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2015/05/22 21:00

舘野泉、吉松隆インタビュー、吉松「舘野さんのピアノは、一定の距離感があるからこそ涙が出る」

 2002年に脳出血により右半身付随となるも2年後にステージに復帰し、現在は左手のみで各地で演奏活動を行うピアニスト舘野泉が6月3日のリサイタルを前に、作曲家・吉松隆とともにインタビューに応じた。

―舘野泉さんと、吉松隆さんは、いつからのお付き合いなんですか?
吉松:実は、高校生の時に僕が初めて行ったクラシックコンサートが舘野さんなんです。そのあと作曲家になってから、雑誌でインタビューさせてもらったのが初めて一緒にした仕事ですね。
舘野:吉松さんは、とても素晴らしいピアノ曲をたくさん書かれているので、両手で弾いていた時から何度も弾きたいって思っていました。でも、なかなか機会がなくて。吉松さんの作品を弾くようになったのは、左手のピアニストとして復帰してからですね。僕が吉松さんに、「なんか曲書いてください」って頼んだんです。そこからは、左手のピアノ曲を書く作曲家としてギネスブックにも載りそうなくらい、たくさん書いてもらいました。アンコール用にシューベルトの「アヴェマリア」や、シベリウスの「フィンランディア」等のアレンジをプレゼントまでしてもらいました。
吉松:新曲ばかり聴くよりも、アンコールはお客様が知っている曲にすれば喜んでもらえるかなと思って。
舘野:でも、これは自分で弾きながら泣いちゃうから、ステージではまだ弾けないですけどね(笑)。カッチーニの「アヴェマリア」だけは、泣かずに弾けるようになったので演奏会で弾いたら、今度はお客さんが泣いてくださって。驚きました。最近ではアンコールの定番ですね。

―舘野さんのピアノが涙を誘う理由って、なんだと思われますか?
吉松:不思議ですよね。リハーサルの時に、ステージピアニストの方に弾いていただくことがありますが、舘野さんが音を出すと全然違う。一曲聴いて違いが分かるんじゃなくて、一音出すだけで違うんです。これは、本当に不思議です。
舘野:企業秘密だから、教えませんけどね(笑)
吉松:浪花節のように泣かせようとすると、人って泣かないんですが、舘野さんの演奏は淡々としてるんです。そんな距離感が良いのかもしれませんね。
舘野:吉松さんの編曲が素敵だからですよ。はじめの1音で世界が出来上がってる。そんな作曲家なかなかいません。単音の旋律から始まって、うねり回転しながらお客様を惹きこんでいくというか。その世界が本当に素晴らしい。

―舘野さんは、左手用の作品を作る作曲家のために「左手の文庫(募金)」を立ち上げてらっしゃいますね。
舘野:そうですね。たくさんの方が賛同してくださって、今 70曲以上の作品ができあがりました。おかげで、集まった募金も全部使ってしまいました(笑)。
吉松:ベートーヴェンもブラームスも、昔は作曲家と演奏家の関係って密接でしたよね。舘野さんは作品を書くととても丁寧に演奏してくださるし、作曲家も舘野さんのために曲を書けばどこかで演奏してもらえると思っているので、今 世界中の作曲家が舘野さんに曲を書いています。これは、とても理想的なあり方。同じ時代を生きた作曲家と演奏家が作品を作り上げるという形はとても素晴らしいと思うし、みんなもっとやればいいなと思っています。そしてお客様も、シベリウスやシューベルトと同じように新作を楽しんでもらえるようになればなと思っています。

―今回のコンサートでは、吉松隆さんの「KENJI…宮澤賢治によせる」が世界初演されます。
吉松:20年ほど前に作った「宮澤賢治によせるコラージュ風オマージュ」をベースに作曲しました。そのころ、僕は妹を亡くしたばかりということもあって同じく妹を亡くした賢治に想いを馳せて作りました。でも、それから東日本大震災があって、「大切な人を亡くした」という私の個人的なものが、日本全体に共通するものになった。なので、全体を通じたテーマは「亡くした人間」ですね。賢治の言葉って、なんか霊気が付いているんですよ。何気ない言葉でも、とても重くて言葉の凄さが伝わってきます。泣かずに読むのが大変なくらいです。
舘野:リハーサルをやってみると、今まで1人で練習して感じていた世界と全然違って驚きました。まず、チェロとピアノの2人で始まって、20小節くらいして声が加わるんです。もう、そこで泣けちゃう。悲しい言葉ではないんだけど、なんか澄んだ世界というものが感じられてね。人間の声と言葉って、すごく力があるなあって思いました。
吉松:「銀河鉄道の夜」は、未完成のまま賢治が亡くなったので色んな解釈の仕方があって、初稿から第4稿まで何度も改訂されています。結末も違っていて、初稿では“セロのような声”という人が登場して、「銀河鉄道に乗ったのは、その人の科学的な実験によるもの」として終わっていますが、今出版されているものだと、夢で乗ったっていう風に終わっています。現在出版されているものは、“セロのような声の人”自体がカットされてしまっているんですが、その人のセリフがなかなか良いんですよ。なので、今回は そこを舘野さんに語ってもらいます。そして、「銀河鉄道の夜」に出てくるカンパネルラとジョヴァンニを、客席の皆様それぞれの誰かと誰かに投影してくださると良いなと思っています。

―舘野さんがピアノを通じて伝えたいことはなんですか?
舘野:みんなに泣いてもらうだけじゃなくって、もっと笑ってもらいたいんですね。そして涙も苦しみも喜びも全部含めて、なんか素晴らしいものを得た経験を客席のみなさんと共有したいと思っています。
吉松:次は、笑う曲作りましょうか?
舘野:今回の「KENJI…宮澤賢治によせる」の中に、「クラムボンは笑ったよ」っていうセリフがありますけど、そこは少し笑えるかもしれないですね。
吉松:あのへんで、くすっと笑ってもらえるといいですね。笑ってもらえると、客席との距離がぐっと縮まった感じがしますから。作曲家は、書いてる時は1人だからそういう経験はできませんが、舞台に立つ人は、そういうリアルな反応が面白いんだろうなって思います。
舘野:80歳近くにもなって、人のこと泣かせてばかりいるのも、どうかと思いますけどね。笑

提供場所:ヤマハアーティストサービス
写真提供:ジャパン・アーツ

◎公演概要【舘野泉 左手の文庫(募金)応援プロジェクト舘野泉ピアノリサイタル】
日時:2015年6月3日(水)19時開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:舘野 泉 (ピアノ)
小山 実稚恵(ピアノ)
二宮 和子 (クラリネット)
多井 智紀 (チェロ)
柴田 暦 (ヴォーカル)

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