2024/04/08
2024年4月6日に東京・EXシアター六本木にてベックの日本初となるアコースティック・ソロライブ来日公演が1日2回公演で行われた。1stショーのオフィシャル・ライブレポートが到着した。
約6年ぶりの来日が、ソロ・アコースティック・ライブという特別な一夜になったベック。前回が【サマーソニック】のヘッドライナー、その前の2017年が日本武道館と今はなき新木場STUDIO COAST公演だったことを思えば、キャパ2,000人弱のEX THEATER ROPPONGIで彼を観ることができた今回は、まさにスペシャルな体験だった。ベックのファンであれば、街中やカフェでの弾き語りをルーツに持つ彼のアコースティックの素晴らしさは予想できていただろう。しかし、その予想を遥かに上回り、アコースティックを連想しやすい曲が白眉であったのはもちろんのこと、連想しにくい曲にも新たな命と可能性を吹き込んでいく、極めてクリエイティブなパフォーマンスであったと思う。
ピアノとアコースティック・ギターが置かれ、桜の枝花が飾られているのみの薄暗いステージで、一筋のピンスポがベックを浮かび上がらせる「The Golden Age」の美しさにまずは圧倒された。生成りのフォーク・サウンドにたっぷりリバーブを施すことで、驚くほどハイファイな音響を獲得するそれは『Sea Change』期を象徴するもので、「ベックのアコースティック」の贅沢さを真っ先に実感させる。映画『エターナル・サンシャイン』の挿入歌「Everybody's Got to Learn Sometime」を日本でやるのは2016年の【フジロック】以来だが、これもまたこじんまりしたアコースティックの親密さが沁みるプレイだ。「ホントウニ、ナガイアイダ、アイタカッタ、トーキョー」、「ハッピー、サクラ」etc. 、日本語と英語を織り交ぜたMCと共に進んでいくショー自体も親密なムードだ。
1日2公演という異例のスケジュールだったこともあり、2022年後半から2023年前半にかけて海外で行っていたアコースティック・ライブを前提としながらも、セットリストは日本独自仕様にアレンジされていた。1部と2部では内容が大きく変わっていて、なるべく多くの曲を日本で披露したいというベックの熱意を感じる。筆者の観た1部では『Mellow Gold』から3曲、『One Foot in the Grave』から2曲と、初期2作からのナンバーが多数プレイされたのが印象的だった。1994年の初来日を振り返りつつやった「Pay No Mind (Snoozer)」のスリージーなアコギと煤けたハーモニカに、「Girl Dreams」で吹き抜けるカントリーの風に、瞬く間にあの時代にタイムスリップしてしまう。初期曲の中でも特にレアだったのは「Nitemare Hippy Girl」だろう。なにしろ日本でやったのは初来日以来30年ぶりだ。そういう意味でも、『Mellow Gold』と『One Foot in the Grave』が今年リリース30周年であるという、アニバーサリーを意識したセットだったのかもしれない。
そんな懐かしのローファイ・ベックから一転、「最近始めたばかりで、まだ使い慣れていないガジェット」だというサンプラーのようなものを足で操りながらの演奏となった「Tropicalia」以降は、またガラリと雰囲気が変わる。「ブラジルの音楽が好きなんだよ」とベックも言っていたように、「Tropicalia」はボサノバ風の柔らかなリズムが弾むポップな仕上がりだ。曲によってアレンジやサウンドミックスを細かく変えることで、アコースティックの一言では括り得ないバラエティが生まれている。「次はちょっと変わったことをやるよ。シャルロット・ゲンズブールに書いた曲なんだけど、知ってる?」と言って始まったのが「Heaven Can Wait」で、こんなサプライズもソロ弾き語りの気軽さがあってこそのものだろう。この日初めてのピアノに加えて、最後は華麗なステップまで披露。フロアからは温かな歓声が送られる。
続く「Debra」でも、嬉しい悲鳴のような歓声が巻き起こった。『Midnite Vultures』のスローバーンなファンクチューンを、弾き語りで聴くことができるとはなんて贅沢なのだろう。ベックのプリンスばりにセクシーなファルセットはこの日絶好調で、最後は満を持してのコール&レスポンスになる。桜色のライトに照らされる中でのプレイとなった「Lost Cause」も最高だった。「4か月、いや5か月ぶりかな? 久しぶりのライブだからやり方を忘れちゃっているかも」なんて冗談を言っていた「It's All in Your Mind」だが、忘れているどころかピアノだけであの『Sea Change』の幽玄のサウンドスケープを体現してしまったのだから驚くし、最終的にはサウンド・プロダクションやギミックを全て剥ぎ取った後の曲の素晴らしさ、ということに尽きるのだろう。2部のセットリストを見ると「Lost Cause」をはじめとする『Sea Change』、『Morning Phase』のナンバーが手厚く披露されていたようで、恐らく1部とは同じアコースティックでもオーディエンスの体感はかなり異なっていたはずだ(「Round the Bend」、聴きたかった!)。
2022年以降にリリースされたシングル、「Old Man」と「Thinking About You」も1部と2部で振り分けられており、1部はニール・ヤングのカバーである「Old Man」だった。ベックにとってアコギ一本での弾き語りの理想とした一人が、ニール・ヤングであったことが伺えるリスペクトに溢れたプレイだ。「次はちょっとエクスペリメンタルなことをやってみるよ」とベック。始まったのは「Girl」のあのピコピコしたサンプルで、エレクトロニックとアコースティックが融合した『Guero』のカラフルな世界を見事に立ち上げてくる。
ずっと日本に来たかったのだというベックの、「ジャパンハ、フルサトデス」なんて嬉しい言葉も飛び出した「Loser」は、あのお馴染みのルーズなギターリフが、カラカラに乾いたヒップホップのバッキング・トラックが流れ出すやいなや、もちろんこの日一番の盛り上がりを記録する。その勢いのまま、闇雲に吹き鳴らすハーモニカに、オーディエンスの掛け声に追い立てられつつ走り切った「One Foot In The Grave」は、まるでバスキングのようなプレイだった。ベックの原風景に立ち返ったところで幕を閉じるという、まさに一期一会のアコースティック・ライブに相応しいフィナーレだったのではないか。
あらためて思うのは、アコースティックでありながら、アコースティックであることを目的化していないライブだったということだ。ソロ弾き語りはベックにとって何ら制約ではなく、約70分とコンパクトなセットの中で彼は常に自由だった。そもそもこうしたDIYこそがベックというアーティストの根幹であり、彼のミクスチャー・サウンドを唯一無二とたらしめているものなのだから。そんなベック・サウンドの解剖を間近で目撃するような、彼の真価に直接触れるような貴重な一夜だった。
Text by 粉川しの
Photos by 森リョータ
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