2019/05/07 12:00
米テキサス州コーパスクリスティ出身。カニエ・ウエストのファンサイト<KanyeToThe>から構成されたクリエイティブ集団 /ボーイバンド=ブロックハンプトンのリーダーであり、ラッパー/シンガーとしても活動するケヴィン・アブストラクトは、独特なサウンド・センスや社会性の高いリリック等、その才能が各方面で高く評価されている。
2016年リリースの前作『アメリカン・ボーイフレンド:ア・サバーバン・ラブ・ストーリー』は、同性愛者として性的マイノリティの尊厳と社会情勢を訴えた、大傑作だった。本作 『アリゾナ・ベイビー』は、その傑作に続く通算3作目、3年ぶりとなるスタジオ・アルバムで、その間の2017年には、ブロックハンプトンとして発表した『サチュレーション3』が米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard200”で15位、R&B/ヒップホップ・チャー5位のヒットを記録。そして昨2018年にメジャー・レーベルから発表した『イリデセンス』が、同チャート初のNo,1獲得となり、全世界にその名を知らしめた。これらの快挙を踏まえてリリースされた『アリゾナ・ベイビー』は、早速SNS等で絶賛の声が連なっている。
アルバムは、パート1~3の3部構成になっていて、制作/プロデュースは、ケヴィン本人とブロックハンプトンのロミル・ヘムナニ、そして米ポップ・バンド=ブリーチャーズのメンバーでもあるシンガーソングライター、ジャック・アントノフの3人が軸となっている。
“パート1”に収録された3曲は、いずれも上記の3人で制作したナンバー。冒頭の「ビッグ・ホイールズ」は、前半が電子音響かせるトラップ、後半はジャジーなサックスとギターが唸るインストというユニークな構成で、個性的なトラックに乗せて、巧みなラップスキルも存分に披露している。発売同日に公開されたミュージック・ビデオは、手のひらに“切り取った顔面”を乗せて歌うという、アーティスティック…というか、ちょっと不気味なビジュアルが、インパクト絶大だった。
間髪入れず、次曲「ジョイライド」へ。ホーンのイントロから始まるこの曲は、90年代の潮流となったオルタナティヴ・ヒップホップ的要素含むダンス・トラックで、途中ブレイクビーツのような展開もあり、踊り手たちの腰が浮く。パート1のラスト曲「ジョージア」は、故レイ・チャールズの代表曲「我が心のジョージア」が一部サンプリング(歌詞)されている、哀愁系メロウ・チューン。ボーカルパートとラップパートを織り交ぜつつ、初期のカニエ・ウエスト作品を彷彿させる早回し加工も起用した、傑作だ。
<Ghettobaby>と題された“パート2”は、メッセージ性が強い。地元名をタイトルに冠した「コーパス・クリスティ」では、ウッドベースのバックサウンドに乗せて、貧困、孤独、性的マイノリティ、絶望などを、悟ったような口調で綴る。ドレイクそっくりに歌う「ミシシッピ」では、うつ病の敏感な問題に触れていて、彼のパートナーのことなのか、友人間の複雑な関係を記しているのか、意味深なニュアンスもいくつか含まれていて、解釈が難しい。後者であれば、遂に男性間での三角関係(?)もラップに乗せて歌う時代がきたのか…と、感慨深いものがあった。
絶望から希望へ導き出す、ケヴィンらしいリリックに心打たれる「ベイビー・ボーイ」も好曲。コーラス部がどこか懐かしい、ブッカー・T&ザ・MG'sあたりの70年代ソウルっぽい曲で、穏やかな旋律をソフトに歌うケヴィンのボーカルワークが聴き心地抜群。ソングライターには、コーラスを担当したカリフォルニアのポップ・シンガー=ライアン・ビーティーと、90年代のR&Bシーンを彩った、ベイビーフェイスの名前もクレジットされている。ライアン・ビーティーも、ケヴィンと同じくゲイであることをカミングアウトしたアーティストの1人。
“パート3”は、ゴスペルのオープニングで始まる「ユース・ミー」から、本作の目玉曲ともいえる「ピーチ」に繋げる。 「ピーチ」は、 ヒップホップとオーガニック・ミュージックが融合したような、これからの季節にもハマるチルアウト系のトラック。ボーカルを担当するドミニク・ファイクは、昨年「3ナイツ」という曲でデビューしたフロリダ州のシンガー/ラッパーで、ブロックハンプトンの公式チャンネルにアップされたビデオが大きな反響を呼び、ヒットに繋げた期待の新人。同曲のビデオでも、中心的役割を果たしている。
ドナルド・グローヴァーの「ディス・イズ・アメリカ」に触発されたか?と錯覚する「アメリカン・プロブレム」は、攻撃的にアメリカの情勢を叩く、というよりは、薬物使用や幼少期に抱えていた問題、人間関係の話題について触れた、アメリカでの自身のキャリアを振り返る、そんな内容の曲。続く「クランブル」も、困難な人生について歌われたソフト・バラードで、繊細な表現を語り口のようにラップする技量に感服する。この曲のフックを担当しているのは、前述のドミニク・ファイク。ラストは、「薬を飲まずには寝られない」~「セラピストに話すことすら恐ろしい」と自身の訴えを綴った、サイケデリックなロックソング 「ボイヤー」で幕を閉じる。
ブロックハンプトンの作品とは明確なラインを引き、ソロ・アルバムだからこそ表現できる感受性の強さ、カメレオンのような才能を発揮した、ケヴィン・アブストラクトの新作『アリゾナ・ベイビー』。英詩がすんなり入ってこない我々は、本来の“良さ”を直球では受けられないが、意味を知ればすばらしい作品だと、頷かずにはいられない。
ケヴィン・アブストラクトは、8月に開催される【SUMMER SONIC 2019】で、ブロックハンプトンとして初の来日をする予定。本作からのタイトルも、いくつかパフォーマンスするかもしれない。Text:本家一成
◎リリース情報
ケヴィン・アブストラクト『アリゾナ・ベイビー』
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