2017/04/08
とにかく凄まじいライブだった。
無言のままメンバーがステージに揃うと、DJロジックがマイルスの声をスクラッチでリフレインさせ、それに反応したタブラがリズムを奏で始める。一瞬、リズムが止まったと思った次の瞬間、突然、バンド全員が演奏を始めた。
アグレッシヴなリズムと突き刺さるようなメロディのせめぎ合い――。会場全体のアドレナリンが一気に上昇していくのがわかる。複数のパーカッションによるポリリズム、シャープに切り込んでくるシンセサイザー。10人による複雑なサウンドが会場に広がり、心地好い緊張感が漲っていく。
一心にリフを繰り返すトランペット。ウェイン・ショーターを彷彿させるソプラノ・サックス。まるでエムトゥーメイが叩いているようなパーカッション。たっぷりディストーションが掛かったピート・コージーのようなギター。70年代末の、混沌としていた時代の空気がステージの上に充満していく。
初っ端からのテンションの高さに、ほとんどの観客は微動だにせず、音に釘付けになっていく。そんな僕も高揚し、エキサイティングな気分で鳥肌が立っている。
まるで生物が変態を繰り返しながら成長していくように、時代と共にスタイルを変えながら輝かしいキャリアを重ねてきたマイルス・デイヴィス。その中でも、いわゆる“エレクトリック期”の彼は、リズムの細分化・重層化(ポリリズム化)に象徴されるように、ラジカルでアヴァンギャルドと表現してもいいほどの音楽的革新を実践していった“ジャイアント・ステップ”の時期だった。
1970年にリリースされた『ビッチェズ・ブリュー』を筆頭に、72年の『オン・ザ・コーナー』、75年の大阪でのライブを収録した『アガルダ』や『パンゲア』といった作品群は、強烈なカオスを感じさせながらも、多くの音楽的示唆を秘めている作品として、新しい世代のジャズ・ミュージシャンだけでなく、ヒップホップのアーティストにとってもインスピレーションの源泉、もしくはテキストとして今も機能している。ジャンルを超えてリスナーの裾野を広げた、紛うことなき名盤たちだ。
“エレクトリック・マイルス”は80年代に“収穫の時期”を迎え、遺作となる『ドゥー・バップ』(92年)に繋がっていくが、その前後の時期に共演していたヴィンス・ウィルバーンJr.が中心となって、マイルスの“フレッシュなレガシー”にスポットを当てながら、21世紀的な解釈を加えて演奏しているのが、このマイルス・エレクトリック・バンドだ。メンバーにはザ・ローリング・ストーンズのツアーに欠かせないベーシストのダリル・ジョーンズや、アンダーグラウンド・ヒップホップの草創期からマンハッタンのダウンタウンを牙城に活動しているDJロジックなど、錚々たる面々が揃っている。
果たして今回のショウは、“ダンス”を裏テーマにしながらも、混沌としたマイルス・ミュージックの先進性が浮き彫りになるような、とてもダイナミックで刺激的なライブになった。
冒頭曲とは対照的に、2曲目はトランペットのオールド・タイミーなフレイズと響きが、深い夜をイメージさせる。まるで『ラウンド・ミッドナイト』を21世紀の感性でアレンジしたような雰囲気だ。
それにしてもリズム隊を中心としたボトムの太さは尋常ではない。スケール感豊かなビートと細かく刻まれるリズムが鮮やかなコントラストを作っていく。そして、不気味にグルーヴするベース。やがて『イン・ア・サイレント・ウェイ』を想起させるメロウな響きが訪れ、時間経過と共にサウンドが多彩な表情を覗かせていく。それぞれのメンバーが発する音に即座に反応する即興性。ジャズならではのスリルがステージの上で展開されていく。その鮮烈なヴィヴィッド感たるや!
時空を超えたトリップ感覚に陥るほど強烈なカオス。瞬きする間すら惜しいと感じるほど想定外のサウンド・コンストラクションに、文字通り「圧倒」されっぱなしの状況に――。安易な「調和」や「妥協」とは無縁の、とても「危険」な音楽だ。息をもつかせぬ場面展開の早さと、リズムの革新が目の前で展開されていく凄さ。深い夜の闇と灼熱の太陽にも似た、聴き手を直撃する過激なサウンドは、タフな思考と体力を要求してくる。フィジカルでリアリズム溢れる音楽に、僕は完全にノックアウトされた。20世紀に奏でられたラジカルなサウンドを、21世紀の気分で聴く、この上ない贅沢。「今」という時代に生きているからこそ体験できる貴重なライブだ。
終盤にはアフリカのシュケレがステージの中央で叩かれたあと、インドのタブラとブラジルのカホーンがダンサブルでエスニック感覚を滲ませたポリリズムを刻んでいく。まさにリズムの「細分化」と「重層化」。永遠に続く16ビートに、体内の血液が逆流するような恍惚感が、僕の身体を覆っていった。
一切のMCもなく、寡黙にして饒舌な演奏が繰り広げられた80分。高いテンションによる緊張感溢れるクリエイティヴな音楽が、まさに目の前で舞い上がっていった凄まじいショウだった。
刺激的でエキサイティングな彼らのステージは、今日(8日)は東京で、10日には大阪で遭遇することができる。マイルスが示した“音楽の未来”を21世紀の今、肌で感じることができる稀有なチャンス。絶対に見逃せないね! 用意はいいかな?
◎マイルス Electric Band公演情報
ビルボードライブ東京 2017年4月7日(金)~8日(土)
詳細:https://goo.gl/gG6mrq
ビルボードライブ大阪 2017年4月10日(月)
詳細:https://goo.gl/IpoVtd
<メンバー>
ヴィンス・ウィルバーンJr. / Vince Wilburn Jr.(Drums)
ムニャンゴ・ジャクソン / Munyungo Jackson(Percussions)
ブラックバード・マックナイト / Blackbyrd McKnight(Guitar)
DJ ロジック / DJ Logic(Truntables)
ロバート・アーヴィング3世 / Robert Irving Ⅲ(Keyboards)
グレッグ・スペロ / Greg Spero (Keyboards)
アントワン・ルーニー / Antoine Roney(Saxophone)
ダリル・ジョーンズ / Darryl Jones(Bass)
デバシシュ・チョウドリー / Debasish Chaudhauri(Tabla)
エティエンヌ・チャールズ / Etienne Charles(Trumpet)
Photo:Masanori Naruse
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。桜が満開を迎え、春めいた雰囲気が最高潮の今。こんな時季には、軽快な赤ワインが気分にピッタリ。2013年に国際品種に登録された、日本原産のハイブリッド葡萄品種「マスカットベーリーA」で造られたワインは、上品でほのかに香る甘いベリーのアロマが特徴的な、チャーミングな味わい。お花見や休日の公園などにサンドイッチと一緒に持って行って、手軽なハイキング気分を感じながら楽しむことができる最高の1本。ぜひ、パートナーと一緒に天気のいい日の午後に。
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