2019/03/30
小田急沿線で生まれ育った私にとって、下北沢は小学生の頃から親しんできた街だ。今でも、井の頭線の高架の上から、地下駅となり変わりゆく光景を、毎日のように眺めている。
この街で、素敵な邂逅が相次いでいる。キーとなった書籍が、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)だ。2017年、共著者のうちのお2人である牧村憲一さんと柴那典さんのトークショーに伺った。「シティポップ」という言葉が、象徴的に響いた。この時は、連絡先を交換するだけだったが、ここから、さまざまなことが急展開していく。
もう1つの契機となったのが、風知空知という店での出来事だ。2006年の開店パーティーに招かれて以来となった再訪は、音楽プロデューサーの藤井丈司さんの【相合傘】というトークイベントだった。藤井さんとは、共通の友人を介して知り合った。それ以来、私の大学講義にゲストとしてお呼びしたり、音楽関係者を交えて盃を重ねたりしている。【相合傘】では、YMOにゆかりのある方を招き、1978年から83年までの6枚のアルバムを、キューシートを見ながら解析するというシリーズが催された。その場にいたからこそ知りえたことが、次々に明らかになる。この場に臨席した数十人の観客は、時代の目撃者となった。
それから暫く後に、柴さんに番組のブレーンを依頼した。優しく、かつ鋭い視座と見識は、実に刺激になった。昨年、訪問研究員を務める慶應義塾大学アートセンターが主催したシンポジウムのパネリストとして、真っ先に柴さんを推薦した。これまで、幾つものシンポジウムやセミナーに登壇してきたが、あんなに楽しい時間は初めてだったかもしれない。
牧村さんと藤井さんは、同じく慶大の【現代芸術】の、2018年度の講師に推薦した。春学期の牧村さん、秋学期の藤井さん共に、素晴らしい講義を展開された。1970年代から80年代にかけて、主に東京で生まれた「シティポップ」は、「いま」を生きる現在進行形の音楽なのだ。そのように、再認識した。
牧村さんとは『渋谷音楽図鑑』の舞台の地を訪れるというロケも行った。あの大著を28分の番組に凝縮する作業は、実に楽しかった。「3つの坂」というキーワードから、可視化、体感化できる要素を抽出して骨格を作り、客観的な要素を肉付けした。ディレクターには「牧村さんが伝えたいことは、全て引きだしてください。どのようにすれば構成できるかは、その場で指示するから」と、ロケの現場ではコソッと耳打ちしていた。
藤井さんは【相合傘】の記録を発展させた『YMOのONGAKU』(アルテスパブリッシング)を上梓した。あの時の「風知空知」の空気感が、ファクトを伴い、現代音楽のオーラルヒストリーという歴史書に昇華された。発売前に重版したという、新たな歴史を出版界に刻んだ快著だ。
下北沢では、不定期に【雷オヤジの会】という、職業横断的な寄り合いを催している。多様性の時代に、たまには男だけで、緩く語り合う場があっても良いと感じたからだ。牧村さんも、藤井さんも、柴さんもメンバーだ。どんな新しいことができるか、牡蠣雑炊を食べながら、また語り合いたい。Text:原田悦志
原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。
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