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2019/10/19 12:00

新しいことを始めて気づくこと【世界音楽放浪記vol.69】

台風19号で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。一日も早く日常を取り戻されることを、祈念しております。

数か月前、一目惚れをした。暫く、車を持たない生活をしていたのだが、長女が免許を取りに自動車学校に通い始めたのを機に、小さな車を探しに出かけた。当初の目当ては、中古車だった。デザインは良いのだが、いささか装備は古く、燃費も悪い。時節柄、車載モニターも内蔵された方が良いなと思えた。ピンとこないで店を後にすると、数軒先に、軽自動車のショールームがあった。そこに並んでいた1台に、恋に落ちてしまったのだ。その場で契約のサインをしたが、人気車種だけあり、ようやく先日、納車された。

自家用車がない間も、全国各地でいろいろなレンタカーを運転していた。カーステレオから流れる地元局のローカル番組を聴くのが、旅の楽しみの一つだ。何度も訪れている地域だと、知らず知らずのうちに、馴染みのDJや、好みの番組が出来たりする。ラジオ番組を制作しはじめて真っ先に思い浮かんだ空間は、そんな「車の中にいるリスナー」だった。

早速、仕事が休みの日に、カーステレオを付けながらドライブすると、リスナーとして、いろいろなことに気づいた。もしかしたら、この車は、私に、制作者としての新しい視座(ラジオだから「聴座」というべきか)を得させるために遣わされたのではと感じた。全ては天の配剤なのかもしれない。

大学の講義でも、新しいことに気づくことがあった。先日、コンテンツ制作の根源ともいえる「発意」を、受講生に提出させた。実にみずみずしい提案が並んだ。学生たちには「そのココロ」を、それぞれプレゼンしてもらい、ブレストを行った。具体的にはこれから詰めていくが、彼らは「0を1にする」瞬間に立ち会ったことに、いつか気付くだろう。

「新しいことを始めよう」と唱えるだけでは、上滑りするばかりだ。「0を1にする」には「気づくか、気づかないか」「気づいたことを形にできるか、できないか」という2つの要素がある。後者は、然るべき人のアドバイスやサポートがあれば、想像もしないような大作となることもある。例えるなら、鼻歌がアレンジされ、名曲となり、大ヒットするようなことも、ありえないことではない。しかし前者は、率直に言って、向いている人と向いていない人がいる。

私が出会った方の中では、「0を1にすること」が出来る人は、「0を1にすること」にしか興味がないという、クリエイター・タイプの人が少なくない。これに対し、「0を1にすること」が出来なくても、「1を無限大にする」才を持つ方もいる。さまざまなタイプの人が、持ち味や長所を活かしてこそ、「新しいこと」は、点から線、線から形へと成長していくのだ。

今年に入り、「イチ押し 歌のパラダイス」「ミュージック・バズ」という2つの新しいラジオ番組を、NHKラジオで立ち上げた。それぞれ、発意の根源は、「イチ押しの“最新曲”だけにする」「ファクトベース」という、たった一言の走り書きだった。この短いフレーズだけでは、他の方は「で、どうするの?」と疑問を抱くだけだ。具体化するために、コンセプトを明確にし、いろいろな方々の意見を伺い、チームを作り、お力添えを得て、コンセンサスを重ね合わせながら、ベクトルを強くしている。

「気づき」は、「考える」のではなく「思いつく」ものだ。カーラジオを付けながら、さまざまな道を走り、風景を通り過ぎながら、ドライブする。仕事にも、講義にも、普段の生活にもヒントになる、たくさんの「新しいこと」に出会いそうな予感がしている。Text:原田悦志


原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。