2019/09/17
英イングランド・ノースシールズ出身。父と兄はいずれもミュージシャンという、いわゆる音楽一家で育ち、自身も地元のバーで演奏したり、俳優業をカジったりと、着々とキャリアを積み上げてきた多才なシンガー・ソングライター。日本での知名度は然程高いとは言えないものの、【SUMMER SONIC 2019】でのパフォーマンスに虜になったファンも多いハズ。音楽業界での注目度・評価も高く、今後に期待が寄せられるアーティストの1人だ。
本作『ハイパーソニック・ミサイルズ』は、2018年11月にリリースしたEP盤『デッド・ボーイズ』からおよそ9か月で制作された、実質上のデビュー・アルバム。その『デッド・ボーイズ』に収録されたタイトル曲や、「ザット・サウンド」などのシングル曲も収められている。サウンド・コンセプトとしては、兄が愛聴していたというブルース・スプリングスティーンの名盤『明日なき暴走』(1975年)に自身も感銘を受け、その影響がアルバムにも反映しているとのこと。
たしかに、ブルース直結のロックを炸裂させたようなナンバーも随所にみられ、オープニングを飾るタイトル曲なんかは、ギターリフやThe 1975のステージでも活躍するジョン・ウォーが鳴らすサックス・パートが、“まんま”といえなくもない。それだけに、本作は幅広い層に支持されるであろう、世代・時代の垣根を超えたアルバムといえる。同様の意味合いでは、 5曲目の「ユア・ノット・ジ・オンリー・ワン」もブルース・スプリングスティーン“流”か?
前述の「デッド・ボーイズ」という曲では、 スピード感溢れるサウンドとはある意味対照的な、社会的問題について歌われている。タイトルが示す通り“男性の死”がテーマの曲で、友人の死を受けた実体験からからくるものだそう。ミュージック・ビデオで表現した男性陣のもがき、苦しむシーンもなかなかの衝撃で、歌詞、サウンド、映像共に彼の表現したい全てが詰まった傑作といえる。ちなみに、研究によると女性よりも男性の自殺率の方が圧倒的に高いそう。これは、英国に限らず。
UKチャートで初のチャートインを果たした「プレイ・ゴッド」も、イギリスにおける労働者階級の状態を歌った社会的・政治的内容を絡めた歌。デビュー曲にしてこのヘヴィなテーマを用いる、アーティスト・センスには感服する。この曲や、EP盤に収録された「ザット・サウンド」なんかのブルースの影響を受ける以前に制作されたと思われるタイトルは、どちらかというと90年代のオルタナティブ・ロック(レディオヘッドあたり?)っぽい。
逆に、アルバムのリリースに向けて発表された「ウィル・ウィ・トーク?」や「ザ・ボーダーズ」は、その2曲とは曲調がまったく異なる。「ウィル・ウィ・トーク?」は、ディストーション・エフェクターを起用した疾走感溢れるロック・チューンで、原曲からステージでの映像が浮かび上がってくるような“ライブ受け”必須のナンバー。この曲は、サマソニのステージでも披露され、会場を沸かせた。 間奏のギターリフや続く高音が80年代っぽい「ザ・ボーダーズ」も、どこか懐かしさを感じさせるブルース・ プロダクション。
残すべき自然について綴ったアコースティック・メロウ「リーヴ・ファスト」、重労働且つ低賃金で働く男性の不服を歌った男気ロック「サタデイ」、故郷ノースシールズの貧困、人種問題を歌ったバロック・ポップ風の「ホワイト・プリヴィレッジ」、アコースティック・ギターのメロディに乗せて家庭内暴力について訴える「トゥー・ピープル」、既婚者とのドラマチックな恋愛模様を描いた、壮大なロック・バラード「コール・ミー・ラヴァー」など、サウンド・センスのみならず、歌詞の世界観・意味合いがとにかく深い。若干25歳にして、これだけ視野を広げた詞を書けるアーティストも珍しいだろう。
ソングライティング力があまりにもすばらしく、ここまでフューチャーしなかったが、男性らしさやロッカーとしての一面、はたまた崩れてしまうような優しさをももつ十色のボーカルも、サム・フェンダーの魅力ということは言うまでもない。 プロデュースは、彼の友人でもあるブラムウェル・ブランテが全曲担当している。
英BBCによる期待の新人を選出する<Sound Of 2018>でのノミネート、批評家賞を受賞した【ブリット・アワード 2019】、MTVやYouTube Music、VEVOディスカバーの「見るべきアーティスト」選出……など、メディアにゴリ推しされている感もあるが、推されるだけの実力を持ち合わせていることは確か。
Text: 本家 一成
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