2020/02/04 14:33
グラスで微睡んでいた琥珀色の液体が、微かな熱と共にゆっくりと喉元を下りていく。その広がりと一緒に、アルの指が弾いた深い色合いの音が身体の奥深くまで響いてくる。
透明な遮音板で仕切られた簡素なステージに陣取った3人は、最初の一音を合わせるように息を飲み込み、楽器を奏で始める。抒情的な幕開け。色彩感豊かな音粒がしだいに砕けて微粒子になり、細胞レベルにまで浸透してくる。深く、官能的なぺネトレイション――。
端正につま弾かれる旋律は、冷静なアルのイメージを拡散させていく。しかし、繰り出すパッセージが少しずつ摩擦熱を帯びていくように感じるのは、音の背景に彼の喜怒哀楽が具体的に想起され、それぞれの感情が投影されているからだろう。その展開はドラマティックだ。
デビュー当初から地中海的な自由さと中東的なエキゾティシズムを滲ませた音楽性で、独自の存在感を放ってきたアル・ディ・メオラが、再び新しい地平へのチャレンジを試みた最新作。そして、新たなツアーの一環として上がった『ビルボードライブ東京』のステージ。
一瞬のブレもない高速パッセージ。背筋が凛と伸びた、理知的な印象さえ抱かせる構築的なフレイズ。そして、その端々からこぼれ落ちてくるパッション。高い熱量を発散するサウンドからは、弾き出す音に込められたアルの情熱が伝わってくる。
濃密でエキゾティックなリズムに呼応するフレイジング。弦がたわみ、弾かれ、ねじれ、擦り上げられながら、ふくよかなエモーションを発していく。ソリッドなリズムとスタッカートの利いたギター音がせめぎ合う様は、まるで牛の心臓を狙って舞う闘牛士の剣先のようであり、大地を踏みしめ鼓動を刻むフラメンコ・ダンサーのつま先のようでもある。
トリオによる、いささかの隙もない緊密な絡み合い。各々の一挙手一投足が“合図”になり、鍵盤と弦が機敏に反応し合う。キレのいいアコーディオン。リリカルなピアノ。さらには、これまではあまり表現してこなかったような、穏やかな旋律が奏でられる場面も――気がつけばステージには、今までより圧倒的に表現の幅を広げたアル・ディ・メオラがいた。
研ぎ澄まされた感性による高度なインプロヴィゼイションによって、彼の音楽が新たな翼を広げ、僕らをまだ見ぬ地平へと誘ってくれる。音楽によって鳥肌が立つ体験を、詰めかけた人たちが共有する冬の宵。アスファルトで固められた都会に舞う一陣の風のようなプレイに身体を委ね、ささくれた心を解き放っていく。
現在65歳のアル・ディ・メオラは、1954年米国・ニュージャージー州出身。74年、リターン・トゥ・フォーエヴァーに参加して一躍メジャーに駆け上がった彼は、76年にソロ初作の『Land Of Midnight Sun』をリリース。続く『Elegant Gypsy』(77年)では「Mediterranean Sundance」や「Lady Of Rome,Sister Of Brazil」といった名曲を発表し、音楽性の広がりを加速させていった。エレクトリックとアコースティックのギターを弾き分けながらも、緊迫感溢れる高速パッセージは疑いなくタイトで、現代的な印象を強く抱かせる。その一方でスパニッシュからの影響が色濃いフレイジングは汗が滲む体温を放出し、高密度の音が聴き手を力強く抱き込んでいく包容力に溢れている。共同名義の作品も含め、かなりの多作家だが、2017年の来日時にも演奏した楽曲も含む最新作『Opus』(18年)ではコンポーザーとしての才能も大きく開花。珠玉のナンバーが耳を惹きつける。
これまでも狭義のジャズに束縛されることなく、さまざまな音楽要素を重層的に組み合わせ、常にプログレッシヴな姿勢を貫いてきたアル。チック・コリアを筆頭にパコ・デ・ルシア、ジョン・マクラフリン、ヤン・ハマーといったミュージシャンと共演してきた経歴から、ともするとジャズ~スパニッシュ~フラメンコ~ラテンという図式で囚われがちな彼だが、その実態はスケール感の大きいハイブリッドなアーティストだ。
例えば、あまり語られないキャリアだが、世界的パーカッショニストのツトム・ヤマシタが主宰した『Go』(76年)への参加が、彼の進歩的な側面を示している。そこでアルは、スティーヴ・ウインウッドも名を連ねたシアトリカルなプログレッシヴ・ロックに正確無比なテクニックで抒情的なフレイズを弾き上げ、具体的なエモーションの表出に一役買っている。
文字通りクロスオーバー/フュージョンを体現するように、長いキャリアの過程でワールド・ミュージックまで視野に収めてきたプレイは、今宵、複雑なシンコペーションを乗りこなし、逞しく躍動していく。その音に表れる眩い光と濃い影。時間の経過と共に光が移ろい、ときに乱反射を起こすような、目眩にも似た白日夢感覚が、ふいに訪れる。走馬灯のように流れていく遠い記憶のデ・ジャ・ヴ。
ステージはときにカルナヴァルの喧騒が広がり、次の瞬間には感傷の色に染まり、別の場面ではモダンな都市の光景をなぞっていく。そのスリリングな展開は、一瞬たりとも目を離せない。観客は誰もが、弦を弾くアルの指先に意識を集中している。
背後にはレコードのジャケ写を並べたタペストリーが提げられ、その前で演奏されるナンバーが今回の“過去、現在、未来”を聴かせるツアー(Past,Present,Future Tour)のコンセプトを体現していく。だが、本人が「人生の新章を彩る作品」と説明する新作からの楽曲が中心になのは間違いない。なぜなら、新作は彼の「過去」と「未来」を繋ぐ、まさしく「現在」の音楽に他ならないからだ。
ピアノやアコーディオンの音と響きが重なった瞬間から、流れるようなパッセージでアルのギターがひたすら疾走していった90分。地中海に吹く乾いた風を連想させる超絶テクニックと、ドラマティカルなサウンド・スケープに、僕は心から酔い痴れた。
終盤にはビートルズのカヴァーを人懐こいアレンジで聴かせ、ラストには“名刺代わりの1曲”で会場を沸かせた3人。
新しい編成でクリエイティヴなパフォーマンスを披露したアル・ディ・メオラの“最新型ライヴ”は、今宵(4日)も東京で、6~7日には大阪で、それぞれ2ステージずつ予定されている。豊かなキャリアと揺るぎないテクニックに裏打ちされた豊穣のパッセージは、まさに今が“旬”と言って差し支えない。将来に向かって大きな展開も連想させるスリリングなサウンドは、メトロポリタンな都市の夜に似合う。独自のエキゾティシズムとモダニズムが緻密に織り上げられた絨毯のようなディ・メオラの演奏に身を委ね、放たれる高い熱量で心も身体も温めてみては?
◎公演情報
【アル・ディ・メオラ】
<ビルボードライブ東京>
2020年2月3日(月)※終了
2020年2月4日(火)
1stステージ 開場17:30/開演18:30
2ndステージ 開場20:30/開演21:30
<ビルボードライブ大阪>
2020年2月6日(木)- 7日(金)
1stステージ 開場17:30/開演18:30
2ndステージ 開場20:30/開演21:30
詳細:http://www.billboard-live.com/
Photo:Masanori Naruse
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ヴィーニョ・ヴェルデやランブルスコなどの、いわゆるフィリツァンテ系ワイン。微発泡がもたらす爽やかな喉越しとフレッシュな舌ざわりは蒸し暑い夏に重宝するのはもちろん、実は一年で最も寒い今の時季にもお勧め。熱々の鍋料理に、しっかり冷やした微発泡ワインは最高のマリアージュです。液温が上がっていくにしたがい香りも立ち始め、自然の恵みである具材とのコラボを堪能。春の暖かさまでは、もうしばらく。今宵は情熱的なアルのギター・サウンドを反芻しながら、キリッと冷やした微発泡ワインを熱々の料理と共に楽しんでみては?
関連記事
最新News
関連商品
アクセスランキング
インタビュー・タイムマシン
注目の画像