2023/10/13
「毎年終わるたびに、“あれは、ちょっとクレイジーだったな”と思うんだ」とジャック・アントノフは笑いながら言う。「身近に感じるはずがないのに、そう感じるんだ」。これは、この39歳のスタジオの魔術師が、自身のバンドであるブリーチャーズのフロントマンを務めながら、複数のプロダクションやソングライティング・プロジェクトをこなし、過去10年間にわたって静かな12か月間を経験したことがほとんどないからだ。
この1年で、アントノフは、テイラー・スウィフトの大ヒット作『ミッドナイツ』、ラナ・デル・レイによる大作『ディド・ユー・ノウ・ザット・ゼアズ・ア・トンネル・アンダー・オーシャン・ブルバード』、The 1975の最高にキャッチーな『外国語での言葉遊び』などの舵取りを手助けし、その間ブリーチャーズの4枚目のフル・アルバムも準備していた。彼は<ダーティ・ヒット>と新しいレーベル契約を結び、レーベル創設者のジェイミー・オボーンをマネージャーに迎え、ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング・グループと新たな契約を結んだ。(アントノフはこの動きについて、「チームに、2、3人新しいメンバーが加わっただけで、何かが変わったという感じはしない」と語っている。)その一方で、彼は【グラミー賞】で5年連続の<年間最優秀プロデューサー賞(クラシック以外)>ノミネートと3年連続の受賞を狙っている。
2年前、アントノフは、非常に効率的なプロデューサーの7つの習慣について米ビルボードに語っていた。今後数か月間スタジオにこもり、2021年の『テイク・ザ・サッドネス・アウト・オブ・サタデー・ナイト』に続くブリーチャーズの作品を完成させるなど、“何らかの作業を続ける”予定の彼が、この1年間の創作活動から得た最新の収穫を明かした。
<クリエイティブな空間で商業的利益に気を取られないこと>
ケース・スタディ:テイラー・スウィフト「Anti-Hero」
『ミッドナイツ』は、スウィフトのキャリアにおいて、最大の米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”デビューを記録し、彼女の【The Eras Tour】は今夏最もホットなスタジアム・ツアーとなったが、アントノフは、頻繁にコラボしている彼女がそのスーパースターダムを一切スタジオに持ち込まないことに驚嘆していると言う。「“わぁ、この(功績を)見て、あれを見て!”という具合に、あまり全体像を見ることはないんだ。なぜなら、風船を割っているような感じがするから」と彼は説明する。「テイラーと仕事する時は、常に人生経験を持っていて、それらについて書くことができる驚くべき才能を持った人物(との仕事)という感じなんだ」。
ここで参照したいのが、スウィフトの不安を嘲笑するような『ミッドナイツ』 からのリード・シングルである「Anti-Hero」だ。「“Anti-Hero”を作った時、“うわー、これはとても正直で面白くて、しかもとてもスウィートで悲しい曲だ”と思ったんだ」とアントノフは振り返り、今年初めにスウィフトにとって米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で自己最長首位記録を更新したこの曲について、制作中に彼女のラジオ向けの体裁に気を取られていたらうまくいかなかっただろうと付け加えた。「この曲は、トレモロを通じて変なビートが鳴っている。“ヤバイ、これが世界を席巻する曲だ!”なんて僕は1ミリも思わなかったよ」。
<インスピレーションの火花には時間がかかることもある>
ケース・スタディ:The 1975「Part of the Band」
「誰と一緒に仕事をしたいですか?」というのはアントノフがよく聞かれる質問だが、彼はそれに答えるのは不可能だと感じている。「その人のことを知って、その人の行く末を見るまでは、一緒に仕事をしたいと思えるはずはない」と彼は話す。アントノフはThe 1975と出会った時、バンドの5thアルバムでそのサウンドの魅力を倍増させるようなクリエイティブなパートナーシップを思い描いていた。だが、イギリスのロック・グループとの最初のプロジェクトである『外国語での言葉遊び』では、“関係の始まりにおけるもどかしさ”を経験したそうだ。
控えめで流れるようなリード・シングル「Part of the Band」は、そのぎこちなさを幾分か和らげるのに役立った。「最初に一緒に作った曲ではないんだ」とアントノフは振り返ると、「でも、最初に作ったものと“ヤバ、僕らにはその能力があるじゃないか”と気づく瞬間には大きな違いがある。スタジオ入りして、曲を作り上げ、それを中途半端にかっこよく聴かせることは誰にでもできるけど、人々とコラボレーションするということは、部分の総和よりも大きな何かを生み出すということなんだ」。最終的に、「Part of the Band」は『外国語での言葉遊び』の残りの部分を解き放ち、アルバムからは5曲がロック&オルタナティブ・ソング・チャート“Hot Rock & Alternative Songs”トップ40入りすることとなった。
<……そして、時にはヒットになるまで本当に長い時間がかかることもある>
ケース・スタディ:テイラー・スウィフト「Cruel Summer」
アントノフは、スウィフトによる『ラヴァー』の代表曲であり、2019年のアルバム・リリースと同時にファンの間で人気曲となったシンセ・ポップ・ナンバーについて、「あれは、今まで作った曲の中で一番好きな曲のひとつだった」と語っている。「Cruel Summer」は、パンデミックのために短縮された『ラヴァー』のアルバム・プロモーション中にヒット・シングルとなることはなかったが、アントノフはそのカルト・クラシック的な地位に納得していた。しかし今年初め、スウィフトの大ヒット・ツアー【The Eras Tour】のオープニングの目玉となったことにより、「Cruel Summer」はストリーミングが急上昇し始め、ラジオでの再生回数も増加した。結果、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”3位まで上昇し、2023年の夏を代表する曲へと変貌を遂げた。
「まるで宇宙から大きなサムズ・アップ(好意的なサイン)をもらったようだった」。アントノフは、バイラル・ヒットしたことで今年楽曲の人気が再熱したことについてこう語る。「自分の信じることをやり、自分の信じる曲を作るリマインダーとして捉えている。成功のために、自分が信じていないことをすることは決してしたくない。なぜなら、自分が信じていないことをすることより酷いのは、それが認められることだから!……(“Cruel Summer”に)関しては、この曲が存在すること自体が気に入って、それ以上のことを求めていなかった。ケーキの上の奇妙なアイシングみたいなものだね」。
<野心にはさまざまな形がある>
ケース・スタディ:ラナ・デル・レイ「A&W」
アントノフによれば、彼が最も頻繁にコラボしているアーティストたちは、現在の地位に安住するのではなく、「自分の野心が何であるかを理解すること、それに絶えずアクセスする方法に取り憑かれている」という特徴を共有しているそうだ。その創造的な好奇心は、さまざまな形で現れる。スウィフトにとっては、2020年の『フォークロア』と『エヴァーモア』でインディー・フォーク的なストーリーテリングを行った後、最新作『ミッドナイツ』のパーソナルなポップによって「小屋から飛び出すような感覚があった」そうだ。一方、屈曲した難解なフル・アルバムを何枚かリリースした後にアントノフのもとを訪れたThe 1975の場合は、『外国語での言葉遊び』をバンドにとって未知の領域である、タイトで間奏のないポップ・ロック・アルバムへと昇華する手助けをした。
ラナ・デル・レイの『ディド・ユー・ノウ・ザット・ゼアズ・ア・トンネル・アンダー・オーシャン・ブルバード』の7分に及ぶセンターピース曲「A&W」(フォーク調の哀歌として始まり、中盤でトラップ調のリフレインに反転する)が収録されているが、アントノフによれば、これは「Peppers」や「Taco Truck x VB」のような他のアルバム収録曲で実験することから生まれたもので、可能な限り革新的な構造に到達するまでサウンドをマッシュアップしていったそうだ。「この四方に広がったものが、やるべき最も野心的なことだった。“A&W”のような曲は、お互いをよく知ることで、奇妙な場所であっても、真に支え合うことができるときに起こることの一例なんだ」。
<インパクトのあるイントロダクション>
ケース・スタディ:ブリーチャーズ「Modern Girl」
ブリーチャーズによる来たる4thアルバムは、アントノフと彼の6人組バンドが共同プロデューサーのパトリック・バーガーと数名のスペシャル・ゲストとともに制作した作品で、バンドのライブがもたらす歓喜をスタジオで表現したものだ。リード・シングルとして今年9月にリリースされた「Modern Girl」のようにラウドな曲ばかりではないが、アントノフにとって1980年代を彷彿とさせる神経質なボーカル・エネルギーと感情を吐露するようなサックスが融合されたこの曲には、「アルバムの方向性を語るには十分なレフトフィールドさ」があり、イントロダクションにうってつけだった。
「アルバムをリリースするというのは、過去と未来の両方に触れる行為だ。“Modern Girl”は、ブリーチャーズがこれまで歩んできた道とこれから進む道の両方を称える、完璧な衝撃と安らぎの瞬間のように感じた」と彼は来年リリース予定のニュー・アルバムについて語る。「アルバムとは何かを理解するために、“家”のメンタリティを持つことをいつも信じてきた。そして“Modern Girl”は、最大の玄関口のように感じる」。
By: Jason Lipshutz / Billboard.com掲載
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