2018/03/21
ヴィヴィッドで潤いに満ちた歌と旋律――理屈抜きで贅沢なコラボレイションだった。それぞれ独自の世界観を築きながらも、人懐こいメロディと心に響く言葉を紡いでいる高野 寛、宮沢和史、おおはた雄一。互いに活動を共にするシーンも経験している彼らの、シンガー・ソングライターとしての世界がきめ細やかにシンクロした、実にふくよかな時間が流れたステージになった。
“ポップ・マエストロ”としてYMOや忌野清志郎、テイ・トウワやハナレグミなど、世代を越えたアーティストから信頼を得ている高野。THE BOOMでの活躍のみならず、弾き語りの「寄り道」などソロでも印象深いライブを展開し、多くの聴き手を魅了している宮沢。そして独特の声と歌いまわしで“新世代”シンガー・ソングライターとしての地位を確たるものにしているおおはた。約1年前にも共演した3人が再び並ぶという、とびきりゴージャスなセッション・ライブを、僕はすっかり堪能した。
ステージ横にある階段を降りてきた3人が、横一列に並べられた椅子に腰かける。軽く挨拶をすると、おおはたが澄んだ音をつま弾き出す。アルペジオ…オブリガート…ストローク。肌ざわりの違うギターの音が絡み合い、静寂に包まれた会場に溶けていく。1人…2人…そして3人と、さまざまな組み合わせで語られていく、それぞれのストーリー。軽快なナンバーも、しっとりとした曲もオーガニックな音が耳に心地好い。そこに紡がれる普通の日々の細やかな描写と、ほんの少し湧き上がる想い。そんなライフサイズの歌が、デリケートに奏でられていく。
美しいメロディと奥行きのある言葉が重なり合う。さまざまな音楽的バックボーンを持ちながらも、各自の楽曲を心の襞を優しく撫でるような繊細な“歌”に昇華している3者。まさに、日本のミュージック・シーンの「珠玉」と表現してもいい彼らが、お互いの個性を認め合い、3人だからこその化学反応を楽しむ春の宵。会場に詰めかけた人たちは、ジャパニーズ・ポップ最良の響きを全身で感じながら、身体に澱んでいた灰汁を洗い流し、ささくれがちな心に潤いを呼び戻している。まさに“ミュージック・ヒーリング”だ。
音楽を聴くことの醍醐味が肌で感じられるリュクスな時間。ジョアン・ジルベルトの作品『声とギター』になぞらえて表現するなら、さながら3人の“歌とギター”。これを「至福」と呼ばずして、何と表現すればいいのだろう――。
もちろん、それぞれが名刺代わりの曲を披露すれば、その度に会場は拍手に包まれる。アーティストと観客が一体になる瞬間が、砂浜に打ち寄せる波のように何度も繰り返される。僕らはこうして音楽を生活の糧にし、日々のサウンドトラックとして耳を傾けている――そんな、ごく当たり前のことが、とても幸せに感じられるパフォーマンスが目の前で繰り広げられているのだ。
それにしても、彼らの歌から感じられるのは、透明感溢れる日本語の響きの美しさと深く長い余韻だ。他の言語からは感じ取れないデリケートな言葉のやりとりや心の移ろいが、肌に染み込んでくるように伝わってくるのだ。だからこそ、僕たちは言葉の“背景”にある物語りに想いを馳せ、気持ちを重ねていくことができる。そうすることによって風景が鮮やかに目の前に開け、大切な人、そばにいて欲しい人の顔が透明な空間から浮かび上がってくる。
ステージの上でのやりとりも楽しい。アイ・コンタクトによる阿吽の呼吸や、さまざまなエピソードを交えながらのセッションに和気藹々とした空気が漂う。普段はあまり歌うことのない、お互いの曲で声を重ねることの新鮮さ。ベテランだからこその余裕を感じさせる、くつろいだ振る舞いが空気をやわらげていく。3人のシンガー・ソングライターたちの豊かなキャリアの一端が垣間見られる瞬間が度々訪れ、摩天楼に佇む会場にピースフルで潤いに満ちた時間が流れていった。
初期のころからトッド・ラングレンのセンスとスキルを獲得し、先ごろはスタジオ・ライブの新作『A-UN』をリリースした高野、マルコス・スザーノなどブラジルのミュージシャンたちと情熱的なサウンドを追求してきた宮沢、そしてジェシ・ハリスとの実り豊かなコラボを経験してきたおおはた――国内にとどまらずグローバルな感覚を貪欲に吸収しながら、オリジナルな音楽を織り上げてきた3人だからこそのオープンで柔軟な姿勢は、豊潤な化学反応を実現する素地として申し分ない。日本人としての繊細な感性と、奔放でディープな海外のミュージック・マナーが彼らの身体の中で溶け合い、上質な21世紀のポップ・ミュージックを創り上げている。その片鱗が、この夜のステージの随所に滲んでいて、非常に見応えのあるライブに。僕たちの肌に無理なく馴染みながら、一方で“新しい肌ざわり”も楽しませてくれる、好奇心を刺激してくれると同時に深みも感じさせるパフォーマンスになっていたのだ。
今回は東京のみ、1夜限りのライブ。まるでローカル線に揺られるようなリラックス感に癒された90分。だからこそ、僕はすぐに再演をリクエストしたい気分でいっぱいに――。
春の風がそんなことを語りかけてきているような、帰りの足取りも軽い夜になった。
TEXT:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ようやく暖かさが本格的になり、春の到来を実感する数日。身体が心地好く緩んできたのなら、ワインも軽やかなものを選びたい。今日の3人のステージのように、軽快さと奥深さの両方を楽しめるチョイスの1つとしてお勧めしたいのが、アメリカ・オレゴン州で造られているピノ・ノワールの赤ワイン。独自の厳しいラベル表示を実践する小規模生産者が多く、ウィラメット・ヴァレーなどのAVAで生産されたものは、どれもワクワクするようなテイスト。上品な果実味と酸味が重なり合った繊細なストラクチャーは、フランスのブルゴーニュ産にも負けないクオリティ。春にピッタリの赤ワインを楽しみながら、心躍る季節を満喫して。
◎公演情報
【高野寛×宮沢和史×おおはた雄一】
2018年3月17日(水)※終了
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