2018/09/22
9月6日に発生した北海道胆振東部地震で被災された方々に、心からのお見舞い申し上げます。私はかつて、4年間、札幌に住んでいました。その時に頂いた道民の皆さんの優しさや思いやりは、一生忘れることができません。今回、北海道の話をコラムにしました。
多くの楽曲制作に関わらせて頂き、ライナーノーツに「Special Thanks」とクレジットされてきた。感謝の至りである。そんな私が最初に制作に関わったCDは、2001年の札幌交響楽団の「第9」だった。1999年から2003年にかけて、私はNHK札幌放送局に勤務していた。外国人向けのガイドブックには、北海道は2つの季節しかないと書かれていた。「good season」と「winter」だ。四季という4拍子が基本の日本において、ラルゴのようなゆったりしたテンポでありながら、強弱が明確な2拍子の季節感は、さまざまな視座を与えてくれた。
札幌では、多種多様なテレビ番組を制作した。私の原点であるクラシックの番組を手がけることもできた。2001年には、「クラシック倶楽部」というNHKのBS番組で、「北海道フロンティア」というシリーズを立ち上げた。当時の札幌には、撮影、音声、照明と、高い技量を持つ職人的な技術さんが揃っていた。ただ、音楽番組でその力を発揮する場は少なかった。私は、北海道にある「内なる資源」を、クラシック番組で表現することを試みた。
作曲家の着想は、自然や雑踏の中で得られたものが少なくない。日高の牧場、美唄の廃校跡の美術館、小樽の運河や鰊御殿、利尻の空港、札幌のモエレ沼公園、函館の洋館と、普段は演奏の収録が行われることなどない、北海道ならではの場に当世一流のクラシック音楽家を招き、演奏して頂いた。情景と空気感が加わることにより、名曲や名演はさらなる深みを増した。
その頃、北海道唯一のプロ・オーケストラである札幌交響楽団は、財政危機に瀕していた。2001年、アメリカで「911」が発生する。私は大事件の翌日、定期演奏会を収録するために、札幌コンサートホールKitaraの大ホールにいた。アンコールの際に、犠牲者への鎮魂のために黙祷した。この年の秋の定期演奏会のプログラムは、べートーベンチクルス-9つの交響曲の全てを演奏する-というものだった。締めくくりは年末の「第9」。地元の方々によるシラーの詩の合唱は、心に刺さった。私はその音源を、何とかCDにできないかと考えた。モチベーションは2つあった。1つめは、911で傷ついた人々の心を癒すため。もう1つは、私を育ててくれたオーケストラ文化への恩返しだ。あるレーベルに掛け合うと、即座に快諾してくれた。アルバム「札響の第9」は、こうして生まれた。プレスしたCDは完売した。ほんの少しかもしれないが、北の大地の交響楽団の力になったのではと思う。
当時の正指揮者だった尾高忠明さんとは、私が札幌を離れる間際に、「世界・わが心の旅」という番組で、ドイツとオーストリアにあるベートーベンゆかりの地を一緒に訪れた。BGMには全曲、この際に録音した札響の演奏を用いた。ドイツ・ボンにある作曲家の生地で、尾高さんは嗚咽した。その時、北海道で奏でられたベートーベンのシンフォニーが、私の脳裏に響き渡った。ロケの終わりに、私はウィーン郊外にあるベートーベンの墓地を訪れた。「ありがとう」と、ドイツ語で伝えるために。Text:原田悦志
原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。
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