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2019/05/04

日本の姿を探して【世界音楽放浪記vol.46】

オフで訪れたベトナムから、令和の初日に帰国した。ホーチミンでは、4月30日の夜に、「南部解放記念日」を祝う、盛大な花火大会があった。ホテルの部屋には、近くのイベント会場で行われていた音楽ショーの歓声が聴こえてきた。セットリストは、アニマルズ、ジョン・レノン、レディ・ガガら、時代を越えた英米のアーティストのヒット曲ばかり。かつて敵として戦ったアメリカのチャートを賑わしたナンバーを、ベトナムの方々がこのような記念日に歌い、楽しむ。単純な比較はできないが、戦後直後の日本でも、ジャズを中心としたアメリカ音楽が、多くの人々の心を掴んだ。ポップ・ミュージック、とりわけ英語曲の持つ力を、改めて認識した気がした。

ホーチミンを最初に訪れたのは10年ほど前の年末のこと。その時も、新年を祝う花火大会が催された。時は流れ、街並みは大きく変わり、高層ビルや真新しい建物が並び、日本の協力で地下鉄も建設され、発展する勢いを強く感じた。

かつて現地で一緒に仕事をした方々とも、食事を共にした。日本関連のイベントを企画している会社の経営者だ。ここ数年、日本のポップカルチャーの影響力、とりわけアニメの人気は、一時ほどではなくなってきているという。これは2010年以降、番組視聴者に対して行ってきた調査と符号する。「日本文化イベント」は世界中で実施されているが、多くの場合、90年代から00年代にかけて、日本のアニメとファーストコンタクトした層が、初めて体感する面白さに気付き、各自の居住地で愛好会などを結成し、やがて大規模な催事へと発展したものだ。それは、インターネットの黎明期とも重なる。だが、「キャラの切れ目は縁の切れ目」。「一発芸」的な決めポーズや強いキャラを希求しすぎた結果、アニメは一種のネタ切れのような状態になってしまったのだと、私は思う。代わって興隆しているのが、ゲームであり、Vチューバーだ。バーチャルワールドでは、別の自己を持ち、主役にも観客にもなれて、住む場所に関係なく友情や親交を築ける。昨年公開されたスピルバーグ監督の映画「レディプレイヤー1」は、「個の時代」の象徴といえるだろう。

今回、私は日帰りツアーに積極的に参加してみることにした。ベトナム戦争の戦跡、現地の宗教の総本山、メコンデルタの観光地…。それぞれの地で、日本の姿を探した。ベトナムで一番目にしたのはバイクだ。ホンダだけで7割を超えるシェアを有し、ヤマハ、スズキがこれに続く。自動車やエレベーターなどでも、日本の企業名をよく見かけた。街に戻ると、日本食レストランが軒を連ねていた。2016年に開業した高島屋も人気だ。しかし、耳をいくら澄ましても、日本の楽曲は1曲も聴くことはなかった。もちろん、「1人1ジャンル」の現代。スマホのプレイリストに日本の曲が入っているという人は一定数はいるだろう。短い滞在で、たまたま出会わなかっただけかもしれない。しかし、ストリーミング・サービスで公開されず、いまだに接触すらできない日本の曲は数多いのが現実だ。

日本の音楽やマスコミ関係者から、こんなことを尋ねられることがある。「そもそも、日本の音楽が、世界に進出する必要なんて、あるんですか?」、と。一部のマニアの動きを取り上げた「日本の音楽は世界で注目」というような記事に、辟易としてきた。実際にファンに会い、交流を重ね、世界での活躍を目指す日本のアーティストは少なくない。私は、同じ志を持つ方々と共に、2020年代も最善を尽くしたいと考えている。Text:原田悦志

原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。