2024/04/11 18:00
澤田 空海理が主催するツーマンライブ【手 vol.1】が4月5日、東京・SHIBUYA PLEASURE PLEASUREで開催された。今後vol.2、vol.3……と続けていく予定だという【手】は、澤田が一緒にステージに上がりたいアーティストを誘っておこなうツーマンライブシリーズ。また、澤田もゲストアーティストも弾き語り形式での出演、一対一での対峙となる。
記念すべき初回にあたるこの日のゲストは、澤田が敬愛するシンガー・ソングライター、古川本舗だった。開演時刻を迎えると、まずは古川のライブがスタート。「今日はわたくし前座です。こういうことを言うと、やつはすごく嫌がるんだけど(笑)」と言いながら場をやわらかく包む古川の音楽、その音楽を気持ちよく受け止める観客によって、澤田がステージに立つ頃には場内に温かい空気が広がっていた。
「拝啓、桜花爛漫の頃、いかがお過ごしでしょうか」と始まる手紙を朗読する音声をSEとし、ステージに登場した澤田。ギターを鳴らしながら、まずは「可笑しい」を歌い始めると、「またねがあれば」「薄荷飴」と3曲続けた。ステージセットのベンチに腰掛ける澤田の手元には、ドリンクのようなものが。この日はあいにく花曇り。春らしい天気とはいかなかったが、春の陽気に包まれて弾き語りをしているイメージだろうか。恋愛における甘くて苦い“停滞”を扱った楽曲が、春の風をまとった歌声、ギターの音色とともに届けられる。
最初のMCでは、古川や来場者、この日のライブをともに作ったスタッフに「本当にありがとうございます。夢が一個叶ったような気がしています」と伝えた。そして憧れのミュージシャンと同じステージに立っている今の心境を「すごく嬉しくて、もちろんその分緊張していて」と語る。SHIBUYA PLEASURE PLEASUREはかつて映画館だった会場で、ステージからは観客一人ひとりの表情がよく見えるのだそう。澤田は「いつもよりお客さんが見えて、泣いている方も、笑っている方もいらっしゃって。そんなあなたたちに何かを届けたいと思って、今日は歌わせてもらいます。よろしく」と観客に挨拶した。
また、競演の古川について、初めは曲の印象から繊細な人だと予想していたが、いざ会ってみたら、「全ての話を聞いてくれるし、自分の答えを返してくれる兄貴」だったと語る場面も。そんな“兄貴”の大らかさに安心しながら、澤田自身も穏やかな気持ちでステージに立っていたことだろう。いつもと違い、MCの内容を事前に考えてこなかったらしく「みんなには申し訳ないけど、僕がいちばん楽しむ気でいるから。今日だけは本当に好きなことを喋ろうと思って」と明かしていたのも印象的だった。
MCのあとはキーボードへ移動し、ライブの前々日にデジタル・リリースした新曲「作曲」を披露。鍵盤の音はどこまでも軽やかで、春らしい言葉選びも楽しい曲だが、生活と制作を巡る澤田の思考が表れた根が深い曲でもある。澤田はよく「自分の人生を切り売りして作品を作っている」と言っているが、確かに彼は身を削って表現するタイプのシンガー・ソングライターで、日頃思っていることや、ある経験を境に得た感覚を一切のフィルターを挟まずにアウトプットしているような曲が多い。一曲分の時間を費やして描かれるストーリーとは、澤田自身の思考の足跡、感情の変遷。生身の言葉に生身の声が乗るライブという空間では、音楽に託された感情が音源以上の迫力を持って迫ってくる。呟くように歌ったり、声を思いきり張ったりといったボーカルの表現一つひとつに、聴いている側の心も波立つ。
続く「已己巳己」では、音源にあるノイズの代わりに和音の変化や喉を鳴らすような歌唱法で激しい感情を表現したり、曲中最も純度の高い〈あなたとは、こころで話したい。/僕は、そうしたいよ。〉というフレーズをアカペラで歌ったりと、ライブならではのアレンジで強烈なインパクトをもたらした。曲のエンディング、鍵盤を叩くようにして低音を乱暴に鳴らしたあとは、その余韻の中で新たなメロディを弾き始めて次の曲「望春」へと繋げる。ファルセットの声色も、桜色の照明も儚く繊細で、まるで幻のようだ。
その後は、古川本舗の楽曲「スカート」「東京日和」をそれぞれギター、キーボードの弾き語りでカバーした。澤田曰く、“手を握る”のではなく自分の方から“傅く”イメージで、ツーマンライブシリーズを「手」と名付けたらしく、「せっかく同じステージに立てるんだったら、僕は相手の曲をやりたいし、相手には無理矢理やらせたくない」という発言からは独自の考えが窺えた。カバー披露後には、澤田が「“なんとかイメージを崩さないように”といろいろ考えて練習したつもりなんですけど、やっぱり本番は全然違うなって思います。でも本当にできてよかったです」と恐縮しつつ感想を述べる場面も。すると観客は、彼の演奏を讃えるように温かい拍手を送った。
最後のMCでは、アンコールはやらないため残り2曲だと伝えつつ、「ライブの度に言っていますけど、僕はみんなに悲しんで帰ってほしいんです。思い出すこと、いろいろとあるだろうし。そういうトリガーになりたいと思います」と語った。そんな前置きのあとに披露されたのは「振り返って」、そして「遺書」。過去のインタビューで語られたように、「振り返って」はある人物と澤田の別れを描いた曲、「遺書」は別れてからしばらく経ったあとに残った“寂しい”という感情に向き合って歌った曲だ。進む時間とまだ前に進めない心の対比を表現した「振り返って」の演奏を終えると、澤田がステージ上で灯っていたランプを消す。束の間の暗闇。拍手をせずに見守る観客。しばらくすると、一筋のスポットライトがステージに差し、澤田が最後の曲「遺書」を歌い始めた。音源では声にエフェクトをかけていた箇所も、ライブでは生身の声で歌われる。その分、心にぐさぐさと刺さる。澤田の歌唱から伝わってきたのは、痛みを覚えるほどの喪失感と、それでも何とか前を向こうとする人間の姿だ。重厚な余韻を観客の胸の中に残すラストシーンだった。
Text by 蜂須賀ちなみ
Photo by 星野健太
◎公演情報
【手 vol.1】
2024年4月5日(金) 東京・SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
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