2019/09/26 12:25
やっぱり天才だな――演奏する彼の佇まいを見つめながら、思わずそんな言葉を呟いてしまった。
満を持して実現した、まさに“待望”の初来日公演。5人のメンバーと共にステージに上がったブライアン・ジャクソンは、メロディアスでグルーヴィなサウンドと共に心地好いアトモスフィアを会場に振りまいてくれた。
初日のファースト・ショウ。使い込まれたフェンダー・ローズから発せられるディープな響きによって、まるで催眠術のようなカウントダウンが始まる。5人の“ミッドナイト・バンド”が「Offering」のフレイズをリフレインし、少しずつ1970年代のニューヨークにタイムスリップしていく。流麗な鍵盤捌きから発せられるエレガントな旋律。清らかながら生々しい質感の音粒。声質こそギル・スコット・ヘロンとは違うものの、楽曲に宿っているリアリズムは微塵も色褪せることなく。真摯な表情でマイクに向かい、歌詞に塗り込められたメッセージに想いを馳せていく姿、その存在感に理屈抜きで鳥肌が立つ。
52年生まれのブライアン・ジャクソンは、現在もブルックリンで活動を続ける生粋のブラック・ニューヨーカー。クラシックの知識と素養を持ちながらジャズに深く傾倒する彼は70年代、都市生活者としての皮膚感覚と高度なテクニックを駆使して、ギルのポエトリーに洗練されたサウンドを纏わせてきた。
フィジカルなグルーヴと深い内省を湛えた都市型ブラック・ミュージック。ニューヨークの空気をたっぷり呼吸したスピード感あるパッセージは、この街の生活者が闊歩するアヴェニューのリズムとシンクロしていて。ダウンタウンの情景が浮かぶような、極めて映像的な側面も兼ね備えた音楽性は高品質と言って差し支えない。また、スタイルこそ違うが、名プロデューサーのフィル・ラモーンが『Still Crazy After All These Years』(ポール・サイモン/75年)や『Second Childhood』(フィービ・スノウ/76年)などで作り上げた空気感とも符合する。共通しているのは、“DNA Of NY”とでも言うべきアトモスフィアを鮮やかに切り取っていることだ。
ローズによるメロウな揺らぎやシンセによる空間が歪んでいくような音を絡めながら、さまざまなエモーションが彼の指先で美しい旋律に変換され、僕らの耳に届く。ニューヨークではミュージック・アカデミーにも招かれるブライアンだけに、ときにはインテリジェントな仕草も垣間見せるが、繰り出される音はとても親しみやすく、心地好いインパクトを伴って身体に染み込んでくる。
地元ブルックリンでの多忙な日々を乗り切り、先月は南仏で家族とバカンスを楽しんできたブライアン。眩しい陽射しの下でエネルギーをたっぷりチャージし、心身共にリフレッシュした状態で来日したのだろう。ヴィヴィッドな表情と躍動的な演奏が、聴き手をポジティヴな気分にしてくれる。これこそが音楽の力。弾き出されるサウンドの熱量に観客は飲み込まれていく。目を細め、ネクタイを緩めたビジネスマンが肩を大きく揺すり、ワンピースの裾をスウィングさせるレディが頬をロゼ・ワインのように紅潮させる。
曲の合間にギルとのエピソードや、ニューヨークへの愛情や、楽曲に込められた想いを呟きながら鍵盤を撫でていく。ブライアンの口から頻繁に飛び出す“Inside Of Life”というフレイズ。常に自己の内側を見つめていく意識が、彼の音楽に深い陰影を与えていて――。
張り詰めていた空気が、次第に緩んでいく。ジャズの深い響きとファンクのハネるリズムによってシックな色合いに染まっていくフロア。初来日を心待ちにしていたに違いないオーディエンスは、彼らが繰り出すジャズ・ファンク・サウンドに緊張を解き、身体を委ねている。
LA、NY、ロンドンから招集したという辣腕が揃ったバンドの演奏は、タイトであると同時に懐が深く、掛け値なしに見事だ。そのバンドをきっちりコントロールするブライアン。常にメンバーの演奏に意識を傾けながら、全体のアンサンブルや“ノリ”に気を配る彼の眼差しが印象的だ。
それにしても再認識するのは、楽曲のクオリティの高さだ。印象的なリフやフレイズとヴァリエーション豊かなリズム。加えてアレンジの冴えは、ギルのパフォーマンス・レヴェルを確実にアップさせたと言っていい。ブライアンの音楽があったからこそ、ギルのメッセージは世紀を超えた今も新鮮に響き、多くのミュージシャンにリスペクトされているのだ。
中盤にはブライアンが「マイ・フェイヴァリット!」と紹介したナンバーがピアノ・ソロで奏でられ、終盤はメリハリの利いたグルーヴが炸裂。詰めかけた誰もが知っている名曲が続けざまに演奏され、会場の温度が一気に上昇していく。カーティス・メイフィールドのような音色でキレのいいリズムを刻むクラレンス・ブライス(g)を筆頭に、レックス・キャメロン(key)、マーク・ホイットフィールド Jr.(ds)、アラコイ“ミック・ホールデン”ピート(per)、アントアーヌ・カッツ(b)による強烈なリズムの波に飲み込まれ、会場が激しく揺れる。
そしてハイライトは「The Bottle」。畳み掛けるようなフレイズと歌に圧倒された観客は、甘美な敗北感に支配されながら恍惚と内省の狭間を漂った。
グルーヴの肉体性と庶民のメンタリティに寄り添ったメッセージをスタイリッシュに聴かせてくれた80分。ブライアン・ジャクソンのヒューマンなライヴ・パフォーマンスは東京で今日(26日)、大阪では28日に体験することができる。時代の空気を鮮やかに切り取り、世紀を超えて輝き続けるブラック・ニューヨーカーのヴィヴィッドなサウンドに触れられる貴重なチャンス! この“事件”を、ぜひとも体感して欲しい。もちろん、今日も僕は駆けつけるつもりだ。
◎公演情報
【ブライアン・ジャクソン
The Music of ギル・スコット・ヘロン&ブライアン・ジャクソン】
ビルボードライブ東京
2019年9月25日(水)※終了 - 9月26日(木)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30
ビルボードライブ大阪
2019年9月28日(土)
1stステージ 開場15:30 開演16:30
2ndステージ 開場18:30 開演19:30
URL:http://www.billboard-live.com/
Photo: Yuma Sakata
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ようやく酷暑も過ぎ去り、心地好い「秋」が到来。こんな時季には、ワインのルーツをじっくり味わってみるのも一興だ。8000年前から醸造が行われていたという旧ソヴィエト連邦のジョージア(グルジア)や、スロヴェニア、ブルガリア、ハンガリーなどの東欧地域はワインの故郷の1つ。黒海周辺やバルカン諸国で造られるワインは、素朴な優しさとコクを備えた“癒し系”が多いのが特徴だ。近年は輸入量も増え、手ごろな値段で入手できるように。さまざまな地ぶどう品種が体験できるのも嬉しい。自らの“ワイン地図”を広げてくれる、普段飲みにピッタリの1本を見つけるのも楽しい。
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