2017/02/03 21:00
忘却という能力が備わっていなければ、その膨大な心理的負担により人間は生きていくことができないというが、ときには忘れたくない“大切ななにか”さえ、いとも簡単に忘れてしまうことがある。2017年1月27日、People In The Boxは<少し眠れば朝がくる それですべては元通りさ>という言葉を残してステージを去った。この日の出来事を自ら無に帰することで、欠陥だらけの悲しき私たちの背を優しく押していたのかもしれない。
めぐろパーシモンホール 大ホールにて開催された【空から降ってくる vol.9 ~劇場編~】東京公演。People In The Boxが不定期で開催する【劇場編】は、アコースティック編成とバンド編成との二部構成で行われるホール公演だ。第一部のアコースティック編成ではいつも様々な楽器が用いられ、楽曲に大幅なアレンジが施されるのだが、後に波多野裕文(vo,g)がMCで「今日初めてライブに来る人がいたらちょっと面食らうかなあ、と思うんですけど」と発する通り、特に今回は「アコースティック・ライブ」とも括りがたい実験的なパフォーマンスが繰り広げられた。
●第一部【アコースティック編成】-眠れ 今夜までは 静かに門が開くまで-
会場が暗転し、ステージ上に吊るされていたペンダントライト型の照明が暖かな光を発すると、波多野裕文が制作したというSEと共にメンバーが登場。ステージ向って左側の波多野裕文は愛用の「Nord Electro 3」を含めキーボード2台とアコースティックギター、正面の福井健太(b)はフレットレスベースをメインに珍しい形のアップライトベース、右側の山口大吾(dr)はコンガに加え、ドラムセットにぶら下がっていたニワトリ型のおもちゃも操りながら第一部の全10曲を演奏することとなる。
SEを断ち切るような具合で最初に披露されたのは、エフェクト処理により複数重なって聞こえる波多野裕文の歌声とキーボードの音が広がりをみせた「野蛮へ」。サビには<眠れ 今夜までは 静かに門が開くまで>という歌詞があるのだが、つまりまだ門が開いていないことを示唆するこの曲を出だしに持ってくる辺りがPeople In The Boxの憎いところだろう。続く「見えない警察のための」では福井健太が地中に沈み込むような深いビートを刻み、「時計回りの人々」では山口大吾がコンガを軽快に鳴り響かせる。メンバーの後ろ、ステージの中央には両側から途中まで幕が引かれており、奥の空間が場面に応じてライトアップされるたび、幕の隙間は幻想的な淡い光で満たされた。この演出は彼らに潜む神秘性をよく表現していたように思う。
今年でCDデビュー10周年を迎えたPeople In The Boxだが、その活動は常にコンセプチュアルで哲学的なものだった。例えば2009年リリースのミニアルバム『Ghost Apple』では収録曲のタイトルをすべて「“曜日”/“部屋の名前”」という構成で名づけ、2013年リリースのアルバム『Weather Report』には全21曲を1つのトラックとして収録。楽曲自体に仕掛けのあることも多く、例えばスプリット作品の収録曲「ユリイカ」は<君の持ち時間は あと8小節>という歌詞のあと実際に8小節で楽曲が終わる。作品のジャケット・アートワークにしても、そのすべてが白地に1枚の写真を組み込んだデザインで統一されていたりと、歌詞の内容やアレンジだけでなく作品全体、もっと言えば活動そのものが緻密に作り込まれているのだ。
ただこれほど計算的でありながらもほどよい余白を残し、そこには必ずユーモアを含ませているため、各々が好きに考察することも、なにも考えず無心で楽しむこともできる。押しつけがましさはない。バンドを取り巻く雰囲気も非常に穏やかである。最初のMCでもまずは山口大吾が「第一仕事、終わった」とのんびり口を開き、その後、彼から白シャツ姿を褒められた波多野裕文は「僕たちの中の紳士性みたいなものが表に出てくる。もともと持ち合わせている紳士としての資質……」と軽いジョークを飛ばしたりと、ライブの合間には会場に笑顔の溢れることが多かった。
もちろんパフォーマンスには抜かりがない。「きみは考えを変えた」の出だしには1曲目「野蛮へ」と同じキーボードと歌声による印象的なフレーズを導入し、「昏睡クラブ」ではおそらく誰もが気になっていたあのニワトリ型のおもちゃを活躍させるなど、その幅広いアレンジ方法を提示。某総合ディスカウントストアで購入したというこのおもちゃ、体を押すことで鳴き声のような音が出るのだが、山口大吾はこれを両手に持ってウィットに富んだリズムを刻んでみせたのだった。
●第二部【バンド編成】-さあ行こうぜ ドアが開いたら-
第一部は「ダンス、ダンス、ダンス」で終了。ステージ転換の合間には、左右に開けた幕の奥にあったスクリーンで15分ほどコメディタッチの映像が上映され、再び流れ始めたSEを合図にメンバーが姿を現した。バンド編成となるこの第二部は、第一部の1曲目「野蛮へ」と対となるような<さあ行こうぜ ドアが開いたら>という歌詞が乗る新曲「木洩れ日、果実、機関車」からスタート。なお、People In The Boxは1月18日に10周年記念アルバム『Things Discovered』をリリースしたばかりだが、今作から披露されたのはこの楽曲のみ。挑戦的である。
記念すべきCDデビュー作品『Rabbit Hole』から「She Hates December」を演奏したあとは、まだタイトルもついていないという最新曲2曲を演奏。14曲目にあたる新曲は、繰り返される1小節のベース・フレーズとたまに道を反れながらメロディを追うギターが印象的で、その次の15曲目にあたる新曲は、基本6拍子で進行しながらも、その区切りを無視するかのごとく流れるメロディと複雑なアレンジで型から抜け出し、さらに途中で4拍子に変化したりと、People In The Boxにしか体現できそうにない入り組んだ構成の楽曲に仕上がっていた。
その後は過去にもライブで披露されている「動物になりたい」に加え、バンド編成にふさわしい疾走感あふれる楽曲が続けられた。第一部とは打って変わり攻撃的に発せられる音の洪水の中、決められた座席に収まり頭だけを揺らす人々の群れ。少し奇妙で心なしか滑稽にすら見えるこの光景は、正に「People In The Box」といったところだろう。そうしてオーディエンスすらもを自然と表現の一部としてしまうバンド、People In The Boxが扉を開けてくれたのかは最後までわからなかったが、約2時間で綴られる物語はやはり壮大なものだった。公演の最後、スクリーンに流れるエンドロールを眺めながら、つい先ほどまで目の前で起こっていた出来事を早くも思い返していたのは私だけではないはずだ。嫌だ。こうして忘れたくないものがまたひとつずつ増えていく。
撮影:Takeshi Yao
テキスト:佐藤悠香
◎【空から降ってくる vol.9 ~劇場編~】セットリスト
2017年1月27日(金)東京・めぐろパーシモンホール 大ホール
<第一部>
01. 野蛮へ
02. 見えない警察のための
03. 時計回りの人々
04. 数秒前の果物
05. さまよう
06. 空は機械仕掛け
07. ニコラとテスラ
08. きみは考えを変えた
09. 昏睡クラブ
10. ダンス、ダンス、ダンス
<第二部>
01. 木洩れ日、果実、機関車
02. 球体
03. She Hates December
04. 新曲
05. 新曲
06. 動物になりたい
07. 冷血と作法
08. 金曜日 / 集中治療室
09. 逆光
10. 汽笛
◎ツアー情報
【10th Anniversary『Things Discovered』release tour】
2017年5月07日(日)新潟GOLDEN PIGS BLACK STAGE
2017年5月12日(金)札幌Sound Lab mole
2017年5月14日(日)仙台LIVE HOUSE enn 2nd
2017年5月19日(金)高松MONSTER
2017年5月20日(土)広島セカンド・クラッチ
2017年5月21日(日)福岡DRUM Be-1
2017年5月26日(金)梅田CLUB QUATTRO
2017年5月27日(土)名古屋CLUB QUATTRO
2017年6月03日(土)新木場STUDIO COAST
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