Billboard JAPAN


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2019/08/14 13:00

<ライブレポート>陽炎揺れるアスファルトの熱気を癒すレイド・バック・ミュージック ニック・ロウが奏でる人懐こいメロディと言葉に、くつろぎを満喫するヒートアイランドの夜

 手元にあるグラスの氷が溶けて涼しげに鳴った。それと同時に銀色の髪をかき上げながら、リラックスした表情で“彼”がステージに上がってくる。ダンディなルックス。しかし、本人は飄々としていて、実に気さくだ。
 ニック・ロウ。彼が昨年のゴールデン・ウィークに続き、今年もまた、ギターを抱えてやってきた。

 ゆっくりと弦をつま弾きながら、ややハスキーになった声を発していく。丁寧になぞられる旋律、そして紡がれる言葉。その端々からは“歌心”が溢れていて。ほろ苦く甘酸っぱい旋律と歌に、初っ端から引きこまれていく。やわらかい空気に包まれながら、芳醇に熟成したロックに耳を傾け、一段ずつ降りていく記憶の階段。と同時に身体の芯まで染み込んでくるエレガントな音粒。こうしてまた、悦楽の時間が始まった――。

 あるときは庶民的なバンドマン。もしくは辣腕のベーシスト。あるいはパンク/ニュー・ウェイヴを牽引したプロデューサー。そして人情味あふれるシンガー・ソングライターとして、英国のポップ・ミュージックを発展させてきたニック・ロウ。
 そんな“大物”の彼だけど、近年のソロ・パフォーマンスは、まるで気の置けない旧友と顔を合わせるクラス会のように、くつろいだ空気に満ちていて。お互いの近況を報せ合い、馴染みの歌をハモりながら、共に過ごした時間を確かめ合うようにして味わっていく。そこにスリリングな刺激はないけれど、音楽と共に紡いできた年月を心地好く回想させてくれる肯定感がある。もちろん、深みが増してきた現役感を物語るような、昨年リリースの「Tokyo Bay」や今年ドロップした「Love Starvation」も、紛うことなき“珠玉の名曲”だし。僕がニックに逢いにいく理由――それはリスナーとしてのキャリアを前向きに捉え、実り豊かなものにしたいからなのかもしれない。

 ひと度、彼が軽快なストロークでリズムを刻むと、ロカビリーのルーツであるヒルビリーを連想させる、アーシーな感覚が頭をもたげる。ルーツ・カントリーを原体験している世代ではないはずのニックだが、聴き込んだ末に頭の中で膨らんだ“ヴァーチャルなカントリー”が熟成し、唯一無二のスタイルになっていったのだろう。まるで、往年のカントリー・スターがステージに現れたかのような“なりきりポーズ”でキメるニックが微笑ましい。
 その、ほどよく乾いたビートは、腰かけていた観客の手と足をリズムマシンに変え、会場全体がストンプとハンドクラップのうねりに飲まれていく。そしてステージとフロアが一体になり、ミュージシャンにとってもオーディエンスにとってもハッピーな瞬間が訪れる――まさに至福の時。
 3曲目には、早くも最新曲が繰り出され、中盤にはディオンヌ・ワーウィックの歌唱でヒットしたお気に入りの「Heartbreaker」がカヴァーされ、「東京で東京についての歌を披露するよ(笑)」と、曲作りのベースになったエピソードを解説しながら「Tokyo Bay」を呟き。「次回はぜひとも……」という周りの声を気にかけているのか、「来年はロス・ストレイトジャケッツと一緒に来たいね」と、バンド編成で再来日することをアナウンスしてくれたり。その間には、意外にも昔のナンバーを挟み込んでくれて、さながら80年代と21世紀を行き来するようなファン好みの選曲に、会場が上気していくのが伝わってくる。

 今春、70歳になったニック・ロウは、よく「パブ・ロックのパイオニア」などと呼ばれるけど、確かに彼の奏でる音楽は、ギネス片手に楽しむような庶民的な親しみやすさを携えている。見栄も衒いもない自然体で、ポップなサウンドにひと匙のユーモアを溶かし込みながら演奏し続けてきた人といっていいだろう。
 伝説のパブ・ロック・バンド=プリンズリー・シュウォーツでの活動を筆頭に、バンドマンとしてはデイヴ・エドモンズと組んだロック・パイルや、ジョン・ハイアットのアルバム制作をきっかけに発展したリトル・ヴィレッジなど、豊潤な音楽性が多くの人の記憶に刻まれた作品は今も“語り草”になっているし、いつも手元に置いておきたい、人懐こさ満点のソロ・アルバムも多数。彼の音楽を通じて、カントリー・ロックやルーツ・ロックといった根っこの太い音楽と出会った人は多いし、英国ならではのユーモア溢れる詞と、思わず口ずさんでしまうメロディの虜になったファンもたくさんいるはず。

 終盤には「この間、ナッシュヴィルで開かれたメイヴィス・ステイプルズ80歳のバースデイ・ライヴに飛び入りして、彼女がレコーディングした曲を一緒に演ったんだ」と満面の笑顔で語りながら、もはや僕らの日々のBGMになっている名曲を立て続けに繰り出し、会場のムードは一気に高揚していく。そしてハイライトは、詰めかけた誰もが聴きたい“あの曲”。寸分の隙もないキャッチーなメロディと親しげなリズム、そしてホロリとさせられる歌詞に、想定内なのにノックアウトされて……。楽曲のエヴァーグリーンなクオリティを改めて実感すると同時に、ポップ・ミュージックの奥深さを堪能した。
 それでもノリノリのニックは、初日のファースト・ステージにも関わらず、紅茶の注がれたカップと共に足下に置かれたセット・リストにはないナンバーを次々に歌い上げていく。気が付けば75分のソロ・パフォーマンスが、まるで一瞬の出来事のように僕らの前を駆け抜けていった。

 もはや、ベテラン・ロック・リスナーにとっては“鉄板”と言っていいニック・ロウのステージは、14日の今日も東京で、翌15日には大阪でも行われる。厳しい夏をほんの一瞬忘れるためにも、リラックスした風通しのいい服で足を運んでみては。きっと、追憶のメロディが身体を緩めてくれるはず。


◎公演情報
【ニック・ロウ】
2019年8月13日(火)※終了
2019年8月14日(水)
ビルボードライブ東京
1st ステージ 開場17:30 開演18:30
2nd ステージ 開場20:30 開演21:30

2019年8月15日(木)
ビルボードライブ大阪
1st ステージ 開場17:30 開演18:30
2nd ステージ 開場20:30 開演21:30

詳細:http://www.billboard-live.com/

Photo: Yuma Sakata

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。昨年の“酷暑”にも引けを取らないほど猛暑続きの8月。アスファルトの照り返しと熱帯夜に体力も気力も蒸発していくのを感じている人も多いのでは。もう、こんなときはツベコベ言わずに、フィリツァンテなどの微発泡ワインに氷を浮かべて、しばし身体を癒して。イタリアのランブルスコはもちろん、ポルトガルのヴィーニョ・ヴェルデも心地好い発砲で喉越しバツグン。アルコール度も低めなので、陽射しが眩しい昼間から気軽に楽しめる。暑さがピークの今ごろは、できるだけレイド・バックできるシチュエーションを探して、厳しい残暑を乗り切りって。

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