2019/08/16
前作から3年、ついにコモンの新作アルバム『Let Love』が発売になる。これまでレラティビティー(Relativity、ソニー傘下)、MCA、ゲフィン/G.O.O.D. Music、そして前作前々作の『Nobody’s Smiling』『Black America Again』はヒップホップのゴッドファーザーといわれるNO I.D.率いるARTiumレコーディングス(Def Jam傘下)からのリリースとレーベルとの契約と移籍を重ねた。コモンがリリシストとしてのポジションを確立したヒット・シングル「I Used To Love H.E.R. 」をプロデュースした長年のプロダクション・パートナーのNO I.D.と決裂したのか、今回はコンコード傘下でLAに拠点を置くLoma Vistaレコーズからのリリースとなる。インタースコープ・レーベルの立ち上げに大きく関わった事で知られるトム・ワーリー率いる新レーベルである。トムは2Pacと契約するなど、当時アンダーグラウンドであったウェスト・コースト・ヒップホップをメジャーの舞台に立たせた本人でコモンとサインする上でも彼の十分な政治力が働いたと考えてよいだろう。
12作目の新作アルバムは、同じ年齢のスヌープ・ドッグがリリースした14枚にはかなわないが、ジェイ・Zと肩を並べて12枚目。4作目『Like Water For Chocolate』 収録の上述「I Used To Love H.E.R.」からそのスタイルはざっくりいうと変わっていない。‘ざっくり’と書いたのは一枚だけ例外があったからで、5枚目の『Electric Circus』は期待の高まる中でのリリースにも拘わらずセールス的に大敗を果たした。「ヒップホップを感じていなかった」と当時のインタビューで答えていたとおり、アルバムは実験的な楽曲が多く(「Come Close feat. Mary J. Blige」のヒットはあったものの)エレクトリック・レディ・スタジオおよび所属してたプロダクション・コレクティブのソウルクエリアンズに紐づいたコンセプト・アルバムで奇抜すぎたのか、ヒップホップファンから酷評を受けてしまった。
プロダクションに関しては前作からがっぷり四つに組んだマルチ・インストゥルメンタリストのカリーム・リギンスと新人をサモラ・ピンダーヒューズの2人をメインのプロデューサーとして迎えた。「カリームがドラムやシンセを弾いてそれをデモ・レコーディングしてPCに取り込む。それでループを作って彼が次々に聞かせてくれて、そこに俺がフリースタイルでリリックを載せていった。内容としては「ヒップホップ、精神世界、愛の表現、カルチャー、神について、愛する娘、母、マーヴィン・ゲイやケンドリック・ラマーなど自分が愛する音楽など、今の自分の生活、世界で起こっている事象なんかを集めたサウンド・コレクションといった感じだ。幼いころに性的虐待を受けた事、自分の記憶やストーリーが暗いものであったものもあるけど、リスナーの皆さんがそこからインスパイアされたりヒーリングになったりすると思う。音楽は人々をリチャージするものだからね。デモで上がってきた曲はウェザー・リポートみたいだったりレディオヘッドみたいないろんなタイプの音楽を試してみた。新しくてフレッシュなものが必要だと感じてたしね。今回無名ながら大抜擢されたサモラは過去作「Letter to The Free」,「ブラック・アメリカ・アゲイン」などにフィーチャーされている女性フルート奏者の弟なんだ。その彼女が自分の弟は才能があるって言うんで会ってみたんだ。そしたらすごい才能だった!まだ無名だけどこれからフックアップしていくと思うよ。」
アルバムより一足早くリリースされた1stシングル「HER Love」はすでにファンの間では話題となっている。ご存知のとおり「HER」は「Hip-Hop in its Essence is Real」の略でヒップホップを女性に擬人化ものだ。「I Used To Love H.E.R. 」ではヒップホップがギャングスタ・ラップや東西のヒップホップ抗争の陰にコマーシャル主義に陥ってしまった現実をシカゴのラッパーとしての立ち位置から批判した。「HER Love」はこのメタファーを踏襲していて、「ここまで俺はずっとヒップホップをやって来たからもう戻れない、自分を信じることを教えてくれた」などと彼自身の人生およびジャンルとしてのヒップホップを回想している。一方アルバム・タイトルの「Let Love」は5月に発売され2週目にしてNY Timesのベストセラー入りを果たした著書「Let Love Have The Last Word」から取ったとされ、この自伝で幼少期に性的虐待を受けたことを初めて公表し話題になった’memoir’(自伝)だ。
セカンド・シングルの「Hercules」はスウィズ・ビーツによるプロデュースで、これまでJ.ディラ、カニエやファレル、チャド・ヒューゴ、NO.I.D.など多くのプロデューサーと組んできたコモンだがスウィズ・ビーツはなかったのが不思議なくらいだ。若干オーガニック寄りなビート構成ではあるがクラブDJも手を伸ばすのに充分なクラブ・バンガーとなった。5曲目の「Fifth Story」は[5階]と[5番目]のストーリーがひっかけた不倫をめぐるカップルのストーリーで、エンディングで大どんでん返しがあるのがニヤリとさせるギミックで今後ショートフィルムを作る予定のようだ。
6曲目「Forever Your Love」は「自分の母に敬意をこめた送った曲なんだ。いつもそばにいてくれてベストになるように育ててくれたんだ。父への曲はこれまで書いたんだけど。サモラ・ペンダーヒューズがスタジオで弾いていたピアノのメロディーを聴いて、これは母親に向けて書きたいと思ったんだ。」さらに9曲目、実の娘に向けて送った「Show Me That You Love」はジル・スコットをフィーチャー。「父親としてどうしたらベターになれるか考え込んでいた時期もあった。対立を通して娘から学んだ事も多い。いまでは俺の人生の先生役だよ」と語るその娘Omoye(オモーヤ)は最近ハワード大学を卒業して今後の活躍も期待されている。本年度グラミー賞を受賞したレオン・ブリッジスをフィーチャーした「God Is Love」、往年のファンには「The Light」を想起させるサンプリング・ネタを使った2曲のうちの1曲「My Fancy Free Future Love」も素晴らしい出来だ。もう一曲は「Her Love」で06年に他界してしまったビートの奇才J・ディラが残しトラック。
シカゴからはチャンス・ザ・ラッパー、カニエなど多くのラッパーを輩出しているがコモンほどコンスタントにファンを満足させてくれるアーティストは減ってしまった。7月からは全米ツアーをスタートさせたばかりだ。
Text: Hitoshi Yoshioka
◎リリース情報
アルバム『レット・ラヴ』
2019/9/4 日本盤 RELEASE
※デジタル&輸入盤:2019/8/30 RELEASE
UCCO-1212/2,700円(tax in.)
◎Common - Hercules Extended (ft. Swizz Beatz & Marcato)
コモン自身とVince Staplesが出演しているストーリー仕立てのMVがすでに公開となっているが、今回公開となったMV第2弾はスウィズ・ビーツ自身とラッパー/音楽プロデューサーでありLouis VuittonやVigil Ablohのランウェイ・モデルなども務め話題となっている、スウィズ・ビーツの息子のMarcatoが出演。そしてアリシア・キーズの弟、コール・クックが本MVのプロデュースを担当している。
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