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2018/11/24

ビジュアル系は解放の音楽【世界音楽放浪記 vol.23】

皆さんは、「ビジュアル系」のことを、どのように感じているだろうか?

「ビジュアル系」とは、音楽の「中身」ではなく、「特徴的なメイクをした、(一部の例外を除いて)男性バンドやアーティスト」という「器」の総称。音楽的には、ハードコアパンクから歌謡曲まで、千差万別だ。

日本には、歌舞伎に象徴されるように、男性がメイクを施す文化は存在した。ビジュアル系の直接的なルーツは、1970年代に英国で興隆したグラム・ロックだ。ムーブメント自体は数年で収束したが、その流れは、まるで大河のように日本全国に拡がった。関西では、淀川の河口にある大阪で、44MAGNUMが活躍した。関東を貫く利根川では、BOØWYや BUCK-TICKを生み出した群馬に端を発し、千葉でX JAPANが生まれた。激流はやがて海原へと注ぎ込み、大きな波となる。1990年代には、ビジュアル系四天王~SHAZNA、L’acryma Christi、MALICE MIZER、FANATIC◇CRICIS~が一世を風靡した。

2012年、ロシア・モスクワに取材に行くと、Versaillesのコスプレが大挙して集っていた。フランス・パリのJapan Expoでは「ビジュアル系の本場の日本に行きたい」と女の子が語った。

数年前、A9の将さんらと共に、「ビジュアル系委員会」という私的な会合を設けた。世界的に支持を集めている彼らとの意見交換を、忌憚なく語り合おうという趣意だ。礼儀正しい、心の清い男子がメンバーだった。友人のファッション・デザイナー、コシノユマさんに、ビジュアル系が「カジュアルからフォーマル」へと昇華するブランドの構築も提案した。女性が着飾りたくなるような男性の服装が、新しいトレンドになると思えたからだ。

J-MELOリサーチ(視聴者調査)では、好きな日本の音楽ジャンルの上位に、ビジュアル系は常に輝き続けた。その代表格が「the GazettE」だ。世界中からのリクエストで、これまでで最多となる5回も、年間ナンバーワンを獲得した。2013年、「皆さんが好きな日本語の単語は?」という問いの答えを世界中の視聴者から募った。「奈落」「混沌」「衰退」、、、そのようなネガティブな言葉が並んだ。調べてみると、彼らの歌詞の一部だった。後年、「the GazettEの魅力とは何か?」という追加調査を行った。瞬く間に、世界中から数百の意見が寄せられた。

「the Gazetteの歌詞に救われた」(20代・ウクライナ)

「自分の辛い時に、聴いて、勇気が出た」(10代・チリ)

人生は、良い時ばかりではない。むしろ、そんな時は短いのかもしれない。一人ぼっちだと感じる孤独な時に、苛烈とも思える世界観の歌詞は共感をもたらし、苦境から抜け出す福音になるのだろう。

昨年、講師を務める大学の一つ、武蔵大の学生と懇親会を開催した。ある女子学生が、ビジュアル系が好きだと私に告げた。普段はおとなしい彼女の表情が、みるみる、楽しそうに変わっていった。ライブで自分をさらけ出し、誰にも言えない心の深層をカミングアウトできるのが、「バンギャ」と呼ばれるファンの本懐だと教えてくれた。ビジュアル系は、「男性は美しくても良い」「女性は可憐でなくても良い」というように、ステレオタイプのジェンダー・イメージから解放するトリガー、一人一人がありのままになる機会を与える、現代における音楽表象の一つの突破口だ。私は、そのように考えている。Text:原田悦志


原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。