2016/05/05
『ステイション・トゥ・ステイション』――1975年にリリースされたデヴィッド・ボウイがソウル・ミュージックに接近してアメリカで録音したこの作品は、このあとに冷戦下のベルリンの壁の脇にあるハンザ・スタジオでレコーディングされることになる“ベルリン3部作”に繋がる音楽性を孕んだ“傑作”の1つとして、今もボウイのキャリアの中で燦然と輝いているアルバムの1枚だ。当時のレコーディングには豪華なミュージシャンが招集されているが、その中でも「実験的なプレイをしてくれ」とボウイから直接リクエストを受け、印象的な演奏を聴かせていたのがギタリストのアール・スリックだ。彼は前年のボウイのツアーに参加し、そのテクニックとセンスを高く評価され、厚い信頼を得ていた。最近では『ザ・ネクスト・デイ』(2013年)のレコーディングにも参加している。
そんな彼が、ローリング・ストーンズのツアー・メンバーの最古参で、一時期はニッケル・バックというブラック・ロックのデュオで活動したこともあるバーナード・ファウラーと共に、ボウイの冒頭の作品を中心としたステージを展開してみせた。振り返ってみれば今年の1月に旅立ったボウイをトリビュートするステージは、昨年のトニー・ヴィスコンティを中心にしたライブ以来。今回はそのときにも参加していた故ミック・ロンソンの娘、リサ・ロンソンも再び参加し、ボウイゆかりのメンバーが再集合している。
黒人音楽としてのファンクとはアプローチの異なる実験性とポピュラリティが両立した『ステイション・トゥ・ステイション』からのナンバーを、果たしてアール・スリックとバーナード・ファウラーはどのように聴かせてくれるのか――。大きな期待と一抹の不安が入り混じった複雑な気分で僕は会場に向かった。
“ベルリン3部作”にも通じる重苦しさとペシミスティックな空気を感じさせ、ファンク・ミュージックとは言いながらも、決してダンス・ナンバーにはなっていないタイトル曲を筆頭に、印象的な楽曲が収録されている『ステイション・トゥ・ステイション』。シングル・カットされてヒットした「ゴールデン・イヤーズ」や、繊細で儚い歌詞も美しい「野生の息吹き」など、素晴らしいナンバーが並んだこのアルバムから、どんな音楽要素がピックアップされ、観客の前で披露されるのか――彼らのステージを観て、僕は目から鱗が落ちた。
荘厳なオペラが鳴り響く会場に、突如として列車が疾走する音が被ってくる。そして、たっぷりリヴァーブを掛けたアールのギターが場内に響き渡ると、リズム・セクションが演奏を始め、初っ端の「ステイション・トゥ・ステイション」へ。今回のステージのコンセプトをよく理解しているヴォーカルのバーナードは不必要にファンキーに歌うことなく、ヴィブラート効かせた低音を駆使して重く引きずるように声を発してくる。このアルバムがリリースされた70年代半ばといえば、ベトナム戦争が泥沼化し、東西冷戦の対立構造が激化し、世界全体が重苦しい空気に包まれていたとき。そんな時代に、安息の地を求めて街から街へと果てしない流浪の旅を続けていたボウイのマインドをバーナードはしっかり咀嚼し、ヘヴィな歌声を響かせてくる。アールのギターも終始エッジが利いたフレイズを繰り出し、鋭い矢が飛んでくるようにアグレッシヴだ。2曲目には「ゴールデン・イヤー」が妖しいムードを醸し出し、続く「TVC15」ではオーディエンスを巻き込んでリフレインの掛け声を轟かせる。
まるでデヴィッド・ボウイが降り立ったかのようにバーナードの声は彼の声域と重なり、聴いていて鳥肌が立つほど。ボウイに対するオマージュとレクイエムの両方の想いを感じさせるパフォーマンスは「圧巻」と言うほかない。これぞトリビュートの本質を体現したステージなのではないかと、その凄まじさに呆気に囚われるほど見事なライブを展開してみせた。
最後は『ステイション・トゥ・ステイション』から離れて「ヒーローズ」が歌われ、会場の温度はピークに――。悲観的な歌詞を力強く歌ったボウイと同様、バーナードも21世紀の“今”という不穏な時代に何かの活路を見出そうとしていたのかもしれないと思うほどの説得力を感じさせてくれた。
時代を超えたメッセージが込められたボウイの名盤がヴィヴィッドに再現されたステージ。東京では今日(5日)、大阪では7日に再現される。このチャンスは絶対に見逃せない。気持ちを引き締めて、このバンドのメッセージを聴き取って欲しい。
◎公演情報
【アール・スリック and バーナード・ファウラー
perform "ステイション・トゥ・ステイション" in tribute to デヴィッド・ボウイ】
2016年5月4日(火)~5日(水)ビルボードライブ東京
公演詳細>
2016年5月7日(土)ビルボードライブ大阪
公演詳細>
Photo: Joji Shimamoto
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。少し身体を動かすと汗ばむような初夏の季節になってきたここ数日。今年はヨーロッパでも流行っている低発泡のワインで喉を潤すのはいかがだろう。フランスのシャンパーニュはもちろんだけど、もっとカジュアルに楽しむなら、イタリアのフィリツァンテ(低発泡ワイン)を筆頭に、プロセッコやランブルスコ、スペインのカバ、ニューワールドのスパークリング・ワインなど種類も豊富。アルコール度も低めのものが多いから、休日にはブランチと共に楽しむのも一興。ぜひとも、今年の夏は発泡のワインに注目して。手ごろで美味しい1本に、きっと出会えるはず。
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