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2018/10/13

城南海と奄美とブルーズ【世界音楽放浪記 vol.17】

1877年にエジソンが蓄音機を発明するまで、それまで地球に流れていた音楽を録音し、保存する方法は一切なかった。クラシックなど一部の音楽は記譜により現代でも再現可能だが、大衆音楽のほとんどは消滅した。レヴィ=ストロースが神話から構造を見出したように、録音成果物が生まれる以前から連なる共通性を理論化することはできないか。雲を掴むような話だが、いま、フィールドワークを重ねているのは、そのヒントを得るための思索の軌跡だ。だから、旅先では、イヤホンを付けて持ち込んだ音楽を聴かない。新しい音を遮断してしまうからだ。

答えの一片は、慶大での授業にゲストスピーカーとして招いた、城南海(きずき みなみ)さんからもたらされた。城さんと最初に仕事をしたのは2011年。ジャズ・ギタリストの渡辺香津美さんをバンマスとして迎えた収録にお声がけした時だ。モーニング娘。の「I WISH」では、寺久保エレナさんがアドリブでサックスを吹き、May J.さんと城さんがコーラスを務めた。それ以来、何度も対話を重ねた。明るく快活に見える彼女が歌に込めた思いを解くには、奄美を知り、体感するしかないと思った。

奄美群島は、鹿児島県に属し、九州と沖縄の中間に位置する、穏やかな人々がたくさん住む島々だ。主島である奄美大島は、峻険な山地が連なる地勢ゆえか、全島的な統治者は現れず、琉球、薩摩、アメリカと、支配者は変わり続けた。変わらなかったことは、過酷な暮らしだ。厳しい人頭税を課せられていた時代には、文字を持つ事すら許されなかった。人々は、思いを「うた」に託し続けた。

慶大での講義後、城さんはこのように答えた。「狭い島です。逃れようがなかったのです」。私は奄美大島へと向かった。空港から車を走らすと、隣の集落に行くのにも峠を越えなければならない。中心地の名瀬では、夜更けまで民謡が鳴り響いている。閉塞感と開放感が同居していた。

城さんの思いを具現化した曲がある。「祈りうた~トウトガナシ(尊々加那志)~」だ。ライブを聴きに行ったとき、彼女は自作曲を歌った。ソングライターとしての才能を感じ、何故、世に出さないのかと思った。世界からの遠近感で考えれば、江戸の言葉を礎にした標準語も、全国各地の方言も、等距離だ。「例えば、1番は奄美の言葉、2番は標準語にしたらどうですか」と城さんに提案をした。

レーベル関係者は、彼女の可憐な印象を大事にしたかったのだろう、作家を入れましょうかというような提案を何度もしてきた。だが私は、彼女の記念碑的な楽曲にしてほしくて、頑として首を縦に振らなかった。出来上がった作品は、故郷へのリスペクトに溢れた、まさに「祈りうた」だった。歌詞は、奄美の言葉で、全編綴られていた。今は亡き奄美民謡の第一人者の築地俊造さんらに、彼女自身が教えを請い、書き上げたものだった。

一本の糸が、頭の中で結ばれた。「奄美の島唄」と「ブルーズ」。直接因果関係は当然ながら皆無だ。ブルーズについて、音楽ジャーナリストの北中正和さんは「ロック史」(立東舎)でこのように記している。「奴隷解放があったとはいえ、  黒人をとりまく厳しい状況はいっこうに変わらなかった。そこでその憂鬱(ブルース)や悲惨から逃れ、それに反発し、笑いとばそうというアンビバレントな気持がブルースを生んだのだといわれている。」※

ブルーズも、奄美の「うた」も、一聴すると明るい曲が多い。両者は、自らの思いを率直に表現することすら許されない凄惨な現実の中で、人々の魂の救いになってきた。だからこそ、透き通るような感情表現による美しい音楽が、全く違う地で生まれたのではないか。私はそう考えた。

大衆音楽における世界的普遍性は、人々が歌い続けた「うた」の中にあると思う。「郷土史」という狭いカテゴリーに押し込めてはならない。日常にある音楽が、世界と共鳴する可能性を喪失させてしまうからだ。城南海さんは、いまも、世界中で奄美の「うた」を歌い続けている。Text:原田悦志


原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。

※出展:北中正和「ロック史」

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