2019/02/01 11:00
新世代のピリオド楽器アンサンブルとして、古楽や古典派に取り組むのみならず、近代までの幅広いレパートリーにも意欲的に取り組んでいる、フランソワ=グザヴィエ・ロトと、その手勢レ・シエクル。ハイペースで録音を世に問うている彼ら、2018年前半にリリースしたラヴェル管弦楽作品集・第2弾でも絶賛を受けたのは記憶に新しい。
これは、歿後100周年の2018年を記念して harmonia mundiレーベルが企画したドビュッシー・シリーズの掉尾を飾るディスクである。曲目は、あっというまにソールドアウトした、我が国唯一の日本公演の曲目でもあった『牧神の午後のための前奏曲』とバレエ音楽『遊戯』、そこに『夜想曲』を加えたものだ。
劈頭を飾る『牧神の午後への前奏曲』では、牧神パンの象徴的な楽器たるフルートが下行してまた上行する有名な主題を提示するわけだが、この冒頭からして、いままで我々が聴き慣れた録音や演奏とはまるで違う。
当たり前だが、ここにモダン楽器が追い求めて実現した、ゴージャスさ、ブリリアントな燦めきはない。ピリオド楽器の音は総じて一種のざらつきを感じさせる。だがその一見弱点とみえる手触りを逆手に取って最大の武器とすることで、演奏史上稀にみる独創的な演奏が展開されているる。
彼らが奏でる音楽には、しかしアカデミスムの堅苦しさや、忠実であろうとするあまり、しゃちほこばってしまう平板さとは懸け離れている。精妙なニュアンス付けで刻々と表情を変える音楽に包まれると、驚き、驚き、また驚きの連続で、まるで初めてこれらの作品を耳にしたかのような錯覚を覚えるほどだ。
3楽章からなる『夜想曲』の第2曲「祭り」では、宴の後にたゆたう音を、名にしおう往年の名盤の数々よりも緩慢に演奏する彼らの、テクストに深く沈潜して引きずり出す音は、どこを切っても瑞々しい。
バレエ曲『遊戯』において、ガット弦を張って曲を主導する弦、あるいは金管の響きそのものは魅力だ。だがこの魅力、なにも初演時の響きを追い求めて結集させたピリオド楽器の音色「だけ」に由来するものではない。過度なアゴーギクに頼らず、スピード感溢れるリズム処理を施しながら曲をサクサクとさばく瞬間が連続体となることで、ダイナミックな生々しい迫力が生まれている。
こうした生々しさの奔出を可能にしているのは、レ・シエクルという団体の端倪すべからざるアンサンブル能力の高さによるところも大きい。自由闊達な機動性を誇りつつ、繊細な表情づけにも不足せず、動と静のコントラストも鮮やかな彼らの演奏を聴いていると、筆者の脳裏には、「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し」、という、武田信玄の旗指物の銘が浮かんでくるのだが、あながち場違いでもないだろう。
なおこのディスクにはDVDが付随しており、『牧神』がのかわりに『スコットランド風行進曲』と、この音盤収録の別ヴァージョンの映像が収録されている。指揮棒を持たずにうねる音楽を編み出すロトの指揮っぷりを拝めるのも、実に有り難い。
harmonia mundi のこのシリーズからは、豪華演奏家陣による優れた録音が多々生まれたが、ロト=レ・シエクルの録音は、シリーズを締め括るに相応しい、演奏解釈における新時代の到来を告げる、マイルストーン的な録音である。Text:川田朔也
◎リリース情報『ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、夜想曲』
HMM-905291
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