2019/02/23
少年時代から、ジャズは、クールという言葉以外、表現のしようがない存在だった。どうすればあんな超絶技巧の演奏を、阿吽の呼吸で出来るのだろうか。ラジオで流れる音色を聴くたびに、ワクワクした。渡辺貞夫さん、山下洋輔さん、日野皓正さん、小曽根真さん、塩谷哲さん、大西順子さん、上原ひろみさん、寺久保エレナさん、、、下手くそなピアノとベースしか演奏できない私は、雲の上のような方々と仕事をさせて頂いた。そんな日本のジャズ・ミュージシャンの中で、最も印象深い「セッション」を重ねたのは、ギタリストの渡辺香津美さんだ。
その一つは、民謡の王様とも称される、北海道の「江差追分」を、サックスで表現してもらうというものだ。まず、クラシック・サクソフォニストの須川展也が「かも~め~」という「本唄」の部分を奏でた。江差町の方々を主とする観客は喝采を送った。数年後、香津美さんは、江差追分全国大会のゲストに招かれ、ジャズ・サキソフォニストの本田雅人さんが奏でた。「Esashi」は、日本のジャズ・スタンダードになりえると思う。是非、音源化して頂きたいと願っている。
同じ北海道の日高地方にあるJRAの牧場で、オーボエ奏者の古部賢一さん、チェリストの長谷川洋子さんと「クラシック倶楽部 北海道フロンティアシリーズ」という番組で演奏してもらったこともある。クラシックをホールで聴くのなら、東京でも、NYでも、ウィーンでも、環境に大きな差異はない。しかし、オープンエアの環境で奏でれば、全く違う音世界が作れるのではないか。緑豊かな高台で、クレーンダウンと合わせて、草原の真ん中に置かれた椅子に香津美さんは向かう。チューニングを終えると、1曲目を弾き始める。次の曲は、サラブレットが走るカットから始まる。レールをカメラが移動すると、3人が演奏している。青い空と香津美さんたちの奏でる音色は、素晴らしいハーモニーを生み出した。
NYでは、香津美さんの代表作の一つ「TO CHI KA」(1980)のプロデューサーでもある、ヴィブラフォン奏者、マイク・マイニエリへのインタビューも企画した。ウッドストックにあるスタジオに伺うと、スティーヴ・ガッド、トニー・レヴィンら、錚々たる顔ぶれで「L’Image」のレコーディングが行われていた。香津美さんも、急遽、演奏に参加した。リハーサルなしのセッションが録音された、忘れられない夜だった。
沖縄・石垣島での大工哲弘さん、高野寛さんとの「土曜特集」での豊年祭ロケ。浅草寺境内での村治佳織さんとの「Jammin’ in Tokyo」での合奏。「J-MELO」スタジオでのSUGIZOさんとの共演。香津美さんとは、僭越だが、新しい音楽の境地を切り拓くパートナーだと私は考え、実に数々の制作を共にした。
音楽的に私の記憶に最も刻まれているのは、岩手県釜石市にある「復興の鐘」を用いた「ReVive」という曲だ。私には、梵鐘を採り入れた曲を作れないかというアイディアが、以前からあった。元は「108小節で、世の煩悩を拭い去る」というものだった。2011年、震災が発生する。鎮魂の曲を、鐘の音色を用いて作れないか。香津美さんにお話ししたところ、犠牲者を弔う、その鐘のことを教えて頂いた。一緒に現地に赴き、鐘の音を録音した。完成した曲には、清水靖晃さんのサックス、香津美さんのギター、そして鐘の音しか入っていない。3つの清廉な音色が天にまで拡がったように思えた。私は、手を合わせながら、音楽の力を感じた。Text:原田悦志
原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。
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