2024/08/23 15:00
7月20日、稲葉浩志のライブツアー【~enIV~】の神奈川公演がKアリーナ横浜で開催された。
稲葉は6月に10年ぶり6枚目となるオリジナルソロアルバム『只者』を発表。これにあわせて同月より10会場で17公演を行うツアー【~enIV~】をスタートしており、その折り返しとなるこの日の公演には満員のオーディエンスが集まった。
定刻、DURAN(Gt.)、徳永暁人(Ba.)、サム・ポマンティ(Key.)、シェーン・ガラース(Dr.)という編成のバンドに続いて円形ステージへと歩を進めた稲葉は、ニューアルバムの1曲「NOW」でライブをキック。ルートコードを的確に刻むベースにパッドシンセと空間系エフェクターを効かせたギターの組み合わせというミニマルテクノのようなサウンドから、スムーズかつ大胆に正調ハードロックへと曲を展開させる楽器隊に乗せて、“今”というものの意義や儚さを歌いつつ<この声が消え去るまで歌う>と高らかに宣言する。
前半のセットリストは新譜の楽曲を起点にソロとしてのキャリアを振り返るような内容に。「BANTAM」「シャッター」といった最新ナンバーという縦糸に、2010年の「マイミライ」、1997年の「くちびる」、2014年の「念書」「Golden Road」という横糸を織り込むことで“ソロアーティスト・稲葉浩志”がこの27年、自らのルーツに軸足に置きつつ、バラエティ豊かな楽曲を世に送り出し続けていることを証明してみせた。しかも、稲葉とバンドは今の気分やモードに合わせてその楽曲群を時に大きく翻案してみせる。DURANのインプロビゼーションで始まった「マイミライ」はギター、ベース、ドラムによるシンプルなアレンジだった原曲にオルガンという味付けを加えることで由緒正しきハードロック感をさらに強調。リズム隊のアンサンブルをタフにお色直しした「くちびる」ではマラカスを手にした稲葉が軽快なステップを踏み、約束の持つある種の恐怖とそれを交わす覚悟を歌う「念書」では、楽器隊の鳴りをよりシャープに。原曲がたたえる不穏さのようなものをさらに強調してみせていた。
稲葉曰く、円形ステージから“脚”のように生えた2本のランウェイへと繰り出し、アリーナ席のオーディエンスの歓声を集めた「Golden Road」。後のMCで彼はアルバムの制作過程を語り出す。「アイディアがコップに貯まっていくように焦ることなく素敵な音楽を作れた」「スタジオで作った作品を皆さんの前で演奏できる喜びはなにものにも代えがたい」と、ステージでの様相を一変させる。
今さら言及するまでもない圧倒的な歌唱力でイントロの頭サビをアカペラで歌い上げつつ、スローなハードロックへと展開するも、アウトロで突如急速テンポアップ。ノイジーなシンセの単音弾きに乗せて、DURANが高速ギターソロを披露する上、突然ぶった切るように曲が終わる「ブラックホール」や、横ノリダンスロック「Chateau Blanc」へ。ドラム、ベース、ギター、ピアノの編成のみでプレイできる、つまり最低限の音数のみで聴かせる緊張感あふれるバラード「我が魂の羅針」をレコーディングバージョンに忠実にパフォーマンスすることで新曲群の魅力をあらためて2万人に届けていた。また音源どおりの爽快感で大きなシンガロングとクラップを誘った「VIVA!」のエンディングでは、上手のランウェイの突端への繰り出した稲葉が突如、ステージ側を振り返り、それを追うカメラに“ドアップの稲葉越しに見えるオーディエンスたち”という自撮りのような映像を収めるお遊びも。これもまたブライトな「VIVA!」だからこその演出だろう。
稲葉とDURANによるアコースティックギターと、徳永の弓弾きのアップライトベースという、とことんミニマムな編成で、命の不平等に強烈な批判の目を向ける「あの命この命」、夢の持つ残酷性をあぶり出す「空夢」というシリアスなバラードで万雷の拍手を集めたところで、ライブは後半戦へと突入する。
奥行きよりも幅が長く、また幾重にも連なるバルコニーが壁のようにそそり立つKアリーナの客席フロアを一望しつつ「高っ!」「壁のようですごいですね」「ちゃんと歌は届いてますか?」と話した稲葉は、シンプルなミディアムロックかと思わせながら、アウトロでバンドによるノイジーなジャムセッションが繰り広げられる「oh my love」と、シンセストリングスで魅せるストレートなJ-ROCKと見せかけつつ2コーラス後、突如、白玉を駆使したスケール感あふれるアレンジへと変貌し、観客の<WOW WOW>コールを煽る「Stray Hearts」と、一筋縄ではいかない2曲を披露。もちろん「oh my love」のジャムセッションや「Stray Hearts」のシンガロングパートには原曲以上にラディカルな、ライブならではの“お化粧”が施されていた。
そして学生時代、Kアリーナのある横浜・みなとみらいで下宿していたことを振り返り「もう40年前か」と苦笑とともに驚きつつ、バンドメンバーを紹介したのちにはアップリフティングな楽曲をつるべ打ち。「あんまり声を出している感じがしないでしょ?」「声を聴かせてくださいよ」と煽ったとおり、デジタルなエフェクトを効かせたギターリフが印象的な「Seno de Revolution」と、稲葉流のラテンフレイバーあふれるファンクナンバー「CHAIN」で、客席エリアのこの日一番の歓声、歌声を生み出す。続く「羽」のド派手なシンセリフが楽曲を引っ張る“人力トランス”サウンドで会場のボルテージをピークへと押し上げた。もちろん「羽」の曲中、まるでダブのようにリアルタイムでスネアに深いリバーブをかけてみせるなど、ライブならではのアレンジ・演出も忘れていない。
その後、一見オーソドックスなロックのようでどこかストレンジなリズムを刻む「YELLOW」と、Kアリーナのような大会場によく似合うスケール感あふれる「Starchaser」を続けたところでライブ本編は終了。大歓声の中、「ありがとうございました」の言葉とともに稲葉とバンドはステージをあとにした。
直後の熱烈なアンコールに応えるや「素敵な気持ちになっていただけているでしょうか」と語った稲葉は、その言葉に寄り添うように、楽器隊のレイドバックしたプレイに乗せて小気味よく韻を踏むボーカルが心地よい、新譜の1曲「気分はl am All Yours」をドロップ。さらに1998年のソロ1stシングル曲にして名バラード「遠くまで」を続けて、そのパフォーマンスを通じてライブ前半戦のようにキャリアを横断してみせる。そして未来を悲観することなく、誰かとともにある今日を祝福する「Okay」を高らかに、そして優しげに歌ったところで、この日の公演は大団円を迎えた。
ライブ中、稲葉は「ハッピーになれたでしょうか?」という言葉を繰り返しており、アンコールの最後には「幸せの連鎖が起きていました」と高らかにシャウトすらしていた。そして事実、この日のライブは幸福感に充ち満ちていたとしか表現のしようがないのだが、それがまた稲葉浩志というアーティストを巡る議論を複雑にするポイントなのではないだろうか。
プレイされていたのは基本的にオールドスクールなハードロックやブルースロックを稲葉流かつ現代的に解釈・アップデートした楽曲群。どれも文字どおり”ハード”なものばかりだ。その時々の社会問題に対して彼独自の眼差しを向けた、キャリア相応のシリアスなリリックも多数生み出しており、稲葉が紡ぐ言葉はハッピーなものばかりではない。
しかし、ライブ後の印象は“幸せ”そのもの。この相反する2つを現出させたものの正体はなんなのか? 稲葉やバンドメンバーのテクニックがなせる業なのか。稲葉とバンド、そしてオーディエンスのフレンドシップやリレーションゆえに生まれるものなのか。「誰もが知っているロックボーカリストのはずなのに稲葉浩志は今なお我々には底知れぬ実力と魅力を抱いている」。その歌声やパフォーマンスに無邪気にエンタテインされると同時に、そんなことに驚かされた一夜だった。
Text by 成松哲
Photo by VERMILLION RECORDS
◎公演情報
【~enIV~】
2024年7月20日(土)
神奈川・Kアリーナ横浜
<セットリスト>
01. NOW
02.マイミライ
03. BANTAM
04. くちびる
05. 念書
06. シャッター
07. Golden Road
08. ブラックホール
09. Chateau Blanc
10. 我が魂の羅針
11. VIVA!
12. あの命この命
13. 空夢
14. oh my love
15. Stray Hearts
16. Seno de Revolution
17. CHAIN
18. 羽
19. YELLOW
20. Starchaser
<アンコール>
21. 気分はl am All Yours
22. 遠くまで
23. Okay
※「Seno de Revolution」の「Seno」内「e」の正式表記はサーカムフレックス付き
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