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2019/08/07

『ザ・セーラー』リッチ・ブライアン(Album Review)

 インドネシア・ジャカルタ出身。「アメリカで成功を収めたアジア出身のラッパー」としても高く評価されているリッチ・ブライアンの2ndアルバム『ザ・セーラー』が、コア・ファンに絶賛されている。本作は、2018年2月に発表した実質上のデビュー作『エイメン』から約1年半ぶりとなる新作。なお、その前作は米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で18位、R&B/ヒップホップ・チャートで11位、ラップ・チャートでは8位をマークするスマッシュ・ヒットを記録した。

 アルバムからは、6月に「イエロー」、7月に「キッズ」の2曲が先行シングルとしてリリースされている。前者は、2017年の全米アルバム・チャートを制覇した、ケンドリック・ラマーの『DAMN.』で注目されたプロデューサーのベーコンがフィーチャリング・アーティストとして参加し、同じく『DAMN.』を担当したドーナッツが、同曲のプロデューサーとしてクレジットされている。たしかに、サウンド・プロダクション的には近いものがあるような。

 この曲、音のセンスは言うまでもないが、メッセージ性の高い歌詞も聴きどころ。特に、我々黄色人種にとっては考えさせられるフレーズが多々見受けられる。表題の「イエロー」は、アジア人の肌の色を示しているもので、差別的な扱いを受けた苦悩から、肌の色に囚われなくていいという前向きなメッセージに繋いでいる。かつて黒人が白人に向けて歌っていたような(ニュー・ソウルあたり?)ニュアンスに近い。これは、アジア人の音楽を見向きも聴く耳も持たなかった、アメリカのリスナーに対する挑戦であり、大きな進歩……と、いえるのでは?

 「イエロー」のミュージック・ビデオは、ジェイ・Zにブリトニー・スピアーズ、デイヴ・マシューズ・バンドからビリー・アイリッシュまで幅広く人気アーティストを手掛ける、デイブ・メイヤーが指揮をとった。ラップに包まれたチガが、呪縛から逃れるように剥ぎ取っていく様が衝撃的。これは、アジア人という固定観念で判断され、アーティストとして自由に表現できないことからの脱却、を意味しているのだそう。本作に収録されている楽曲にも、そういったメッセージがたくさん詰まっている。

 もう1曲の「キッズ」は、自身のキャリアや、成功者の戯言、売れ線に走る誰かへのディスと、ラッパーらしい歌詞に乗せたミディアム。リリックは(個人的に)イマイチだが、トラックがいい。70年代ソウルっぽくもあり、90年代ヒップホップのリバイバルっぽくもある。アジア系の若者に囲まれ、中心となってメッセージを訴えるリッチ・ブライアンが何とも頼もしく(?)、ヒップホップ・カルチャーをレトロっぽくも現代風に再現したミュージック・ビデオも最高。 アジアから飛び出した若干19歳の少年が、改革的なことをやり遂げた感がある。ソングライター/プロデューサーには、お馴染みフランク・デュークスが参加。

 ダウナー系の(?)ヒップホップから、アコースティック調のメロウに切り替わるユニークな構成のタイトル曲で始まり、ウータン・クランのオリジナル・メンバー=RZAをゲストに招いた意欲作「ラパパパ」、刻むようなリズムとフロウが特徴的な「コンフェティ」と、“非売れ線”のマニアックなナンバーが続く。3曲目の「ドライブ・セイフ」は、ギターとストリングスだけで仕上げたメロウ・チューン。ラップなしの歌モノで、この時季にぴったりハマるチルアウト系のトラックが心地良い。遠距離恋愛の歌ともとれる歌詞(地元の恋人?)も、詳細が気になるところ。

 男に酷い扱いを受けた女性について歌っている「ヴェイカント」は、その悲壮感をサウンドとボーカルで見事表現した。宙に舞うようなファルセットのコーラスが、祈りを捧げているかのようにも聞こえる。一方、次の「ノー・ウォリーズ」はロクでもない女性(?)をディスったような曲で、それを淡々と歌っているのが、またコワイ。こういったテーマの重たい曲もあれば、ディディや50(セント?)といったラッパーの名前も登場する夏っぽいトラック「100・ディグリー」もあり、起伏もしっかりつけている。

 10曲目の「スロウ・ダウン・ターボ」がイマイチ。この曲は、ランボルギーニに銃、女性軽視したような卑猥なワードを連発させる、アメリカのラッパーに付随したような曲で、アルバムのコンセプトやキャラクターを考慮すると、若干の違和感や無理くり感を感じる。次曲「キュリアス」は、地元インドネシアからアメリカに飛んだ、彼のサクセス・ストーリーを描いた曲。ジャック・ジョンソンにも通ずる、アコースティック・メロウなサウンド・センスも良い。

 アルバムの最後を飾る「ウェア・ダズ・ザ・タイム・ゴー」には、<88rising>に所属しているジョージが参加。ジョージとは、前作『エイメン』収録の「イントロバート」や、未収録シングル「18」でも共演している。マーヴィン・ゲイを彷彿させるボーカル・ワークや、ゴスペル風のコーラス、デジタル音を使用しないオーガニック感と、古いソウル・ミュージックを思わせるトラックがクオリティ高い。

 タイトルの 『ザ・セーラー』とは、船乗りや水兵等を意味するが、ここでいうセーラーとは「探究し続けること」を意味しているそう。前述にもあるように、アジア人という概念を取っ払い、どの国でも誰でも、自由に表現することができることを、若い世代にアプローチしたいという思いが詰まっている。自身が世界中を回った上で作った曲も多いという。最新の全米アルバム・チャート(2019年8月10日付)では、初登場62位と勢い振るわずだったが、セールス云々を無視すれば、キャリアを語る上で欠かせない作品になったのではないだろうか。


Text: 本家 一成