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2024/12/06 18:00

<現地レポ>25周年を迎えた【ラテン・グラミー賞】から紐解く、ラテン音楽の世界的成功と普遍性

 ラテン・アーティストたちのグローバルな活躍が勢いを増す中、2024年のストリーミングの国別シェアにおいて南米のシェアは伸び続けており、ラテン音楽がますます注目を集めている。2023年の米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”の年間チャートではバッド・バニーとカロルGが全編スペイン語のアルバムでTOP20に食い込むなど、チャートの功績のみならず、グローバル・ブランドとのタイアップを通じて、ラテン圏を超えた一大カルチャー・ムーブメントを形成している。この盛り上がりを体験するべく、シャキーラ、ロザリア、ラウ・アレハンドロなどの人気アーティストが所属するソニーミュージック・ラテンの協力のもと、ビルボードジャパンは現地時間2024年11月14日に開催された【第25回ラテン・グラミー賞】を取材するために、米フロリダ州マイアミを訪れた。

 少しマイアミについて触れると、この街はラテン諸国をはじめ、ヨーロッパ、カリブ海からの移民が多く集まる、北米でもっともバイリンガルな都市と言われている。そのため、街の至る所でスペイン語が飛び交い、北米にいながらもラテン圏のようなバイブスや活気が漂う。この地に集まった人々によって培われた豊かな文化的影響と歴史は街のあちこちで見られ、とりわけ印象的だったのが建築だ。

 滞在したマイアミ・ビーチは、まるで1930年代にタイムスリップしたような、明るいパステルカラーのアール・デコ建築が並び、スペインなどの地中海に面した国で見るような赤瓦の屋根の家なども点在していた。一方、市中心地では大々的な再開発が行われ、近未来的な高層マンションの建設が進む中、デリバリー用のロボットが街を行き来するという光景も見られた。こういった多文化を迎え入れて、刺激的に融合して新たな価値を生み出している点は、ラテン音楽シーンとも共通する部分だろう。近年、マイアミはラテン・アーティストたちのハブとなっており、NYやLAからもよりクリエイティブな活動を求めて移住するアーティストが増えているという。

 このように過去、現在、未来が共存するマイアミは、【ラテン・グラミー賞】の25周年を祝うのにふさわしい地と言える。北米におけるラテン音楽の影響力が年々増す中、【グラミー賞】を運営するザ・レコーディング・アカデミーが、1997年にザ・ラテン・レコーディング・アカデミーを設立。【ラテン・グラミー賞】は、北米のラテン系アーティストを含む、世界中のスペイン語またはポルトガル語で録音された作品を称える授賞式として2000年に初開催された。常に進化し多様化するラテン音楽のトレンドを反映し表彰するため、 今年は新たに<最優秀ラテン・エレクトロニック・ミュージック・パフォーマンス>と<最優秀コンテンポラリー・メキシカン・ミュージック・アルバム>という2つの賞が新設。前者はビザラップとシャキーラの「Bzrp Music Sessions, Vol.53 (Tiësto Remix)」、後者はメキシコのシンガーソングライター、カリン・レオンのアルバム『Boca Chueca, Vol. 1』に贈られた。

 なお、2000年9月13日に米LAのステイプルズ・センターで開催された【第1回ラテン・グラミー賞】では、グロリア・エステファン、ジェニファー・ロペス、アントニオ・バンデラス、アンディ・ガルシア、ジミー・スミッツが共同ホストを務め、ルイス・ミゲル(<アルバム・オブ・ザ・イヤー>)、サンタナ&マナ(<レコード・オブ・ザ・イヤー>)、マーク・アンソニー(<ソング・オブ・ザ・イヤー>)、イブライム・フェレール(<最優秀新人賞>)が主要部門に輝いた。

 【ラテン・グラミー賞】に向けた1週間では、アメリカの【グラミー賞】同様に、レーベル、マネージメントやブランドなどが、ショーケース、パーティやアクティベーションを行っている。今回は、幸運にもラウ・アレハンドロとMeta社が共催した、約100名規模のパーティに参加することができた。現在ラウが暮らすNYの高層ビルのラウンジをイメージしたラグジュアリーな空間では、ゲストたちが彼の出身地プエルトリコにインスパイアされたフードやドリンクやフォトブースでの撮影を楽しんだ。

 ラウ本人も登壇し、リリース前のニュー・アルバム『Cosa Nuestra』のインスピレーションや今作に込めた想いについて自らの言葉でユーモアを交えながら真摯に語ってくれた。その後も、ゲスト一人ひとりに丁寧に声をかけていた。筆者も彼と少し話す機会があり、数週間前に【Coke STUDIO LIVE 2024】に出演するために訪れた日本への溢れんばかりの愛について話してくれた。米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で6位に初登場した彼の最新アルバム、世界的なブレイク、MILLENNIUM PARADEとのコラボについては、来日時のインタビューをぜひ読んでいただきたい。

https://www.billboard-japan.com/special/detail/4613

 今年の【ラテン・グラミー賞】授賞式は、米NBAのマイアミ・ヒート本拠地カセヤ・センター(約1万9000人収容)で開催。大渋滞を抜けて、会場に到着すると入り口の横に【ラテン・グラミー賞】のロゴとグラモフォンのロゴが映し出されており、煌びやかな衣装に身を包んだ来場者たちの記念写真スポットに。会場向かいのマイアミ・ワールドセンターも「【ラテン・グラミー賞】へようこそ!」とライトアップされ、街全体が祭りのムードに包まれていた。その雰囲気は会場内に入ると一層高まり、一般のファンと業界関係者が入り混じった観客席は熱狂と興奮に満ちていた。ノミネート作品が読み上げられると推しのアーティストに大歓声を送り、受賞の発表に一喜一憂し、パフォーマンスでは総立ちとなり、スマホを片手にシングアロングするといった光景が一夜を通じて続いた。授賞式の合間には、過去の授賞式の名シーンがスクリーンに映し出され、それを見た観客が指を差して懐かしむ場面も見られた。

 ラテン音楽を代表するサルサのトリビュートは、伝統とジャンルの興隆を促す新世代による相乗効果が絶妙だった。アパートの屋上を模したセットを背景に、音楽監督セルジオ・ジョージ率いるバンドの軽やかな演奏に合わせ、御年81歳のオスカール・デ・レオーン、ティト・ニエベス、グルーポ・ニーチェらベテラン勢や、新星ルイス・フィゲロアやクリスチャン・アリシアがサルサの変遷と魅力を余すことなく届けた。フィナーレで、パフォーマンスをプロデュースしたマーク・アンソニーが、ラ・インディアとともに25年ぶりにヒット曲「Vivir lo Nuestro」をパワフルに歌い上げると、盛り上がりは最高潮に。こうした世代を超えたコラボレーションは、伝統に根ざしたラテン音楽に新たな息を吹き込む重要な役割を果たしている。そしてジャンルがより広く、長く支持され続けることに貢献していると言えるだろう。

 ブラジル出身のアニッタのよりパーソナルな側面を見られたのも貴重だった。同郷のティアゴ・イオルクをギタリストに迎えた彼女は、自身の「Mil Veces」のボサノヴァ・バージョンと故セルジオ・メンデスへのトリビュートとして「Mas Que Nada」を披露。観客は、向かい合って座る2人の親密な掛け合いから繰り出されるエレガントな音像に聞き入っていた。他にも、日本のダルマがバンド名の由来となっている、<最優秀新人賞>にノミネートされた3人組女性バンド=ダルマズによる70年代ラテン・ファンクを取り入れた「Francotirador」や日本のBAND-MAIDともコラボしたメキシコの姉妹バンド=ザ・ワーニングのパンチが効いた「Qué Más Quieres」のステージは鮮烈な印象を残し、未来のスターたちの可能性を感じさせる内容だった。

 ラテン圏と英語圏のアーティストによるコラボも目白押しだった。この夜、<最優秀新人賞>に輝いたエラ・タウベルトは軽快なポップ・ナンバー「¿Cómo Pasó?」に、ジョナス・ブラザーズのジョー・ジョナスを迎えたリミックスを演奏。特に観客を熱狂させたのは、マイアミを代表するピットブルとロック界の大御所ジョン・ボン・ジョヴィによる「Now Or Never」の豪華コラボだった。ゴールドの花火やダンサーをバックに行われた、ボン・ジョヴィの名曲「It's My Life」をアレンジした新バージョンのエネルギッシュで安定感のあるパフォーマンスにアリーナは総立ちとなっていた。

 そのジョン・ボン・ジョヴィは、今年のグラミー・ウィークで<ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー>に選ばれた縁から、【ラテン・グラミー賞】の<パーソン・オブ・ザ・イヤー>のプレゼンターを務めた。これまでシャキーラ、フリオ・イグレシアスなどが選出された<パーソン・オブ・ザ・イヤー>は、今年コロンビアの伝統音楽を取り入れたラテン・ポップスの第一人者カルロス・ビベスに贈られた。

 授賞式オープニングで、フアネス、カミーロ、セバスティアン・ヤトラなどのゲストと登場した63歳の彼は、「Fruta Fresca」、「La Bicicleta」、「Tierra del olvido」、「Volví a nacer」、「Robarte un beso」、「Pa' Mayte」など自身のヒット・メドレーで会場を沸かせた。終盤では、客席中央のセンター・ステージに降り立ち、陽気にジャンプしながら観客を沸かすと、ゲスト・アーティストたちが、愛情とリスペクトを込めた拍手やハグで同郷のレジェンドを称えていた。

 アニッタ、バッド・バニー、カロルG、カミーロ&カリン・レオン、カリ・ウチス&ペソ・プルマなど錚々たるアーティストがしのぎを削った<ソング・オブ・ザ・イヤー>を制したのは、ドミニカ出身のベテラン・シンガー、フアン・ルイス・ゲラ4.40の軽快なマンボ・ナンバー「Mambo 23」。この曲が収録された6曲入りEP『Radio Guira』は<アルバム・オブ・ザ・イヤー>にも輝き、「40年のキャリアを経て、皆さんとこの場にいられることを嬉しく思います」と話した67歳のフアンは今年最多となる4部門で受賞となった。彼は【第1回ラテン・グラミー賞】でも2部門に輝いており、長年にわたりその存在感を示してきたと言える。

 マンボをはじめ、ジャズ、ロック、メレンゲ、バチャータなど多彩なジャンルが融合された彼のEP『Radio Guira』では、ラジオのような多彩な音世界が表現されているが、このコンセプトはカラフルなDJブースやスピーカーに彩られたパフォーマンスでも再現された。マンボとトラップを掛け合わせた斬新なリズムに合わせて、フアンが早口に歌詞を畳みかけるパフォーマンスは、実にご機嫌かつスリリングだった。今年の主要部門は、女性が主役となった昨年(カロルG、ナタリア・ラフォルカデ、シャキーラ&ビザラップ、ホアキナ)とは対照的に、<最優秀新人賞>を受賞したエラ・タウベルトを除き、すべてベテラン男性アーティストが選ばれる結果となった。

 伝統と革新を融合させ、ラテン音楽が持つパワーと魅力を改めて世に示した【第25回ラテン・グラミー賞】。多国籍アーティストたちによるジャンルや世代を超えたコラボが、ラテン音楽の豊かなレガシーを次世代へと継承しているのだと確信させてくれた。滞在中に、【ラテン・グラミー賞】のためにマイアミを訪れていたソニーミュージック・ラテンに所属する、アルゼンチン、プエルトリコ、チリ、ドミニカなどのアーティストを取材できたが、どのアーティストも自国の歴史がアイデンティティや音楽の一部となって自然と流れていることに触れていた。パーソナルな歌詞、社会的なメッセージを込めた歌詞であれ、その表現はラテン音楽の歴史や文化と結びついている。そしてリスナーの心に深く響くことで新たなストーリーが生まれ、循環していく。これがラテン音楽の普遍性と成功の基盤にあるのではないだろうか。


◎【第25回ラテン・グラミー賞】主要部門受賞者
<アルバム・オブ・ザ・イヤー>
『Radio Güira』フアン・ルイス・ゲラ 4.40

<レコード・オブ・ザ・イヤー>
「Mambo 23」フアン・ルイス・ゲラ 4.40

<ソング・オブ・ザ・イヤー>
「Derrumbe」ホルヘ・ドレクスレル

<最優秀新人賞>
エラ・タウベルト

<パーソン・オブ・ザ・イヤー>
カルロス・ビベス

◎開催情報
【第25回ラテン・グラミー賞】
2024年11月14日(木)米フロリダ・マイアミ カセヤ・センター
https://www.latingrammy.com/

Photo: Getty Images for The Latin Recording Academy