2018/11/06
定刻通りに照明が落ちると、軽い足取りでバンド・メンバーが階段を降りてきた。そして、すぐ後ろには満面の笑みを湛えたバーシア。愛くるしく観客に手を振っている。自然と高まっていく期待。会場が一気に高揚していった――。
今も鮮やかな記憶を残している2015年のライブ以来となるバーシアが、ようやく『ビルボードライブ東京』に還ってきてくれた! これまで何度も来日し、充実したステージを繰り広げてきた彼女。だからこそファンの期待値も高いのだけど、今回もその期待にしっかり向き合い、聴き応えのあるパフォーマンスを披露してくれた。
1984年にマット・ビアンコに参加し、その存在がメジャーになったポーランド出身のバーシア。86年にはメンバーのサポートを得てソロ・デビューし、これまで5枚のオリジナルをリリースしてきた。そして、半年前には実に9年ぶりとなる6枚目の新作『Butterflies』をドロップしたが、それが期待以上に素晴らしい仕上がり。先月、ステージに上がったスウィング・アウト・シスター同様、豊かなキャリアを惜しみなく投影したかのような内容は、音楽性の多彩さはもちろん、洒脱なポップ・サウンドにコクや深みが溶け込み、じっくり聴かせる内容はポスト・パンク・ムーヴメントの1つ“果実”と言ってもいい。
ニュー・アルバムによほどの手応えを感じているのだろう。初っ端から立て続けに新しい曲を紹介し、短いエピソードを話しながら身体全体を使って歌い上げていく。ちょっとせっかちなくらいの勢いで、しかし本当に気持ちよさそうに歌うバーシアに、オーディエンスも煽られるようにしながら、グイグイ引き込まれていく。強力なオーラすら感じさせる彼女の存在感に、会場の誰もが釘付けになっているのだ。
ボサノーヴァなどのブラジル音楽やジャズをソフスティケイトさせた音楽性は気品に満ちてきていて、まさに今が旬の“都市の音楽”と断言したくなるほど。今回はエキゾチックな旋律も随所に挟み込まれ、サウンド全体を奥行きのあるものにしている。
また、バーシア自らが“ミュージック・パートナー”と信頼を寄せるマット・ビアンコ時代の盟友=ダニー・ホワイト(key)をディレクターに据えた5人のバンドは、シンプリー・レッドのメンバーだったサックス奏者や数々のミュージック・ディレクションをこなしているベーシストなど辣腕揃い。彼らが繰り出す粒立ちのいい音は軽快な躍動感に溢れていて、彼女の“お洒落感”をしっかり支えている。
しかし、ただ耳ざわりがいいだけではない。曲ごとにバラエティに富んだリズムを組み合わせ、色彩感豊かなサウンドに仕立てている様は、多彩な人種によって構成されているヨーロッパのコスモポリタン的なセンスの賜物。ほどよい湿度感とさまざまな素材を織り合わせたような風合いが、僕たちを温かく包んでくれる。演奏の進行に伴って会場は親密感に満ちていき、ステージと観客席が一体となった時間が流れていった。
アグレッシヴだった序盤とは対照的に、中盤からは若干ペースを落とし、彼女の代表的なナンバーや人気曲が今までのキャリアから万遍なく披露されていく。ステージフロアに視線を投げると、膝を叩いて盛り上がるファンの姿があちこちに。アーティストと観客が1つになる瞬間が何度も訪れる。
表面的には心地好くメロウな肌ざわりの歌と演奏は、しかし、新作からの楽曲を中心に、新たなチャレンジ・スピリッツも込められていることに気づく。例えば、アンコールで披露された新曲は、二胡の音色と東洋的な旋律を取り込んだ“オリエンタル・ジャズ”にも似たニュアンスも。そんな「前に進んでいくこと」を諦めないバーシアの冒険は音楽に冴えと緊張感をもたらし、スタイリッシュな印象を強めていく。決して凡百のポップ・サウンドに妥協しない姿勢に彼女の美意識が滲んでいるのだ。
また、今まで以上にエモーショナルな感覚を強めている彼女の歌にも印象的。これほどまで身体の芯から湧き上がってくる感情をストレイトに表現するバーシアを、僕は知らない。ジャジィな響きの中に自らの声をシンクロさせていくようなヴォーカリゼーションは、ライブの冒頭から聴かせてくれた美しいスキャットも含め、着実に進化し、深みが増している。今宵、僕は欧州発のエキゾチックなラテン・ジャズを堪能した。
90年代の楽曲と共に新作からのナンバーもたっぷり楽しませてくれる最新ヴァージョンのバーシアは、東京で今日(6日)、大阪でも8日に観るチャンスがある。季節がシックになってきた晩秋の宵に、洒脱でありながらも躍動感に満ちた彼女の歌を浴びて、気分をリフレッシュさせて! きっと満足感溢れる夜になるはず。
◎公演情報
【バーシア】
ビルボードライブ東京
2018年11月5日(月)- 6日(火)
1stステージ 開場17:30 開演19:00
2ndステージ 開場20:45 開演21:30
ビルボードライブ大阪
2018年11月8日(木)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30
詳細:http://www.billboard-live.com/
Photo: Yuma Totsuka
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。吐息が白く見えるようになってきたこのごろ。食いしん坊にとって、これからの季節の楽しみはジビエ料理だけど、一緒に楽しみたいワインと言えば、やはり北イタリアの“王のワイン”=バローロ。特徴的な渋みと独特の熟成変化の奥に潜む複雑かつ豊潤な味わいに想いを馳せてみたい。もちろん、ジビエ肉の脂質やタンパク質に含まれる「旨み」とのマリアージュを楽しみながら。何層にも重なり合った厚みのあるポテンシャルを探検してみるのも一興かも。
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