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<ライブレポート>水槽 “内”と“外”が溶けあい、広がってゆく――自身の表現を具現化した単独公演【SOLUBLE】

 2024年8月10日に東京・代官山UNITにて、シンガー・トラックメイカーの水槽による、前回から約1年ぶり、通算2度目となる単独公演【水槽 SECOND CONCEPT LIVE "SOLUBLE"】が開催された。本稿では、一般発売開始とともに即日ソールドアウトとなった同公演のライブレポートをお届けする。

 水槽というアーティストを一言で説明するのは難しい。シンガーでもあり、作詞、作曲、編曲、ボーカルのすべてを担当するトラックメイカーでもあり、花譜や明透といったアーティストへの楽曲提供やボーカルディレクションを担当するプロデューサーでもあり、ZEROTOKYOなどのナイトクラブで活躍するDJでもある。ボーカロイド音楽のシーンでも、トラックメイカーのシーンでもその名を見ることができるし、「MAISONdes」や「KAMITSUBAKI STUDIO」のような現代の日本のポップ・カルチャーを代表するクリエイティブ・プロジェクトとも関わりを持っている。だが、こうした多彩な活動によってアーティストとして開かれた存在であるように見える一方で、「水槽」個人が放つ表現は、極めて内省的だ。

 作品についても同様だろう。これまでに発表された3枚のアルバムは、基本的には水槽という語り手が架空の登場人物の物語を描くというコンセプチュアルな作品となっているが、その向こう側にはどこか水槽という個人の姿が見え隠れしているように思えてならない。今年の6月に発表されたEP表題曲「ランタノイド」は、自らの過去を受容するような優しくてポジティブな楽曲だが、その収録曲には、同じく過去をテーマにした、攻撃的な言葉の数々と複雑に構築されたトラックの応酬に圧倒される「再放送」が含まれる。オープンとクローズ、フィクションとリアル、ポジティブとネガティブなど、本来であれば反対の概念が、水槽が描く世界の中では、しばしば混ざりあいながら漂っている。前回から約1年ぶりに開催されたこの日の単独公演は、まさにそうした「水槽」という複雑な存在をそのまま提示することによって、これまでに味わったことのない感覚を与えてくれるような稀有な空間となっていた。

 開演予定時間の17時45分を迎え、会場が暗転すると、後ろの方までギッシリと詰まった観客を前に、ステージに現れた水槽が独白のように語り始める。

「水槽は東京の曲ばかりを書いてきました。この街が持っている二面性やアンビバレンスなところに惹かれて、『どうしてこんなに人がいるのに、いつもひとりでいる気がするのか。眠れずに見つけた曲を教える人がいないのか』って。

 それである日、ChatGPTに聞いてみたんです。『東京の寂しさはどこから来る?』」。

 その一言とともに、7月に発表されたばかりの新曲「SINKER」のイントロが手元のラップトップから再生され、ライブの幕が開く。満員の観客が送った盛大な拍手には、これからライブが始まることに対する期待だけではなく、水槽が語った複雑な感情に対する共感も含まれているように感じられた。

 AIが語る質問への回答が右から左へと空虚に流れていく中で、アンビバレンスなこの街と自らの感情に対峙する「SINKER」、人々が辿る無数の物語に想いを馳せながら〈眠れずに見つけたこの曲を/教えたい人もいない世界が間違ってる〉と儚く歌い上げる「夜天邂逅」、この街を“墓標”と語る主人公が焦燥に満ちた日々を駆け抜けていく「イントロは終わり」で構成された最初のセクションは、まさに水槽が語った“東京という街で生きる”感覚を表現したものだろう。これまでに発表された別々の物語を描いた楽曲が、共通する感覚を元に新たな線となって繋がり、楽曲単体で触れた時よりも、そこにある感情がさらに立体的かつリアルに浮かび上がっていく。

「人間を恨んだり、どうしようもない現状を『誰にもバレませんように』と願いながら呪って生きている。殺意を動機として、曲を書いてきました」という生々しい語りとともに幕を開けた次のセクションでは、「POLYHEDRON」「再放送」、ゲストのBonberoが鮮やかなラップでフロアを盛大に盛り上げた「EAR CANDY」、「呼吸率」「ゴーストの君」という、自身のディスコグラフィの中でも特に強い言葉を持つ楽曲が続いていく。ナイトクラブとしても確かな定評を持つ代官山UNITの音響と、ダンス・ミュージックやK-POPからの影響が色濃く反映された水槽のトラックの相性は抜群で、ただでさえ鋭利な言葉の数々が強烈な重低音とともに身体を覆いつくす。

 東京という街の持つ二面性との対峙や、恨みや殺意といった強い感情を経て、ライブは“愛”というテーマと対峙した「ブルーノート」「カペラ」「はやく夜へ」といった楽曲で構成されたセクションへと向かっていく。もちろん、テーマが“愛”だからといって、それが触れやすいものになるのかというと決してそんなことはなく、特に代表曲「はやく夜へ」では、音源以上にリアルで生々しく揺れ動く歌声や、スクリーンに映し出されたミュージック・ビデオも相まって、その美しい音に癒しを感じると同時に、まるで真綿で首を締め付けられているかのような感覚に陥り、倒錯した心地良さに飲み込まれていく。

 だが、「初めて愛について全力で考えて書いた曲」という言葉とともに披露された、花譜「スイマー」のセルフカバーは、それまでの愛を描いた楽曲とはまた違った何かを描いていたかのように感じられた。内に秘め続けた感情が臨界点を迎え、光を放ちながら炸裂するかのようなドラマティックな楽曲が、切実で壮絶な水槽自身の歌声とともに会場全体に響き渡っていくこのパフォーマンスは、ライブのセットリストとしての流れはもちろん、これまでの活動の歩みにおいてもひとつの到達点であるかのように感じられるほどに美しいものだった。

 特定のテーマやモチーフを元にこれまでの楽曲をピックアップし、複数の楽曲を通してそこにあるものとじっくり向き合う今回のライブの構成は、ある意味では、水槽自身が以前のインタビューでも繰り返し語っていた「徹底して過去と向き合い続ける」というプロセスに近いものなのかもしれない。そこにあるのは決してポジティブな感覚ばかりではないが、何度も複雑な感情と対峙してもがいている内に、時折、どこからか光が差すかのような瞬間が垣間見えることがあり、「スイマー」のパフォーマンスは、まさにそうした一瞬を見事に捉えたものだったように思う。だからこそ、その後に続く「ひぐらし」(くじらへの客演楽曲)、「ランタノイド」という、過去の自分にそっと寄り添うような楽曲の流れは、より一層にあたたかな質感をもって響いたように感じられた。

 相沢との「文学講義」、Suchとの「29時はビビット」「SWITCH」という豪華なゲストとのパフォーマンスによって本編が一旦の大団円を迎えると、暗転したステージにDJセットが設置されていく。「これから、最近始めたDJをやっていこうと思います」と宣言しつつも、大人数の前でDJセットを披露する緊張感を素直に吐露する水槽に対して、観客は温かな反応を見せ、それまでの流れとは一転し、まるでホームパーティーのような親密でポジティブな空間が広がっていく。だが、今回のライブにおける後半パートとなるDJセットもまた、水槽にしか作れないであろうサプライズに満ちた強烈な体験となっていた。

 序盤こそ「首都雑踏」「事後叙景」と、水槽自らがトラックを繋ぎながら歌唱も担当するという“シンガー兼トラックメイカー”らしいDJプレイを披露していた水槽だが、「相応」のイントロとともに梓川がサプライズで登場してボーカルを披露し、MAISONdesの「ダブル・プッシュ・オフ。」では水槽に代わって作詞作曲のA4。がDJを担当した辺りから、少しずつ今回のDJセットの異様な全貌が明らかになっていく。なんと、ミックスに合わせて、ボーカルとDJの両方が水槽+大量のサプライズゲストによって次々と切り替わっていくのである。

 DJ側は、DÉ DÉ MOUSE(「夏をかえして」[※未発表曲])、KOTONOHOUSE(「BLUESCREEN」[※未発表曲])、yuigot(「NAVY」)、r-906(「心音賛歌」)と、楽曲のプロデュースを担当したプロデューサー/トラックメイカー自らがトラックをプレイし、ボーカル側は「アイリス」を楽曲提供したくじら本人が歌うという斜め上のサプライズや、「Blackout!」(「maeshima soshi & 水槽」名義)をSuchが、「アディクションカラー」を相沢が歌うという“水槽のボーカル曲を他のシンガーが歌い、そのトラックを水槽がプレイしている”という捻りの効いた展開が繰り広げられ、これまでに水槽が辿ってきたさまざまな人々との繋がりが、盛大なパーティーとなって観客をこれでもかと踊らせていく。

 たくさんのサプライズゲストの登場にそれだけで度肝を抜かれそうになるが、このセットが本当の意味で画期的なのは、冒頭で書いたような、本来であれば交わることがなかったであろうさまざまなシーンが、「水槽」という存在をきっかけにして次々と繋がっていくことにあるだろう。しかも、「アイリス」や「アディクションカラー」といった『首都雑踏』の収録楽曲については、かつては「歌い手・水槽」のために立ち上げられたプロジェクトだったにも関わらず、もはや本人が歌わなくても水槽の表現として成立してしまっているのである。様々な枠組みやシーンの垣根を超えて、自分が好きだと思えるもの、クールだと思うものをひとつの場所に同居させてしまうというのは、まさしくDJカルチャー的であると同時に、水槽という特異な存在だからこそ実現できるものだ。そこに広がっていたのは、紛れもなく、水槽を好きな人々が心地良く過ごすことのできる貴重な居場所であり、無我夢中で踊っているうちに、ふと、「もっとこんな場所がたくさんあればいいのに」と思ってしまった。

 DJセットを終え、再びライブセットに戻って「ロリポップ・バレット」「ハートエンド」を披露した水槽は、最後にこの日を振り返り、次のように語った。

「ここまでやってきて言うのもなんなのですが、こういう活動をしていると、『この人はステージに立つために生まれてきたんだ』という人に出会います。でも、自分は絶対にそっち側ではない。自分は主役ではなく、脇役であるということを歌ってきました。ただ、それは卑屈ではなく、脇役にしか歌えない歌があるはずだと思っています。自分のことを主人公だと思えない人たちを癒すこと、元気にすること、救うことはできないけれど、一緒に傷つくことならできる。

 これまでは家で細々と曲を書いていればよかったけれど、色々な人に出会って、眠れずに見つけた曲を深夜に流すことができるようになりました。今の自分はアンダーグラウンドで活動しているということに誇りを持っていて、このラップトップひとつで、自分だけのルーフトップまで行ってみたいと、最近、初めて思えるようになりました。そして今回、いちばん格好良い脇役の曲を全力で書きました。自分の人生を変えるために書いた曲を」 。

 そして、この日の最後に披露されたのが、12月4日に発売予定(10月先行配信予定)の新曲「MONOCHROME」である。同楽曲は2024年10月クールアニメ『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』のエンディング・テーマとして起用されることが決まっており、きっとこれまで以上に多くの人々が水槽の世界へと触れるきっかけになるだろう。終演後には早くも次回の単独公演となる【水槽 3rd ONE MAN LIVE "FLTR"】(2025年4月19日、東京・LIQUIDROOM)の開催が発表され、その勢いがここからさらに加速していくのは間違いない。

 今という時代を生きるのはかなり大変ではあるけれど、自分が抱える傷と向き合いながら、自分らしく自由に踊れる場所があるのなら、もう少し頑張ってみても良いかなと思えるかもしれない。この日の水槽が作り上げたのは、まさにそんな空間だったように思う。これから、この場所がさらに大きくなって、より多くの人々を巻き込んでいくのなら、これほど楽しみなことはない。


Text by ノイ村
Photo by タカギユウスケ

◎公演情報
【水槽 SECOND CONCEPT LIVE "SOLUBLE"】
2024年8月10日(土) 東京・代官山UNIT

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