2018/05/06
パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは、ベートーヴェンとシューマンのプロジェクト双方で、世界的な喝采を浴びた。そして引き続き、遂に始まったブラームス・プロジェクトの第2弾となるのが本作である。
楽章全体にばらまかれてもいる半音階進行ではじまる交響曲第1番の第1楽章の序奏は、ゆったりと…などと予想したら肩透かしを食らう。それも盛大に。乾いた響きのティンパニが心地よく刻むオスティナートに乗ってはじまるこの曲で彼らがチョイスするのは、勿体ぶったしぐさ一切を峻拒する快速テンポだ。時に鈍重ですらありうる巨匠風の造形とは、冒頭からして見事なまでに遠い。
テンポ取りに加え、清新なフレージングが生み出すコントラストと躍動感に打たれるこの演奏、そのバックボーンには眼光紙背に徹したスコアの読み込みがある。第1楽章の第1主題部だけとっても彼らが刻んだ特徴的な刻印はいくつもある。最もわかりやすいのは、上行するアルペッジョから半音階進行の動機によるシークエンスに楔のように打ちこまれる、最初「レbーミ、シbーレb」と現れる、スラーのついた2つの下行音型の処理だ。
よくあるタイプの演奏は、それぞれ後ろの音価を若干切り詰め、かつスタッカート気味に跳ね上げるのだが、しかしパーヴォたちはそうしない。音価をそのまま保ち、むしろレガートの質感をこそ前面に出す。そうすることで、直前のスタッカートとの触覚的コントラストは鮮やかなものとなる。そしてまた同時に、後続の半音階と全音階による刻みは、なにもペザンテの指示があるから、などと身構えた大仰な身振りで重々しさを演出する必要がなくなって、いわば勝手にその気配が立ち上がる。なんという自然さだろう。
陰翳をつけながら各パートは思う存分に歌い上げ、様々な表情をヴィヴィッドに描き出すのだが、さりとて決して感傷に惑溺して、全体としての音楽の流れに棹さすことがない。結果として立ち現れるのは生気に満ち満ちた若々しい表情のブラームスで、その勢いは第4楽章にまで及ぶ。
第2楽章でソロを取るヴァイオリンとホルン、第4楽章でコラールを導くトロンボーンは言うに及ばず、各奏者・各パートとも実に上手く、クリアに分離している。「ブラームスのDNAは室内楽にある」、そう看破するパーヴォが目指すのは、その言葉のとおりに、それぞれのパートが存分に自己を主張しつつも重層的に絡み合った結果、総体として一つに編み上げられてゆく音楽だ。生々しい、とすら言えるダイナミズムに溢れる音像を結ぶ音楽はクライマックスに向けてどんどん高揚してゆこうが、コンパクトサイズなオケであることも相俟って厚ぼったい響きにはならず、常に見晴らしよく立体的。全曲を締め括る第4楽章コーダの盛り上がりなど、誰もが手に汗握り、血湧き肉躍ることだろう。
音楽史上でも傑出した変奏曲の名手だったブラームスによる『ハイドン・ヴァリエーション』も、各変奏の性格的差異を的確に炙り出す。とはいえ、ここまで聴き進めてくれば、もはや彼らならこれくらいはやって当然、とすら思えてくるのは自然な成り行きである。
ブラームスといえばのたくそ重たく、ベタベタ暑苦しい。そんなイメージをもしもあなたがお持ちなら、この演奏を是非お試し頂きたい。これはそんなイメージを一発で覆してくれる、またとない特効薬である。Text:川田朔也
◎リリース情報
ブラームス 交響曲第1番、ハイドンの主題による変奏曲
ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
パーヴォ・ヤルヴィ指揮
SICC-10254 3,240円(tax in.)
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