2018/11/01
2018年6月にオランダ・バッハ協会の栄誉ある芸術監督の座に就いた佐藤俊介が、イタリアでいま最も波に乗っているピリオド楽器アンサンブルのひとつ、イル・ポモ・ドーロとタッグを組み、満を持して放ったのは、その大バッハのヴァイオリン協奏曲集だ。
バッハというとしかつめらしい印象を抱かれるやもしれないが、これらヴァイオリン協奏曲は、当時音楽を含む芸術の世界で、西欧世界の最先端をひた走っていたイタリアの影響色濃い作品群である。ヴィヴァルディやコレッリといった作曲家たちの音楽に親しみ、深く研究したバッハは、そこで吸収したものに、彼らしい精密きわまりない設計を施して作り上げたのが、これら若々しい息吹にみちた協奏曲だ。
演奏に行こう。音楽が鳴り始めてすぐ、彼らの独特なフレージングに耳を持って行かれる。楽想の切れ目ではっきりと加減速し、音価を大きく伸縮させる。強弱のダイナミクスも生々しく変化させ、いま鳴っている音に耳をそばだてさせる。
これは、それぞれの言葉を明瞭に発音するための「ディクション」の折り目、抑揚を明確につけられた音楽だ。つまりこれは、朗々と声を張り上げて歌うのではなく、はっきりとひとつひとつのセリフが聞こえるように語る、そんな音楽である。19世紀半ばのロッシーニが、「既に喪われた」、と慨嘆した意味での、現代のコンテクストで用いられるのとは毛色の違う「ベルカント」という単語の意味に思いを馳せないわけにはいかない。
ピリオド楽器によるヴァイオリン演奏の場合、ヴィブラートをさほどかけず、まっすぐ聴き手にむけて伸びてくることが多いため、音の質感そのもの、これがまず問われる。佐藤の音には深いコクと濃密な色気がありながら、くどい後味を残さないフレッシュさも兼ね備えている。この余人をもって替えがたい音色そのものにも、聴き手は酔いしれることになろう。
この録音では、埋没してしまいがちな通奏低音を担当するチェンバロも、全体の音量バランスの配慮が行き届いたコンパクトなアンサンブルゆえ、これまたはっきりと発声されて弦楽器と絡み合っているのも大きな特徴である。
こうしたベースに、佐藤がところどころ、軽やかでしなやかな即興的装飾音を施して、その語り口に嫌味のない洒落っ気を混ぜ込むと、単調な平板さから、更に遠ざかることになる。
かくして、主人公の佐藤を軸としながらも、それぞれの個性豊かな登場人物たちが、舞台の上でにぎやかに対話を交わすさまが活写され、立ち会う者の心を踊らせる、そんなダイナミズムに満ちた録音に仕上がっている。Text:川田朔也
◎リリース情報
『Bach: Violin Concertos / バッハ:ヴァイオリン協奏曲集』
WPCS-13799 2,800円(tax out)
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