2024/02/01 18:00
2018年に高橋幸宏が開催した一夜限りのライブ【YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!】。1978年に発売されたソロ・デビュー作品『SARAVAH!』を完全再現した同公演の模様が、1月19日から28日の10日間に渡って109シネマズプレミアム新宿にて上映された。
上映期間中にはトーク・ショーも併せて実施され、高橋幸宏とゆかりの深いゲストが数多く登場。本稿では19日の上映回の模様をレポートする。
この日のトーク・ショーに参加したのは、2018年の公演にもバンドメンバーとして出演したギタリスト/プロデューサーの佐橋佳幸、同公演にてユーフォニアムとして参加するだけではなく、78年当時の音源を生演奏に組み込むといったライブ全体の音設計も手掛けていた音楽家のゴンドウトモヒコ、同公演のライブ作品を含む高橋幸宏作品のミキシングや本上映会の音響監修を手掛けたエンジニアの飯尾芳史の3名。「こういう時は司会の方がいらっしゃって、僕らが答えてというのが普通なんですけど、『佐橋が回せばいいんじゃない』となってしまいまして(笑)」と謙遜しながらも見事な司会力を発揮していた佐橋が中心となり、ライブや高橋の思い出について語り合っていた。
2018年の公演を語る上で欠かせないのが、前述の通り78年に録音された『SARAVAH!』の音源と、40年の時を経て生演奏されるバンドメンバーの音が重なるという形でパフォーマンスが披露されたということ。これは最初期の打ち合わせの頃から高橋が要望していたことだったそうだが、そのアイディアを実現するために当時の佐橋を含むバンドメンバーは、再録版(『Saravah Saravah!』)の制作のために78年のレコーディング・データを受け取っていたゴンドウの助けを借りながら、“『Saravah!』研究会状態”(佐橋談)でアルバムを分析していたという。
そうしたエピソードの中でも特に興味深かったのが、「プレゼント」の冒頭を飾るシンセサイザーについての裏話だ。リスナーとしてアルバムを聴いていた頃は「普通に格好良いリフから始まる曲だな」と思っていたという佐橋だが、実際に同楽曲のレコーディング・テープを見てみると、該当のパートが2つのトラックに分かれて録音されていることに気付いたという(しかもゴンドウいわく、坂本龍一による手弾きの音源を重ねているとのことだ)。これは当時の録音技術上、同時に和音を出せる数が限られていたからであり、「教授(坂本龍一)が全部の音を頭の中で鳴らして、それを譜面にして、二回弾けば一つの音(和音)になるように組み立てられることによって出来ているのでは」と佐橋が推測すると、飯尾が「YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)もそうでしたよ。4チャンネル使わないとコードにならないこともありましたね」と付け加える。そんなトラックを目の当たりにした当時のDr.kyOnと斎藤有太(ともに2018年の公演でキーボードを担当)は、「同じ音色でその通りにやろう」と決め、実際のライブではまさにその録音を再現するかのように、二人が同時に演奏することで一つのリフを完成させている。同公演がいかに78年当時の録音に対して強いこだわりを発揮していたのかを、改めて実感させられるのではないだろうか。
その他にも、『Saravah!』に参加していた加藤和彦のギターが作品全体のお洒落な印象を感じさせる上で極めて重要だと分かり、加藤が参加していた楽曲については全曲において当時の録音を流していた、といった裏話なども語られていた。特に印象的だったのは、そうした当時の試行錯誤を笑顔で振り返りながら「ひとつひとつ、幸宏さんの理想に近づけていく作業がもう本当に楽しかった」と語る佐橋と、それに頷く他の二人の姿だ。その背景にあるのは、音楽家やエンジニアとしての好奇心や探究心をどこまでも刺激する「高橋幸宏」というアーティストに対する、惜しみない愛と尊敬の想いなのだろう。
また、高橋といえば、まさに「理想の大人」と形容したくなるほどのクールな佇まいと、それでいてどこか親しみやすさのある穏やかな雰囲気で多くのファンを魅了してやまない存在だが(この日は、居を構えていた軽井沢で愛犬パスカルと過ごす高橋の姿を捉えたショートフィルムを本編の前に上映していたのだが、その映像にもそうした魅力がぎっしりと詰まっていた)、2019年5月に福岡で開催された野外イベント「CIRCLE '19」に出演した際の打ち上げの様子を振り返りながら佐橋が語った次の言葉には、そんな高橋の人間的な魅力の本質が詰まっていたように感じられた。
「やっぱり、幸宏さんの周りって人が集まってくるんですよね。そういう時の幸宏さんの、照れ隠しをしているような何とも言えない表情がね...(笑)。すごく社交的なんだけど、意外とシャイな一面もあって。そういうのがすごく懐かしいなと思いますね」
さて、今回のイベントの会場となった「109シネマズプレミアム新宿」といえば、坂本龍一が監修した音響システム(「SAION-SR EDITION-」)であり、ある意味では本上映会は(2018年の公演もそうであったように)高橋と坂本の作品が再び重なり合う瞬間でもある。トーク・ショーではこの音響システムについても語られ、「高いやつでしょ?」(佐藤)「高いですねぇ。高い中でも高いですよね」(飯尾)という庶民的な会話を入口に、「多分、こんなの世界でもないでしょう?要するに、僕らミュージシャンやエンジニアにとっての憧れのスピーカーシステムなんですよ」(佐橋)と、その凄さがプロの手によって解説されていく。
上映内容の元となっているライブ作品のミキシングを手掛けた飯尾は、「元々が家庭用の商品として出ているライブ盤を映画館で鳴らすのは、すごく難しいんですよ。もう既に作品の中に(会場の)残響が入っているわけで、それを劇場で鳴らすとスクリーンと観客席が完全に分断されてしまうんですね。それをこのシステムは完全にクリアしている。本当に素晴らしいシステムで、それは教授の想いももちろんあると思います」と語る。また、昭和女子大学人見記念講堂での坂本のコンサート(2009年)を例に「目の前でピアノを弾いているように聴こえる感覚が理想」という飯尾は、本会場で上映された『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022+』を鑑賞して、思わず涙を流したという。
筆者は今回の上映会で初めてこの音響システムを体験したのだが、そこまで音響にこだわりのあるわけではない身としても、その今まで味わったことのないほどの「目の前で鳴っている感覚」に途轍もなく驚かされた。それはもはや(場合によっては)実際のライブに参加するのと同等の強烈な体験であり、しっかりと感じられる管楽器の空気の流れや、細かな変化まで感じ取れるギターの弦の響き、高橋のボーカルが持つ力強い身体性など、まるで今まで知らなかった音楽自体の魅力に新たに気付かされたかのような感覚に陥ったのである。そして、飯尾も「この場所で(作品の)調整をするために観ていたんですけど、何回聴いても『格好良い...!』って音をちゃんと聞けずに終わっちゃって、『すいません、もう1回...』ってなってしまいましたね(笑)」と大絶賛を寄せる「MAJI」で繰り広げられる、高橋と林立夫によるツインドラムの迫力たるや。だが、そうした素晴らしい音響体験の根源にあるのは、やはり40年以上もの時を悠々と越える普遍的な音楽を作り上げながらも、どこか親しみ深い存在であり続けた高橋幸宏という人間の魅力に他ならないだろう。曲間のMCで穏やかな表情で78年当時の思い出を語ったり、ゲスト出演した細野晴臣とコントのようなユーモラスなやり取りを繰り広げている姿に微笑みながらも、ふと「また会いたいな」と思ってしまったのは、筆者だけではないはずだ。
Text by ノイ村
◎上映情報
『YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!』
日付:1月19日(金)~1月28日(日)
上映館:109シネマズプレミアム新宿
関連記事
最新News
関連商品
アクセスランキング
インタビュー・タイムマシン
注目の画像