2017/01/01 17:00
2016年4月、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』主題歌としてオンエアされた「花束を君に」、そして『NEWS ZERO』エンディング曲の「真夏の通り雨」という2曲をもって、宇多田ヒカルはシーンに帰ってきた。最も身近な人との永遠の別れをしたためた、余りにも美しく哀しい2曲。向き合うことさえ困難なはずのプライヴェートな事柄を、彼女は普遍的なポップ・ソングへと昇華させた。そこには、生まれついての才能云々というよりも、真っ向から“生”に取り組む一人の表現者の姿があった。
一方、最後まで右肩上がりの視聴率を叩き出し続けた人気TVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のエンディング・テーマである星野源の「恋」は、PVの振り付けをドラマ出演者が楽しげに踊るという、所謂“恋ダンス”で一大ブームを巻き起こした。《夫婦を超えてゆけ/二人を超えてゆけ/一人を超えてゆけ》という歌詞が、恋愛・結婚の新しく多様な価値観を提示するドラマのフィナーレで最も力強く光り輝くさまには、思わず鳥肌が立ったものだ。ちなみに「恋」は、このテキストを書いている現在、Billboard JAPAN HOT 100の1位に返り咲いている。
美しさを保ったまま、主旋律が奔放に変化してゆく「花束を君に」。そして、オリエンタルで優雅なメロディを散りばめながらも、アップリフティングなダンス・ポップとして完成した「恋」。曲調も背景もまったく異なるが、この2曲はいずれも人々が人生の一場面で直面する事柄を題材にしている。シリアスで重いから取っ付き難い、のではない。シリアスで重いけれども、ポップなのだ。そのことは、支持の大きさによって既に証明されている。
宇多田ヒカルは、日本のポップ・ミュージックだけでなく、当時の米国産R&B/ヒップ・ホップの空気をたっぷりと吸って鮮烈なデビューを果たしたアーティストだった。また、先にインストバンド・SAKEROCKの一員としてデビューした星野源も、ジャズやソウル、多様なワールド・ミュージックetc.のバックグラウンドを持っていた。ところが興味深いのは、「花束を君に」も「恋」も、現在の洋楽に追いつけ追い越せ、という尺度では制作されていない、ということだ。
洋楽的な魅力や価値を切り捨てる、といった保守的な姿勢ではないだろう。むしろ、今日の2人の創作姿勢は際限なく自由だ。「花束を君に」や「恋」は、時代時代で洋楽の影響を受けながら独自の発展を遂げてきた“歌謡曲”の感触に、とても近いものを感じる。洋楽的なエッセンスはトロトロになるまで煮詰められ、語感の抑揚や湿度が我々日本人の耳に親しみやすい形で練りこまれた、心地よく耳に滑り込む歌の快感がある。
かつて、宇多田ヒカルのシングル曲「Addicted To You」には、《君にaddictedかも》というユニークなフレーズがあった。“addicted”という英語の概念に上手く当てはまる日本語がないから、そのまま歌ったのだ。一方、ミュージシャンとして高く評価されながらも歌うことに自信が持てなかったという星野源は、人知れずひっそりと紡いでいた静謐な歌でソロ・デビューを果たし、絶賛された。
海外の歌や音楽の素晴らしさを知り、日本語で歌うことの難しさを知り、歌声を響かせることの難しさを知っていたからこそ、宇多田ヒカルの「花束を君に」は、そして星野源の「恋」は、他のどんな時代の、他のどんな地域でも触れることのできない斬新な「歌謡曲」としてリスナーの元に届けられた。今後もきっと、我々のシリアスでかけがえのない生活を彩り続けてくれるのだろう。(Text:小池宏和)
◎リリース情報
アルバム『Fantome』宇多田ヒカル
2016/09/28 RELEASE
※『Fantome』の「o」の正式表記はサーカムフレックス付き
シングル『恋』星野源
2016/10/5 RELEASE
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