2017/10/28
“彼のための音楽を彼が弾く”左手のピアニスト舘野泉が、11月10日に演奏する「風のしるし」は、左手の作品として日本にはじめて誕生した作品だ。2002年に脳溢血で倒れ右半身不随となりその後、舘野泉が再起の道にピアニストとしての命の音楽を与えた素晴らしい一曲。舘野泉の演奏で聴いてこその満足度得られる作品といえるだろう。今回のピアノ・リサイタルのプログラムは、いずれの作品も舘野泉のために書かれた作品で、世界初演の「ヴィオラ・ソナタ」は、今井信子と初共演。東京1公演のみの貴重なデュオに向けて、舘野泉本人からメッセージが届いた。
今年も前半期は日本で仕事をし、たくさんの演奏をしてくたくたの襤褸糞(ボロクソ)になり、疲れきって西も東も分からぬくらいに働いたのだが、その激しい疲労が実は爽やかであり自分にはなくてはならぬものであるというのは一般的には説明出来ないことかもしれない。多くの古いレパートリーも新しい作品も観て、そのひとつひとつから命を貰い、生命を与えていく。何度でも同じ作品と向きあい、何度でも脱皮を繰り返す。この作業があるからこそ自分は蘇り常に新鮮であるのだと思う。「お疲れになったでしょう。休暇をとられてエネルギーを蓄えてください」などと云われるのは、実は一番困ったことなのだ。年齢を増すごとに休むのが辛くなってくる。休んでしまうと、一度止めたエンジンをかけるのが大変で、時間もかかってしまうのだ。7月はまる一か月仕事もなく、ハイクポホヤの別荘で静かに暮らした。8月初旬にエストニアでリサイタルと2枚のCD収録があり、それをゆっくりと準備することも出来た。有り難や有り難やと思ったのだが、実はそうではなく、ひどく疲れて、暫くは何も出来なかった。
或る日、思い立って間宮芳生の<風のしるし・オッフェルトリウム>を弾いてみた。ほんの2~3段弾いただけで命の蘇ってくるのが分かった。魂の芯にあるものが目覚めて激しく叫びかわしているのだ。ほんの一瞬ピアノに向かっていたとばかり思っていたが、実は4時間も夢中で弾いていたのだった。私が脳溢血で二年間も何も弾けずに過ごし、左手のピアニストとしてステージに復帰したときに弾いたのが<風のしるし>。日本で初めて誕生した左手のための作品だ。<風のしるし>の風は、アメリカ先住民族ナヴァホ族の創世神話で語られる風の神、ニルチッイ・リガイのことである。ナヴァホの人々は、この地上の生きるものすべての誕生の時、生命を与えてくれるのはその風の神だと信じてきた。「人はその体内を風が吹いている間だけ生きている。体の中で風が止めば、人は言葉を失い、死ぬ」と。手の指の先の渦は、はじめて体の中を風の神が通り抜けた誕生の瞬間に、風が残していった風紋なのである。
いつも思うのだが、間宮さんの音楽は雄勁そのものである。激しい時も優しい時も真直ぐにすくっと立っている。その音楽に惹かれて50年近くも弾き続けてきた。11月10日には上野の文化会館で<風のしるし>を演奏するが、長い間の闘病生活から復帰し、また作曲活動を開始した87歳の間宮さんも聴きにきてくださるという。有難いことだ。Text:舘野 泉(ピアニスト)
◎公演情報【舘野泉 バースデー・コンサート 2017】
2017年11月10日(金)
東京文化会館小ホール
START 19:00
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