2016/12/25
ボブ・ディランにとって2016年は、本人の意志とまったく関係なく、ある日突然、世界中の注目を集めるという異例の年だった。理由はもちろんノーベル文学賞の受賞である。
「偉大なる米国音楽の伝統の中に、新たな詩的表現を創造した」という受賞理由により、ミュージシャンとしては史上初、そしてアメリカ人としても1993年以来となるノーベル文学賞をボブ・ディランに授与するというニュースが飛び込んできたのは、10月中旬のこと。その日を機にディランを取り巻く環境は一変した。
ファンにとっては、今でもディランが1年のうちの多くの時間をコンサート・ツアーに費やし、何よりそれを最優先していること、その上でコンスタントに新作を発表していることは周知の事実である。また、コンサート中に余計な語りを入れないことも当然知っている。さらに、ディランはこれまでにもグラミー賞、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞はもちろん、大統領自由憲章、ピューリッツァー賞特別賞、レジオン・ドヌール勲章など、数々の栄誉ある賞を受賞してきたことも知っている。しかし、多くの人々とメディアはそうではなかった。ディランの一挙一動に世界中のメディアが注目し、過激なまでの報道合戦がはじまったのだ。
最終的にディランはノーベル文学賞を謹んで受け入れた。そして、授賞式には出席しなかったものの、事前にスピーチ原稿を用意、発表している。そこには、ディランの受賞への喜びはもちろん、受賞知らせを聞いたときの戸惑いや葛藤なども記されていたが、それについては一連の「騒動」ほど、大きく取り上げられなかったのがなんとも皮肉な話である。
さて、それでは改めてディランの2016年を簡単に振り返っておきたい。ディランは今でも『ネバー・エンディング・ツアー(終わりなきツアー)』とファンに謳われるほど、ほぼ無休状態で、ときに年間100本を超えるほどのペースでコンサート・ツアーをおこなっている。今年も、4月に2年ぶりの来日ツアーが実現しているが、その公演数は5都市16公演。ちなみに、約1か月にわたっておこなわれた来日ツアーの最終日となったパシフィコ横浜公演にて、ディランは来日通算100公演を迎えている。そして、75回目の誕生日を迎えた5月には、アメリカの音楽界を代表するソングライターたちによる名曲をカバーした新作『フォールン・エンジェルズ』を発表。6~7月にかけてアメリカ国内で同作のリリース・ツアーを30公演ほどおこなっている。
また、ディランは近年音楽だけにとどまらず、絵画や彫刻など美術品の創作活動にも力を入れており、9月には鉄を組み合わせた新たな彫刻を制作、国内のカジノに展示されることが発表された。そして、10月にはポール・マッカートニーやザ・ローリング・ストーンズなど“ロックの象徴”6組が集結した奇跡的フェス【Desert Trip】に出演。ノーベル賞受賞の第一報が届いたのは、同フェスの最中だった。実はディランは2週にわたっておこなわれたフェスの合間にもラスベガスで公演をおこない、さらに終了直後には予定通り約1か月半のアメリカ・ツアーをふたたびスタートさせている。ディランにとっては、ノーベル賞にまつわる世間からの注目や関心よりも、ツアーが最優先。つねに現在進行形、最新のディランを披露し続ける。それは彼にとって当たり前のことだった。ちなみに、「先約がある」という理由で欠席した12月のノーベル賞授賞式では、ディランに多大な影響を受けたアーティストのひとりであるパティ・スミスが名曲「はげしい雨が降る」を披露している。
2016年、ノーベル賞文学賞受賞により音楽ファン以外にもかつてないほどの注目を集めることになったが、 彼自身はなにひとつ変わっていない。ツアーをおこない、新作を発表し、ふたたびツアーにでかける。すでに2017年春のヨーロッパ・ツアー22公演も発表されていることからも分かる通り、来年も、その先も、まだまだディランの旅は終わりそうにない。
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