儚い“想い”が込められているように感じられて。マーク独自の美意識が際立つ深遠な世界に、気が付けば引きずり込まれ、溺れていきそうな危うさが秘められている。
ジェイムズの伴奏によるジャック・ブレルのピアノ・バラードから始まった中盤は、新作にも色濃く反映されたアコースティックな音が寄り添う優しい歌が披露され……。傷を負った心を癒してくれる安堵感に満ちた声は限りなく美しく、まるで賛美歌、もしくはスワンソングのように響く。そのメランコリックな旋律からこぼれ落ちてくる感傷。20世紀のころのPVでも頻繁に表現されていたシュールな世界観が手法を変えて差し出される。それは、まるで現実の隙間に迷い込んでしまったかのような、奇妙な感覚を味わわせてくれる。
ソフト・セルを中心とする80年代の再評価が進むマークにとって、ナイン・インチ・ネイルズなどのフォロワーも生んでいる音楽性と存在感は、そのエモーションの表出も含めて2020年の今、間近で目撃すると意外なほど新鮮だ。
それにしてもテンションの高いファンたち。フロアの最前列を埋め尽くした女性たちは、マークの振り付けをフォローし、ステージの上に現れた“幻想の世界”にシンクロしていく。
終盤にはデカダンな“毒”を漂わせた横顔を見せ始め、夜ごと繰り広げられる背徳的なダンス・パーティ御用達のサウンドに――。新作のタイトルさながら、混沌と煌びやかさが交互に立ち昇ってくるような退廃的な音と歌声は、刹那な快楽に身を委ねるためのサウンドトラックのよう。曲ごとに織り込まれたフラメンコやシャンソンといった情熱的な音楽ファクターは、矮小な僕たちの常識を軽々と打ち砕いていく。社会のクリシェから自由な彼の、複雑に屈折した愛情表現が織り成す、紛うことなき孤高の歌世界を今宵、僕は堪能した。
ステージの真下まで詰めかけたファンから真っ赤な花束やフラミンゴのぬいぐるみを受け取り、自身に向けて伸ばされたたくさんの手を握り締めていくマーク。最後には『Erotic Cabaret』(81年)のラストに収められた楽曲のフレイズを会場全体で合唱し、80分の“ショウ”が完結した。
久々の来日で、ブレることのない美意識を披露してくれたマーク・アーモンドのステージは、17日(月)に大阪で体験するチャンスが。世紀を超えてアンドロジナスなオーラを放ってきた彼の華麗なパフォーマンスに身も心も委ねて、寒さに縮こまった身体と精神を解放させてみては? 耽美な世界に触れれば、きっと浮世の疲れも吹き飛ぶはず。
◎公演情報
【マーク・アーモンド】
<ビルボードライブ東京>
2020年2月15日(土)※終了
<ビルボードライブ大阪>
2020年2月17日(月)
1st ステージ 開場 17:30 開演 18:30
2nd ステージ 開場 20:30 開演 21:30
URL:http://www.billboard-live.com/
Photo:Yuma Totsuka
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ようやく「春」を実感する瞬間が多くなってきた数日。ここ2年ほど気になっているのが南イタリア・プーリア州で造られているジンファンデル種の赤ワイン。以前は「プリミティーヴォ」と呼ばれていた黒ブドウのアメリカでの名称が、なぜイタリアでも使われるようになったのか? もしや、メジャーになったカリフォルニア・ワインの人気に便乗するためか。まぁ、美味しければ異議はないのですが……。
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