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2019/12/05

U2、名盤『ヨシュア・トゥリー』に新たな命を吹き込んだ13年ぶりの来日公演ロング・レポート

 1987年にリリースされた、U2の5作目となるスタジオ・アルバム『ヨシュア・トゥリー』は、本国アイルランドやイギリスなどヨーロッパ諸国はもちろん、アメリカでも初のNo.1を獲得し、ワールド・セールスは2,500万枚を突破するモンスター・ヒットを記録した。 彼等にとって最大のヒット作であり、代表作……という既存感満載の説明も、もはや不要だろう。アルバムがリリースされた1987年4月から12月には、同名のコンサートツアー【THE JOSHUA TREE TOUR】が行われ、大盛況を収めた。翌88年には、同ツアーを追ったライブ・ドキュメンタリー映画『魂の叫び/Rattle and Hum』と、同名のライブ・アルバムも発売されている。

 U2のキャリア、そしてロック・シーンの歴史において欠かすことのできない『ヨシュア・トゥリー』のリリースから30周年を迎えた2017年、アルバムの完全再現ツアーが行われたことも記憶に新しい。何せ、たった2年前のことだ。しかし、此処日本には訪れることなく幕は閉じ、多くのファンが肩を落としたのもまた、事実。U2は、そこから10年前の2006年末に同さいたまスーパーアリーナで行われた【Vertigo TOUR】以降、日本でのライブ公演を行っていない。それが今回、13年ぶりの来日公演にして、あの【THE JOSHUA TREE TOUR】が蘇るワケだ。

 初日となる2019年12月4日の埼玉・さいたまスーパーアリーナ。開演30分前は、入り口、ロビー、ホール共にU2ファンがごった返し、エピソードを交えた談笑が聞こえてくる。13年ぶりの来日公演ということで、それ以来……という方たちもいるかもしれない。年齢層は、アルバムが発売された当時学生~20代前半だった、4、50代が多い印象。また、海外の方もたくさん観に来ていて、“ならでは”のオーバー・リアクションで周囲を盛り上げたりしていた。開演までは、スクリーンに英語や日本語による詩が映し出され、その中には紫式部や松尾芭蕉など、日本を代表する俳人・歌人のものもみられた。

 開演時間の19時30分丁度にライトが消え、ドラムのラリーが登場。センター・ステージで演奏をはじめると、後方からベースのアダム、ギターのエッジ、そしてボノが現れ、オーディエンスのテンションはピークに。衣装は全員黒で統一され、誰ひとりとしてメタボになっていない、スタイリッシュなビジュアルも健在だった。

 ライブは3ブロックに分かれている。まずは、『ヨシュア・トゥリー』以前にリリースされた4枚のアルバム(1980年~1984年)から厳選した5曲を披露。オープニング曲は幕開けに相応しい「Sunday Bloody Sunday」で、イントロから地鳴りのような歓声が響く。90年代に入ってからしばらく演奏されない時期が続いたが、2000年以降は何度となく披露している定番曲だけに、この曲での登場はファンの喜びもひとしおだろう。

 2曲目は、1980年のデビュー作『ボーイ』より「I Will Follow」。スピード感溢れる同曲で、オープニングからさらに会場はヒートアップし、大合唱・大ジャンプとまるでアンコール最終曲のような盛り上がりをみせた。曲自体40年近く経った今聴いてもまったく古臭くないが、ライブパフォーマンスは原曲を上回るクオリティだった。3曲目には、「Sunday Bloody Sunday」に続きアルバム『WAR(闘)』より「New Year's Day」が歌われている。全米では初のランクイン(最高53位)を果たし、U2の知名度を高めたこちらもライブの定番曲。「トーキョー」ではなく「サイタマ!」と日本語を放ち、観客に手を挙げて拍子をとるよう煽ったボノ。スターというよりは人間味に溢れた“アーティスト”そのものだった。

 この曲に続いては、1984年の4thアルバム『焔/The Unforgettable Fire』より「Bad」を披露。演奏前には、「コンバンワ、アリガト~!」と挨拶し、「子供たちが平和に暮らせるよう、祈りをささげる」と添えた。この曲は、ドラッグ中毒で亡くなった古い友人に手向けた曲で、その悲しみや怒りみたいなものを叫ぶように歌うボノのボーカルには圧倒させられる。過去のライブでは「こういった惨事を繰り返させている社会情勢について歌った」と話していたが、その想いは今も変わってない。観客も、祈りを捧げるようスマホのライトを照らして会場を星の海にした。

 続いても、同じくアルバム『焔/The Unforgettable Fire』より「Pride (In the Name of Love)」が歌われてる。広島・長崎の原爆被害者によるアートが、曲のインスピレーションに繋がったという日本にもゆかりのあるナンバーだが、ライブでは“演りすぎた”が故、ファンの間ではさすがに飽きたとの声もあがっているよう。初見した筆者にとっては全くそんな印象は受けず、大合唱する会場の盛り上がりからしても、第一部のラストを飾るに相応しいナンバーだと体感できた。途中、ボノがペットボトルの水を観客に振りかける場面があったが、濡れたファンにとっては最高のお土産になっただろう。

 「Pride」演奏後、センターステージに4人整列し、一旦会場を後にする。すると、スクリーンが真っ赤に染まり、ヨシュアトゥリーの下に4人のシルエットが映るあのライブアートが浮上した。いよいよ第2部『ヨシュア・トゥリー』のアルバム再現ライブがスタートだ。

 「Where the Streets Have No Name」のイントロが始まると、オープニングにも勝るとも劣らない歓声が響く。当時の【THE JOSHUA TREE TOUR】では1曲目に披露されたこの曲も、過去のライブで何度となく歌われてきたが、特に有名なのが【第36回スーパーボウル】でのパフォーマンスで、前年の9.11を受けて試行錯誤した演出は、U2ファンでなくとも涙なしでは聴けない。そのイメージが強かったからか、この曲では当時の映像がフラッシュバックし、グっときた(方も多いはず)。また、バックスクリーンに映し出されたドライブ映像は、まるで自分たちも一緒に移動しているかのような臨場感で、演奏のみならず、映像のすばらしさにも息を呑んだ。このスクリーンは、ショーを行うツアーとしては最大規模の「ハイレゾLEDビデオ」を使用しているとのこと。

 全米・全英で1位を記録した他、世界各国で大ヒットしたモンスター・シングル「I Still Haven't Found What I'm Looking For」~「With or Without You」の2曲については言うまでもない。会場にU2初心者がいればの話だが、ビギナーの方にとってもライブのハイライトといえるだろう。「I Still Haven't Found What I'm Looking For」では、マイクを会場に向けファンに歌わせる場面があったが、その熱唱っぷりと一体感が凄まじく、「With or Without You」は、スクリーンに映る大自然が曲に溶け込み、盛り上がるというよりは聴き入ってしまった。

 アルバム4曲目の「Bullet the Blue Sky」も、ライブでは度々披露される人気曲。リリース当時アメリカ大統領だったロナルド・レーガンについて皮肉った歌詞が有名だが、前回、そして今ツアーでは現大統領のドナルド・トランプを訴えるかのようにパフォーマンスしている(ように見える)。アメリカ国旗をバックに、様々な人種・年代の人たちがヘルメットをかぶるという「危機的状況」を表現した映像演出も見事だった。演奏中、ボノ自身がカメラを担ぎ、メンバーと観客を撮影するという、現代ならではの粋なパフォーマンスもみられた。

 「Running to Stand Still」も「Bad」同様ドラッグ中毒に纏わる曲で、その悲しみや訴えをボノがハーモニカを咥えながら絶唱する。エッジがピアノを弾くスタイルは、過去のライブでもお馴染み。次曲「Red Hill Mining Town」は、リリース当初メンバーがこの曲に難釈を示していたからか、これまで一度もライブで演奏されたことがなかったナンバーで、日本では今回のツアーが初のお披露目となる。当時でもキツかったであろう、サビの高音を難なく通すボノのプロ根性には感服した。バックでは、曲とリンクさせて演奏するマーチング・バンドの映像が流れていた。

 エッジのギターリフに圧倒された「In God's Country」~1987年の【THE JOSHUA TREE TOUR】以降長らくライブで演奏されなかった「Trip Through Your Wires」、赤い月をバックに歌う「One Tree Hill」と、いずれも文句のつけどころがない演奏が続く。「One Tree Hill」は、アルバムの発売前年に事故で亡くなった、ローディーのグレッグ・キャロルに捧げた追悼曲で、感情のコントロールが難しいが故、87年のツアーではいくつか歌われていないとの説もある。同様の理由からか、その後も頻出する曲ではなかったが、今回のツアーでは「アルバム再現」ということでパフォーマンスしてくれた。

 続く「Exit」は、1989年に起きた女優射殺事件において、終身刑となったストーカーの男が「この曲に触発された」と証言したことから、以降ツアーで歌われることがなかった曲。2017年の再現ツアーで復活し、今回日本でも演奏されたワケだが、冒頭にはドナルド・トランプを嘘つき呼ばわりするショート・ビデオが流され、(おそらく)銃規制についての訴えを示している。ギターのインタールードもさることながら、狂気に満ちたボノのボーカルは怒りでしかない。なお、2016年に米サンフランシスコで開催された【Dreamforce 2016】では、トランプ氏の映像を用いてボノが批判的なやりとりする様子が話題を呼んだ。

 本編ラストの「Mothers of the Disappeared」の映像、演出もすばらしかった。スクリーンには、一列になってローソクに灯をともす女性たち、跪き、彼女たちに向けて仰ぐように歌うボノ。会場もそれに続き、再びスマホのライトで会場を照らす、まさに「最終美」というべく締め括りだ。4人はセンターに集まって一礼し、アルバムの再現としては本来この曲で終わるはずだが、今回のツアーでは次作『魂の叫び/Rattle and Hum』収録された「Angel of Harlem」も披露してくれている。2017年の公演では歌われなかっただけに、吃驚した方も多かったのでは?

 アンコール(3部)の前には、スクリーンに「U2 X RADIO」という艶やかなロゴが浮上。「U2 X RADIO」は、衛星ラジオ局シリウスXMで始まる新たなチャンネルだそうで、未発表曲やライブ・インタビューの音源などが今後公開されていくという。気づいた方は少ないと思われるが、ここからのライブはU2の公式フェイスブックで生配信されていたとのこと。

 今度は「トーキョー!」と叫んで登場したボノとメンバー。アンコールで披露された8曲は、90年以降にリリースしたアルバムから厳選されたタイトルが連なっている。1曲目は、2000年リリースの記念すべき10作目『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』より、「Elevation」が歌われた。パワー漲るこの曲で、会場のテンションも再浮上。ラリーの後方に回り、後ろからカメラで会場を映すボノの演出にもファンは大盛り上がりだ。この曲から、2004年の11thアルバム『原子爆弾解体新書~ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム』収録の「Vertigo」へ、アドレナリンが出るナンバーが2曲続く。「Vertigo」のバックに映っていた、赤と黒のサイケな映像も見事だった。

 アンコール3曲目は、2017年の公演では披露しなかった「Even Better Than the Real Thing」。1991年の7thアルバム『アクトン・ベイビー』に収録された人気の高いナンバーで、曲間、冗談を交えたメンバー紹介を挟み、それぞれがソロ・パートも披露してくれている。曲がはじまる前には、ボノがアローズの「I Love Rock 'n Roll」をアカペラで歌い、会場を沸かせた。続いての「Every Breaking Wave」も、前回の再現ライブでは歌わなかった曲。2014年の13thアルバム『ソングス・オブ・イノセンス』に収録された同曲、本ライブではエッジのピアノ演奏だけで歌うバラードバージョンとして披露された。

 クライマックスに差し掛かり、ここで言わずと知れたU2を代表するナンバー「Beautiful Day」が登場する。2000年という新しい年の幕開けに相応しいこの曲も、日本での知名度は特に高く、大人しかった方も立ち上がったりする様子が伺えた。バックに映るオーロラのような映像もまさにビューティフル。続いての「Ultraviolet (Light My Way)」では、冒頭スクリーンに「HER HISTORY」という文字が浮かび、海外の著名人はもちろん、草間彌生や石川優実、緒方貞子、そしてオノ・ヨーコなど、日本を代表する女性レジェンドたちの名前も続々と登場した。アンコール7曲目の「Love Is Bigger Than Anything in Its Way」は、前回のツアーが行われた後の2017年12月にリリースされた、現時点での最新作『ソングス・オブ・エクスペリエンス』に収録されたナンバー。貧困救助のための民間非営利組織「ONE Campaign」のアプローチや、スクリーンに表示された「全員が平等になるまで誰も平等ではない」というメッセージには、多くのファンが心を打たれただろう。

 トリを飾るのは、前述の『アクトン・ベイビー』から高い人気を誇るロック・バラード「One」(全米10位、全英7位)。この曲は、R&Bシンガーのメアリー・J.ブライジが2005年に大ヒットさせたアルバム『The Breakthrough』にも、ボノがデュエットしたバージョンが収録され、本作でも最終曲としての役割を果たした“エンディング”に相応しいナンバー。観客の大合唱をバックに、U2が25曲目とは思えないパワフルな演奏を振り絞る。筆者は前回(2017年)のツアーを生では体感していないが、映像で観る限りパワーも衰えておらず、アラカンの彼等が繰り広げるライブ・クオリティには度肝を抜かれたとしか言いようがない。

 音楽誌ポールスターが発表したばかりの<2010年代 ライブで最も稼いだアーティスト>ランキングでは、ローリング・ストーンズを抑え堂々の1位に輝いたU2。その結果と、ボノが云う「披露する曲を習得するのに30年掛かった」というのがどういう意味なのか、体感することで分かった気がする。各々の捉え方によって温度差はあるだろうが、会場を後にする観客の様子を伺えば、ネガティブな意味ではないことは明らかだろう。その分、我々がこのツアーでまた『ヨシュア・トゥリー』に新しい命を吹き込むことができていれば何よりだ。


Text: 本家 一成

◎公演情報
【THE JOSHUA TREE TOUR 2019】
2019年12月4日(水) 埼玉・さいたまスーパーアリーナ ※公演終了
2019年12月5日(木) 埼玉・さいたまスーパーアリーナ
OPEN 18:00 / START 19:30
INFO: http://www.u2japan2019.com

Photo: ROSS STEWART

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