2015/01/08 11:59
1度耳にしたら絶対に忘れられない歌声――メイシー・グレイが【ビルボードライブ】のステージに、約2年ぶりに戻ってきてくれた!
決して美声とは言えない、紙やすりで喉を擦ったような、ささくれだったダミ声。歌詞を噛み締めながら歌う個性の強いスタイルは、まるで酔いどれで蓮っ葉な仕種も含めて周りに強烈なオーラを放ち、彼女が凡百のシンガー・ソングライターではないことを雄弁に伝えてくる。
米国オハイオ州出身の彼女は、1999年に「I Try」がチャートを席巻し華々しいデビューを飾った。しかし、他の多くの黒人シンガーとは違い、他人の言いなりになるのを嫌い、自らの方向性を常に自分で模索してきた、強い信念を持った真のソングライターである彼女。”誰かに自分を売るのは、もう終わり”――そんなメッセージと共にリリースした2007年のアルバム『Big』はメイシーのポテンシャルを最大限に発揮した素晴らしい作品になり、評価もうなぎ上りに。そういった意味では、アメリカのショウビジネスの世界と一線を画し、常にオルタナティヴな歌い手として、独特の存在感を放ち続けている稀有なアーティストと言っても過言ではないだろう。
さて、今回のステージは、いったいどんなものになるのだろう? と言うのも彼女は近年も実にクリエイティヴな活動を続け、いくつものマスターピースをモノにしているからだ。例えば12年には敬愛するスティーヴィ・ワンダーの「Talking Book」を完全にカヴァーした、その名も『トーキング・ブック』をリリースしているし、その前にはレディオヘッドやメタリカ、アーケイド・ファイアなどロックを中心としたカヴァー・アルバム『カヴァード』(12年)をドロップして、自らの表現の領域を広げているから。また、さらにはロフト・ジャズの重鎮、デイヴィッド・マレイが編成したビッグ・バンドの作品『Be My Monster Love』(13年)にヴォーカリストとして参加し、凄まじい存在感を放つ歌を披露している。たっぷり喋り、たっぷり歌う、彼女のステージ。それはあなたが自分で確かめてみるべし。
ステージでの彼女も、他の黒人シンガーとはまったく違うマナーで異彩を放っている。陽気にノリノリにファンキーにみんなで踊って…といったクリシェに満ちた単調なものではなく、ある意味ではマイ・ペースで奔放な、日本のミュージシャンで言えばチャラのようなライヴを、今夜も展開していたのだ。でも、それだからこそ、彼女のダイナミズム溢れる歌は僕らの心を激しく揺さぶりながらも心地好く開放してくれるし、ロックもソウルもジャズも飲み込んだスケールの大きい唱法は、他に類を見ない独自性を存分に発揮しているのだ。彼女がニーナ・シモンやビリー・ホリディの再来と言われるのは、そんな部分が他のアーティストを圧倒しているからだろう。
まるで、何かの怪物のように、さまざまなものを飲み込み消化してしまう強靭な咀嚼力。こんなシンガーのライヴは現在の音楽シーンの中でも稀であることは間違いない。
ステージの上で濃密に解き放たれる喜怒哀楽。ソウル・ミュージックの根底にあるものを、21世紀という時代にもう1度掘り起こし、自分たちのルーツや、人間が行ってきたさまざまなミステイクを紐解きながら許していくように、語りかけてくる歌声。その訴求力は破壊的なほど我々の心をかき乱す。バラードに込められた哀しみ、アップ・ビートの根底にある哀愁…それらをしっかり表現できるシンガー・ソングライターであることを、僕は今回のライヴで思う存分堪能し、再確認した。
迷っていたらダメ。新しい年に心を新たにするためにも、メイシーの歌声に揺さぶられ、しがらみのこびり付いた自分の魂を寒風に晒してみよう。そこから、新しい年を始めるのも、きっといいはず。残る公演は東京が8日、大阪が10日。心を引き締めてメイシーの歌を全身に浴びてみてはどうだろう。
◎メイシー・グレイ公演情報
ビルボードライブ東京
2015年1月7日(水)~1月8日(木)
ビルボードライブ大阪
2015年1月10日(土)
More Info:http://billboard-live.com
Photo: Masanori Naruse
Text: 安斎明定(あんざい・あきさだ)編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。北風が吹きすさぶ寒い夜には、食事の後に熟成したモンドール・チーズにMASIのアマローネを合わせてちょっと贅沢な夜を。
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