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2018/08/25

通奏“高”音としての嵐【世界音楽放浪記 vol.10】

私は、大学での講義で「自分たちのことを知る」ということから教える。留学生も受講する教室の中に、如何に多様な個性が集っているかが分からないと、「世界」を理解することなどできないからだ。

共通で提出させているレポートの1つが「好きなアーティストと、その理由を書くように」。複数回答可のデータは、「いま」の20歳前後の世代の傾向を如実に表している。大阪の関西大学では、およそ110人の学生が、110のアーティストの名前を挙げた。東京の明治大学では、同じく50人ほどの学生が、50のアーティストへの思いを書いた。共通の傾向は「1人1ジャンル」、つまり「自分が好きな音楽が、自分のとってのジャンル」。このタームは、「ETV2000 -細野晴臣・いつも、新しい音を探しているー」を制作した際に、細野さんが口にしたものだ。20年近く前に現状を予見していた細野さんの慧眼には、敬服という言葉しか思い浮かばない。ミレニアム世代には、邦楽と洋楽の区分などない。「1人しか名を挙げないアーティスト」が大多数。音楽的傾向も、文字通り千差万別だ。

2014年に底を打った世界的な音楽マーケット不況は、サブスクリプションサービス(定額聴き放題サービス)を主たる収入源とすることでV字回復を果たした。それまでの「y軸方向」 -単価を高く設定し、個別の売上高を「縦に」伸ばす- から、「x軸方向」 -単価を下げ、接触する総数を「横に」増やす- へのビジネスモデルの転換が、功を奏したのだ。この「X×Y」の面積が、マーケットの大きさである。

インターネットが音楽聴取のメインプレイスとなったことにより、楽曲は国境をたやすく越え、地球の裏側の作品でさえ瞬時にスマホでも聴けるようになった。ストリーミングでは、新曲も旧曲も、国境もジャンルもない。デジタルネイティブは、全ての音楽を、先入観なく等距離に聴いている。

学生世代の最大公約数ともいえるアーティストがいる。「嵐」だ。1999年のデビュー以来、音楽だけでなく、ドラマ、映画、ニュース、バラエティ、CMなど「姿を見ない日はない」というほどの活躍を続けている。90年代後半の出生が最多帯である学部生にとっては、人生を貫く「通奏“高”音」なのだ。

「通奏高音」とは私の造語。主にバロック音楽で用いられ、コントラバス奏者だった私がよく弾いていた、低音楽器による主旋律を表す「通奏低音」をアレンジしたものだ。嵐が、オーケストラでいえばヴァイオリンやトランペットのように、華々しい高音を奏でている存在であることに異論の余地はないであろう。

「同時代体験」は、他に代え難い財産だ。日本にいると、少子高齢化や人口減少などがあり、上の世代の影響を強く受けてしまう。しかし、世界的に見れば人口は増え続けている。世界をマーケットに考えないというのは、ナンセンスとしか言いようがない。

7月に中国の北京師範大学の学生に講義をした際、「夜来香」「昴」といったスタンダート・ナンバーと並び、ピコ太郎やBABYMETALもほぼ全員が知っていた。地球というフィールドで「通奏”高”音」を奏でたいと志すアーティストが増えることを、私は願ってやまない。Text:原田悦志


原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。