2023/06/22 12:00
「ストレンジャーズ」などの世界的ヒットで知られるノルウェー発のポップスター、シグリッドが5月に初来日。横浜での【GREENROOM FESTIVAL'23】に出演したほか、東京・渋谷のduo MUSIC EXCHANGEで単独公演を行った。流れるような美しいメロディと、透明感のある歌声。フルバンドを率いたライブは、終始笑顔で爽やか。その自然体で飾らない素朴な振る舞いが印象的だった。5月にリリースされた日本版デビューアルバム『ハウ・トゥ・レット・ゴー [ジャパン・エディション]』には、2ndアルバムの楽曲に加えて、デビュー以来放たれてきた数々のヒット曲も網羅。本人自らが日本でのライブを想定して構成されている。大盛況のうちに終えた初日の東京公演の翌日に対面。ライブに臨む心構えや曲作りのノウハウ、母国ノルウェーのポップシーンなどについて話を訊いた。
――普段はもっと大きな会場でパフォームされているのではないかと思うのですが。
シグリッド:一概には言えないですが、大きな会場で歌わせてもらうことも増えました。ロンドンのウェンブリーでは8,000人くらいの観客でしたし、おそらく過去最大はノルウェーのフェスで、8万人じゃないかと思います。その日の気分やオーディエンスによってセットリストは、いつも変えています。有難いことに、私のバンドとクルーはそれを受け入れてくれているので(笑)。昨夜もライブの直前に、日本でストリーミングの多い曲を教えてもらい、急遽「バッド・ライフ」(スタジオバージョンはブリング・ミー・ザ・ホライズンとの共演曲)を加えました。みんなが聴きたい曲を披露したいと常に思っています。
――その「バッド・ライフ」は、キーボードの弾き語りでプレイされて、とても新鮮でしたが、普段からこの曲はアコースティックで演奏を?
シグリッド:時と場合によってです。家族連れが多いフェスならアコースティックで、パーティームードの観客ならバンド演奏で、と臨機応変に対応します。私も同じことの繰り返しよりも楽しめますし。
――日本版アルバム『ハウ・トゥ・レット・ゴー [ジャパン・エディション]』は、ライブを想定した曲順で並んでいます。具体的には、どういう点を考慮されましたか?
シグリッド:ライブで歌った時のペース配分や起伏が大切だと思っています。オープニングの数曲で盛り上げて、その後ペースを緩めて、じっくり聴いてもらったり、ちょっぴり冒険も入れたり。私の曲は、どれもキャッチーでポップなのが身上だと思っています。「ミラー」や「ドント・キル・マイ・ヴァイブ」や「ドント・フィール・ライク・クライング」など、ヘヴィな題材を扱いながらも楽しいポップソングであることが多いです。その一方で、「グロウ」や「バッド・ライフ」や「ダイナマイト」といった、内省的でメロウな楽曲も上手く混ぜ合わせたいと考えています。オーディエンスを常に飽きさせず、楽しんでもらうことが大切ではないかと。
――あなた自身もすごく楽しまれていたようで、実際MCでもそう話されていました。みんなと一緒に音楽を楽しみたいという気持ちが、何よりも強く伝わってきたのですが、自分だけがスポットライトを浴びたり、コレオグラフされたダンスを披露したりするのではない、そんな見せ方が、とても印象的でした。
シグリッド:ダンスは子どもの頃に10年近くやっていました。コレオグラフされたダンスも大好きでした。でもアーティストとしてステージに立ったときに、私には向いていないとすぐに気付いたんです。おどけた調子や少しふざけているほうが、私には自然体なのかなと。去年のニューヨークのステージでは、突然靴を脱いで踊りたくなって、実際そうすると、自宅の居間にいるような感覚で、落ち着いて歌えました(笑)。
――2ndアルバムに『ハウ・トゥ・レット・ゴー』というタイトルを付けた理由を教えてもらえますか?
シグリッド:このアルバムの収録曲の多くを、私は2人のソングライターと一緒に書いているのですが、出来上がった曲のデモを聴いていたとき、多くの曲に“Let Go”(手放す)というフレーズが含まれていることに気付いたんです。“I need to let you go”(あなたと別れなくては)、“You gotta let it go”(忘れなければ)など……。「歌詞を全面書き換えなければ!」と一瞬思いましたが、「これって、もしかしてアルバムのテーマかも?」と気付いたんです。全てが恋愛に関してというわけではなくて、自身の恐れや迷いなどを振り払って前進する、といった意味も含まれています。私がステージに立つ前に覚える不安な気持ちも“Let Go”しなければと、自分に言い聞かせていますから。
――普段の曲作りは、歌詞とメロディのどちらを先に?
シグリッド:メロディが先ですね。英語が母国語でないことも関係していると思います。そのほうが私には自然ですし、メロディができると、歌詞のアイデアが湧いてきます。歌詞のアイデアは、いつも大きなノートを持ち歩いて書き留めています。あと携帯のボイスメモも満杯です。この間チェックしたら、6,000件も入ってました(笑)。
――どの曲も流れるようなメロディが印象的で、とても自然に、無理強いしないで生み出されているように感じられるのですが。
シグリッド:「ドント・キル・マイ・ヴァイブ」や「ストレンジャーズ」は、どちらも1日で書き上げたと記憶しています。でも「ダイナマイト」のように、2か月かかった曲もありますね。ひとりで書き始めることが多いのですが、なかなか完成させられなくて、共作者に入ってもらうことが多いです。
――「ドント・キル・マイ・ヴァイブ」は、あなたが音楽業界で活動するうえで、特に重要な曲となったわけですが、今一度その理由を説明していただけますか?
シグリッド:ええ、もちろん。私が19歳だったときの経験が基になっています。年上の2人の男性プロデューサーと曲を作ることになり、一緒に取り組んでいたのですが、私の意見はまったく尊重されず、私のアイデアはクールじゃないと言われて却下されて、あれほど惨めな気持ちになったことはありませんでした。まるで当然のことのように言われた私は、その場で凍りついてしまって、まったく声を上げられなかったんです。とことん自尊心を傷つけられました。その経験を基に書いたのが「ドント・キル・マイ・ヴァイブ」でした。音楽業界に限らず、ほかの業界でもそうだと思うのですが、正当に評価されていない、見下されていると感じたことのある誰もが共感できる曲じゃないかと思います。
――今なら同じ状況になったとしたら、面と向かって言い返しますか?
シグリッド:アハハハ、ええ、今なら言えると思います(笑)。上手く対処できるようになったかなと。1年ほど前に、あるスタジオセッションで「君はピアノを触らないで、得意なことだけやっていればいいから」と言われたんです。19歳の私だったら黙って隅に座り込み、落ち込んでいたかもしれません。でも、そのときの私は「いいえ、私はもう20年もピアノの経験があって、何をしたいかもわかっています。お生憎様ですが、ピアノを弾かせてもらいます」という感じでした(笑)。
――先ほども話に出た「ストレンジャーズ」についても教えてください。ライブでも盛り上がるあなたの代表曲ですが、ダンサブルな曲調なのに実はとても悲しいことを歌っているんですよね。
シグリッド:はい、とても上手く悲しみを隠しているんです(笑)。とてもスカンジナビア的な発想じゃないかと思います。スカンジナビアのポップソングは、悲しい歌詞が多いんです。ロビンの「ダンシング・オン・マイ・オウン」なども、そうですよね。歌詞だけ聴くと胸が締め付けられます。アコースティック・バージョンでは特にそうだと思います。でもクラブでかかったら、思いっきり踊りたくなる。その二面性を上手く両立させているのがスカンジナビアのポップでしょうか。私も大きな影響を受けてきました。「ストレンジャーズ」は、昨夜も私のライブのハイライトだったと思います。笑顔で走り回って歌っていましたが、ピアノの弾き語りで歌うと、突然孤独が押し寄せるんですよね。
――ノルウェーから海外進出するアーティストも増えているかと思います。とはいえ、やはり国内だけで活動しているアーティストが多いのでしょうか?
シグリッド:ノルウェー語で歌っているアーティストが多いので、やはり国内活動が中心になりますね。でも、私もノルウェー人のアーティストたちから大いに影響を受けてきました。ハイアズアカイト(Highasakite)やエミリー・ニコラスは、とても素晴らしいです。Astrid S、ダグニからはインスパイアを受けます。素晴らしいアーティストは多くいます。ただ国内ではノルウェー語の曲が大半なんです。
――その点は、日本の音楽事情と似ているかもしれません。
シグリッド:そういえば、日本の音楽も少しなら知っていますよ。藤井 風は大好きです。TikTokで知って、素晴らしいなと思っています。あとfox capture planも私のお気に入りで、クールな音楽をやっているバンドですね。
――こうして世界中を見るなかで、改めて自身のノルウェー人らしさを確認することはありますか?
シグリッド:音楽面ではそれほどないのですが、カルチャーに関しては大いにありますね。とかくノルウェー人ってノルウェーが大好きなんです。ノルウェー文化が大好きで、すごく誇らしく思っているんです。きっと日本の人もそうですよね。日本の人たちは日本の文化を、とても愛しているし、誇らしく思っている。私はノルウェーの話を始めると止まらないんです(笑)。ハイキングやスキーが大好きだし、海外に行くとノルウェーの食べ物が恋しくて……でも、日本はサーモンがたくさんあるからすごく嬉しい。あと全てが小ぢんまりしているところもノルウェーと同じ。大好きです(笑)。
Interviewed by 村上ひさし
Photos by Yuma Totsuka
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