2018/11/29
20世紀を代表する名指揮者の一人、チェコのラファエル・クーベリックと(1914-1996)と、ルーマニアが生んだ不世出のピアニスト、クララ・ハスキル(1895-1960)。この2人の共演によるショパンのピアノ協奏曲第2番の録音は、モノラルならば既に販路に乗ったことがある。
しかし今回、INA(フランス国立視聴覚研究所)のアーカイヴから発掘された、1960年1月31日、シャンゼリゼ劇場におけるパリ音楽院管弦楽団のライブ録音は、この協奏曲を含む、収録曲のすべてがステレオだ。
フィルアップは、ボフスラフ・マルティヌー(1890-1959)による『ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画』で、献呈を受けたクーベリックが、1956年にザルツブルクでウィーン・フィルと世界初演を果たした作品だ。録音時はマルティヌーが没してまだ半年も経たない時期ゆえ、追悼の意味合いが強かったことは想像に難くない。新印象主義的作風による、エキゾティックな空気立ち籠めるこの作品を、クーベリックとパリ音楽院管は、叙情味たっぷりに、しかしスタイリッシュにもりたてている。
ハスキルのショパン第2協奏曲に関していえば、録音状態や演奏の精度においては1960年の10月に収録されたマルケヴィチ指揮ラムルー管弦楽団との正規録音(PHILIPS)に分があることに変わりはないにせよ、この音源がステレオで残っていた、ということには、やはり驚きを禁じ得ない。第1楽章の8分46秒付近に、マスターに由来すると思われるピッチの変化もあるが、総じて録音はよく、演奏は上々だ。ハスキルの神々しいまでのタッチが生み出す、洗練された詩的空間の茫漠たる広さはさすがというほかない。
ところで、1967年、初代文化大臣の要職にあった作家アンドレ・マルローが舵を取ったフランス文化再編政策により、団員の1/3足らずが新設なったパリ管弦楽団へ移籍したのみで歴史に幕を下ろしたパリ音楽院管弦楽団は、1828年の創設以来、ベートーヴェンの交響曲演奏の長い伝統と歴史を誇り、フランスにおけるベートーヴェン受容、という観点において最も重要な団体である。そのせいもあるのだろうか、世紀前半を彩った巨匠達のグランドマナーな身振りとは距離をおくクーベリックのモダンなアプローチに的確に反応し、音楽の持つパワーをストレートに描き出している。
クーベリックという指揮者は、この『運命』にしてもそうだが、聴き手を面食らわせるような、意識的で意図的な作為をよしとせず、テクストを愚直に淡々と音にしてゆこうとするタイプの指揮者で、パリ音楽院管弦楽団との相性がなかなかよい。後年クーベリックは全曲それぞれ異なるオケと録音したベートーヴェンの交響曲全集を作り上げ、第5番はボストン交響楽団が担当したが、第6の相方にパリ管を指名する、というなかなか洒落たことをしたのも、この相性のよさに源泉があるのやもしれない。
ハスキルとの資料的価値も高い共演を含むこの2枚組は、バイエルン放送響で迎える全盛期を目前に控えたクーベリックの一夜のポートレート、といった観点からも愉しめる。Text:川田朔也
◎リリース情報
『ベートーヴェン: 交響曲第5番、ショパン・ピアノ協奏曲第2番 他』
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