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2018/12/17 18:00

『イカロス・フォールズ』ゼイン(Album Review)

 米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”最高2位、UKチャート5位をマークした、映画サントラ『フィフティ・シェイズ・ダーカー』からのリード・トラック「アイ・ドント・ワナ・リヴ・フォーエヴァーwithテイラー・スウィフト」(2017年2月発表)以降、計8曲のシングルをリリースするも、アルバムの正式な発売日やタイトルが公開されないままおよそ2年半が経過し、“ようやく”本作『イカロス・フォールズ』を完成させたゼイン。

 チャートの順位で作品の良し悪しが決まるワケではないが、全米・全英チャート他、主要各国でNo.1をマークしたソロ・デビュー曲「ピロウトーク」(2016年1月)以降、アメリカでTOP10入りしたのは前述の「アイ・ドント~」のみで、お世辞にも大ヒットと呼べる曲は輩出されていない。ワン・ダイレクション脱退後、2016年3月にリリースしたソロ・デビュー・アルバム『マインド・オブ・マイン』(全米・全英1位)で華々しいデビューを飾っただけに、“あっという間に転落した”と叩く人も少なくなかった。

 先行トラックのヒットがないまま、アルバム・リリースを決意したのは意外だったが、そういった要素も含めての「イカロス(飛翔)・フォールズ(転落)」なのかもしれない。アルバムが完成するまでの間には、「自分が望んだようには注目されなかった」、「もう複雑なことはやりたくない」と追い詰められているような発言もあったし、そういった迷いや成長過程も、全て表現した内容になっているということだろう。若さや勢いに任せた前作とは違う、年齢や経験を重ねたことで表現できる、“今の(ありのままの)ゼイン”が詰まっている。

 アルバムは、「イカロス」と「フォールズ」をそれぞれテーマ別に分けた、いわゆる2枚組の構成。全29曲(国内盤)、96分超えの大ボリュームだが、意外とあっさり聴き流せてしまうのは、楽曲それぞれに個性があり、ボーカルも1曲1曲、明確な違いを表現しているからだろう。ゼイン自身が全曲の制作に携わり、トータル・プロデューサーにはマーダ・ビーツがクレジットされている。

 イカロス・サイドのオープニングを飾るのは、「ピロウトーク」を手掛けたメイクユーノウラヴによるプロデュース曲「レット・ミー」。先行シングルとして4月にリリースされた同曲は、元カノそっくりのモデル出演も話題となったミュージック・ビデオや、「人生全てを君に捧げたい」と囁く激甘メロウが女子に大ウケし、UKチャートでは20位まで上昇するスマッシュ・ヒットを記録した。この曲の他にも、2曲目の「ナチュラル」や、ハービー・クリックロウと共作した「コモン」、リアム・ギャラガーのソロ・デビュー・アルバム『アズ・ユー・ワー』を手掛けたダン・グレッグ・マーグエラット作の「ゼア・ユー・アー」も、メイクユーノウラヴによるプロデュース曲。いずれも旋律の美しいミディアム~スロウで、ゼインのナイーブで柔らかいファルセットが最大限に活かされている。

 これら以外にも、R&B色を強めた「インプリント」や、前作『マインド・オブ・マイン』でも大活躍したマレイ制作・プロデュースの「スタンド・スティル」、ゆっくりと諭すように歌う「トゥナイト」など、イカロス・サイドはメロウ・チューンが中心になっている。一方、ロック寄りの「バック・トゥ・ライフ」や、米ニューヨークのソングライター=フレディ・ウェックスラー(カニエ・ウェスト、セレーナ・ゴメス等)が手掛けたダンス・トラック「トーク・トゥ・ミー」などのアップも優秀で、ゼインの楽曲センス、ボーカルの柔軟さに脱帽するのみ。なお、日本盤のボーナス・トラックとして、シーアをフィーチャーしたヒット・シングル「ダスク・ティル・ドーン」(全英5位)が収録されているが、若干の違和感否めず、なくても良かったような……。

 フォールズ・サイドは、故ソニー・ボノを歌った「グッド・ガイ」~意味深な歌詞をヒップホップ・トラックにのせた「ユー・ウィッシュ・ユー・ニュー」、グリーン・デイやリンキン・パークといったロック・バンドのプロデュースで知られる、ロブ・カヴァロが手掛けたファンク・ロック「サワー・ディーゼル」と、冒頭から“攻め”の姿勢をゆるめない。「サワー・ディーゼル」は7月にリリースされたアルバムからの先行シングルで、これまでのゼインのイメージを覆すサウンドと、まったく違うボーカル・スタイルが話題を呼んだ。この路線を貫いても、それはそれで良い作品が仕上がった気がする……というくらい、完成度の高い1曲。

 フォールズ・サイドには、「サワー・ディーゼル」の他にも、エンリケ・アンドラーデがプロデュースしたスタンダードなポップ・バラード「エンターテイナー」や、ハリー・スタイルズについて歌われているとファンの間で話題になった「フィンガーズ」、自身も影響を受け、今なおシーンで活躍し続けるティンバランドとの共作「トゥー・マッチ」、そしてニッキー・ミナージュをゲストに迎えた最新曲「ノー・キャンドル・ノー・ライト」と、シングルが計5曲も詰め込まれている。それだけに、とっ散らかった感じもなくはないが、バラエティに富んでいるという言い方もできなくはない。日本盤のボーナス・トラックとして収録された、パーティネクストドアとのコラボ・チューン「スティル・ゴット・タイム」も、ヒットこそしなかったが、最新の流行を取り入れたカリビアン・テイストの好曲。

 「サティスファクション」や「スクリプティド」といったメロウは、ボーカル・スタイルや歌詞の内容含め、イカロス・サイドとはテイストが異なっている。お得意のファルセットを控え、力強くエモーショナルに歌う「グッド・イヤーズ」も、すばらしいの一言。その他、オルタナR&B風の「オール・ザット」、デミ・ロヴァートやニーヨ、ジョシュ・グローバンなど、ジャンルを超えて幅広くヒットを連発させる米LAの音楽プロデューサー=エマニュエル・キリアコウによる「フレッシュ・エア」、アルバム・リリースの直前に公開された、ゼインの真骨頂ともいえるR&Bトラック「レインベリー」など、シングル曲のクオリティを上回るタイトルも目白押し。米シカゴのシンガーソングライター、サム・デュー(リアーナ、メアリー・J. ブライジ等)が制作した「インソムニア」も、歌謡曲っぽい旋律が我々日本人の耳にも馴染む逸品。

 「待った甲斐があった」と絶賛される一方、「予想を下回る駄作だった」と酷評するリスナーもいるようで、賛否が分かれている本作だが、決して駄作ではないし、煮詰めて迷走したという感じも受けず、アーティストとしての意地と才を存分にみせつけた作品といえるのではないだろうか。また、時代の音に飲み込まれ過ぎず(スティル・ゴット・タイムのように)、独自のサウンドを貫いたことも高く評価したい。本作は、12月14日に配信で先行リリースされ、12月21日にパッケージとして発売される予定。


Text: 本家 一成

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