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2023/05/16 15:00

<ライブレポート>斉藤朱夏が“身体で歌うボーカル”を体現したライブハウスツアー【かんちがいの冒険者】

 「あれ、声出しってまだできないんだっけ」。公式が発表した公演レギュレーションに目を通していて、深い意味はないがふと気になってしまった。

 2019年8月14日に念願のアーティストデビューを果たすと、それから間もなくコロナ禍に。「声をきかせて」や、交わす言葉の代わりにクラップやハンドサインで想いを伝え合う「はじまりのサイン」など、難しい状況下で抱いた想いを反映した楽曲だってある。斉藤朱夏の音楽活動は、そのほとんどの期間であらゆる制限を余儀なくされてきた。

 そんな彼女だからこそ、どんなアーティストよりも早く、歓声ありでのライブをしたいはずだとは十分すぎるほどに知っていた。それでも、ライブを取り巻く事情やアーティストの考え方は人それぞれ。斉藤が4月30日、神奈川・CLUB CITTA’にて開催した【朱演2023 LIVE HOUSE TOUR「かんちがいの冒険者」】千秋楽公演にて、引き続き歓声が制限されていたとて、ライブの途中までは「それも仕方あるまい」と、軽く気に留める程度だったのが正直なところである。

 アンコールはなし。本編100分間だけできっちりと見せ切ったステージ。なぜ、今回のライブが開催されたのか。この日も斉藤は、あらゆる表現面での“ストーリーテラー”ぶりをもって、その答えを教えてくれた。

身体で歌うボーカル

 筆者は過去に記したライブレポートを通して、斉藤のストーリーテラー性をまた別の言葉で表現してきた。以前は“アスリート”と称したこともあるが、今回は“身体で歌うボーカル”と言い換えてみたい。

 よく“顔で歌うボーカル”なんて表現を耳にするが、斉藤の場合はもう全身だ。ライブ2曲目の「月で星で太陽だ!」では、ステージ左右のお立ち台に乗りながら、あえてしゃがみこむ。そこで見せるのは、目を細めてにっこりとした、大切な人にしか見せないような微笑み。当たり前だ、彼女が目線を落とした先には、誰でもない“キミ”がいる。

 続く“ゆるラップ”の「親愛なるMyメン」でも、見ていて楽しいボーカル像を提示。彼女はとにかくリズム感が一級品で、歌声と動作がセットとなり、拍に対してぴたっとハマる。例えば、2番バース部分の<おいしい瞬間は 悲しいほど短いわ>で、正確には“おいっしい”と、“っ”の発音を、一拍前に置いてきた首を体の方に引き寄せる動きをもって発声してアクセントとするなど、韻やグルーブ感が大切なラップと抜群な相性を発揮させていた。わかりやすいダンスなどでなくとも、身体の動きをもって歌の表現をしている証拠である。

 7曲目「セカイノハテ」においても、1番Bメロの<決して白と黒じゃ描けない>のフレーズで、“描けない(えがけない)”を一文字ずつ言葉を区切って強調したり、拳を握りしめて迫真さを伝えたり。その時々でセットリストでの役割にあわせて、上手く楽曲の歌い方をアレンジし、行間の余白を漂う感情を、文字情報ではない部分から雄弁に伝えてくる。その熱量はもう、見ていて盛り上がるよりも、鳥肌を感じるという言い方の方が近いかもしれない。本当にストーリーテラーな表現をする人である。

 おまけに、以前も言及した点だが、今回のライブではステージの上手と下手に設置されたお立ち台の間を移動する際、2.77秒のダッシュを記録(しっかりとストップウォッチで計測した)。駆け出しこそ緩やかだったが、そこからの加速力は目を見張るもの。これが“身体で歌うボーカル”だ。

楽曲の流れで伝えるツアータイトルの意味

 雄弁にメッセージを放つのは、斉藤自身だけではない。彼女が練りに練り上げ、ツアー開催前から宣言していた“最強のセトリ”もそうである。今回のツアータイトル「かんちがいの冒険者」はおそらく、最新シングル表題曲「僕らはジーニアス」に登場する<なんだってできちゃうかもなんて勘違い 思い違いも 悪かないね>から引用しているのだろう。

 ただ、毎度ながら斉藤のライブには寸劇仕立てのパートや作り込まれた明確な台詞、あるいは彼女がなにかを演じるキャラクターなど、明確でわかりやすいストーリー設計は存在しない。あるのは、本人のパフォーマンスとMCでの言葉、そして楽曲をつなぎ合わせた流れのみ。それでもどうしてか、その時々で掲げられるライブタイトルの意義や、斉藤がなにを伝えようとしているのかが、はっきりと伝わってきてしまうのだ。

 それは、“冒険者”というタイトルに相応しく、“不屈”という意味の1曲目「ノーサレンダー」から、前述の「セカイノハテ」まではもちろん、ここから始まるライブ後半の流れで特に顕著なものだった。

 披露順に紹介すると、最新曲にしてすでにアンセム化していた「最強じゃん?」。いわば“ギャルマインド”とも呼ぶべきか、“斉藤朱夏を音楽にしたらこれでしかない”という渾身の一曲。会場全体で楽しむ振り付けを用意したところ、斉藤を見守るステージ左右、さらには2階席のスタッフ総出で爆踊りを披露し、本人が笑いを抑えきれないという一幕も。

 この盛り上がりように、所属アーティストのライブを純粋に楽しめる<SACRA MUSIC>っていいレーベル、いい会社だなと感心させられる。と同時に、文筆業に従事しながら“なぜか”を書ききれずに恐縮なのだが、「あ、この人はたぶん、表現者として次のフェーズに行くな」と、本当に感覚的に悟ってしまった。

 続く「ゼンシンゼンレイ」は、斉藤のトラックリストを見渡しても、特に生命力を体感できるナンバー。なかでも<間違いないのさ>というサビの歌い終わりをハイテンションに、甲高く尻上がりにアレンジしながらも、最後の大サビでは反対に、原曲にもないほどしっとりめに落ち着けるなど、歌声の機微によって本当に“間違いがない”のだと説得力を持たせていく。

 そこから「イッパイアッテナ」で、文字量の多い歌詞をスピットし、セットリストのレッドゾーンに攻め込んでいくと、バンドメンバー紹介を挟んだあたりで、“朱夏さん、まだやれるんですか?”と、あまりのハードワークぶりにいい意味で呆れ笑いをさせられた。そんな考えを超能力で先読みしていたかのように、タイミングよく届けられたのが「もう無理、でも走る」と「止まらないで」。特に「もう無理、でも走る」は、「ゼンシンゼンレイ」とは逆に、原曲の歌い方に忠実で、かつ途中で歌詞を詰まらせても、笑いに変えることなく真剣に歌にしがみついていたあたり、楽曲のメッセージを正しく届けていた気がする。

 極め付けは「僕らはジーニアス」。歌唱前にはステージに静かにドラが運ばれ、斉藤が一発フルスイング。なんとも最高すぎる光景にアドレナリンを引き出され、このパートのラストスパートを駆け抜けた。斉藤の6曲連続パフォーマンスは、体育の授業を3時間連続で受けるのと同じくらいの体感疲労度である。

 このあたりでハイになりながらもふと、今回のライブタイトルに想いを馳せる瞬間があった。たとえ自分に力があると勘違いして始まった冒険だとしても、そこで手にしてきた力は本物で、決して勘違いで終わらない代物だ。先ほどの繰り返しになるが、そんな目標に向けて邁進する姿を、楽曲の流れでどうにか伝え切ろうとするという意味で、斉藤はやはりストーリーテラーなのではないだろうか。

楽曲をなぞるようなMC

 最後に言及したいのは、“前振り”の重要性である。ここまで何度も語ってきたように、ストーリーには流れが大切なもの。斉藤はその点において、これまでのライブで幾度となくこだわりを重ねてきた。それは声優として、誰よりも言葉を大切にしてきた彼女だからこそである。

 今回のライブで振り返るならば、新たな振り付けが用意された「最強じゃん?」歌唱直前のMC。「不安があるかもしれないけれど大丈夫。だってうちらって、最強じゃん!」と、いわば次の披露曲を話の“オチ”のように使っていたのだ。ここでは、ライブ冒頭に初参加や予習が不十分なファンがいたとしても「大丈夫です! たくさんの仲間がいるので、皆さん安心してください」と勇気づけていたMCすら、伏線として回収するかのようだった。

 また「僕らはジーニアス」の歌唱後には、こんなMCも。

「キミの声がなんだか聞こえます。不思議だよね、この3年間、声は出していないけど、私のところにはちゃんと声は届いています。だからこそ、ちゃんと声が出せるようになったときには、私どうなっちゃうんだろうって。たぶん1曲目から泣くんだろうな」

「たくさんのハンドサインやクラップで、私を支えてくれてありがとう。そんなキミにこの曲を贈ります」

 この後に歌ったのは、同じ“手”をモチーフにした「ハイタッチ」。なんとなく、次の楽曲を“これかな?”と期待させてくれる。楽曲タイトルや歌詞になぞらえたMCには、そんな流れの綺麗さを感じさせられるのだ。

 ただ、今回はこれだけに止まらなかった。実は「ハイタッチ」には、斉藤が2020年春に開催を予定しながら、当時の情勢により中止を迫られた、<手つかずの明日>というライブタイトルがそのまま入っている。

 なにか予感がした。そういえばこの日、デビューミニアルバム『くつひも』収録曲はひとつとして披露されていない。それに、声出しライブについて語った先ほどの「たぶん1曲目から泣くんだろうな」という予言のような言葉。そして「ハイタッチ」がこの位置に置かれた意味。すべての思考が巡ったところで、斉藤が口を開いた。

「ここにいるキミと、未来の約束をしたいんですけどいいですか?」

 自身の誕生日である8月16日。アーティスト=斉藤朱夏として、初めてステージに立った東京・渋谷のSpotify O-EASTから出発する、全国8か所を巡るライブハウスツアーの開催を宣言したのだ。

 そして、なぜこのライブを開催したのか。その答えがようやく明かされる。前述の通り、斉藤のアーティスト人生のほとんどはコロナ禍にあった。「初めてやったライブで、初めてここにいるキミの声を聞いて、そこから、ここにいるキミの声を失いました」の言葉にこもる切実さが胸を締め付ける。

 そんな歴史があるからこそ「2年、3年と悔しかったあの気持ちを、一瞬で解き放つのは違うなって」と、今回のライブで歓声を制限することと、「8月16日、O-EASTで、斉藤朱夏として第二幕を迎えたい」というふたつの決断を下したのだ。先ほどの「あ、この人はたぶん、表現者として次のフェーズに行くな」という感覚的な予感が確信に変わった。斉藤朱夏は、ストーリーテラーであると同時に、ヒストリーメイカーなのかもしれない。

 もちろん、会場に集まるファンに悲しい想いをさせてしまうことも考えたという。それでも、こんな歓声すら出せない状況だとしても、振り返ってみれば声を出さない“特別なライブ”として受け止められるよう、ただ勢い任せに終わらせるのではなく、しっかりとよき思い出として決別の機会をくれたことは、本人の優しい人柄があってこそだと思う。斉藤はこの日の終演後、自身のSNSにて「これで色んなものとバイバイ」とも綴っていた。この日を締めくくった楽曲は「声をきかせて」。最早、語ることはない。そのタイトルにすべての感情が詰まっていた。

 今年はどんな夏になるのだろう。斉藤朱夏が次のライブで迎える、終わりと始まり。生まれてから8401日目の先で見つけた、9862日目の明るい未来。彼女が初めてステージに立った『朱演2019「くつひもの結び方」』とも違う意味を持ち、2022年の同じく夏に繰り広げた【朱演2022 LIVE HOUSE TOUR「キミとはだしの青春」】からまた一段と熱いツアーになるはず。そこでもし「声をきかせて」が歌われたら……。点と点が線になるように、これまでの日々がひと繋ぎになる。

 そして、斉藤朱夏はどんな第二幕を見せてくれるのだろう。ひとつ言えるとすれば、今回の声出しの制限をしても、どこかで許してもらえるという「甘え」もあったという。これは斉藤と我々の間にある「貸し借り」だともいう。貸し借りができるのは、ダチで、マブで、仲間で、マイメンである証拠。いまや「最強じゃん?」にある通り、“ウチら”という一心同体にまでなった。そんな対等な関係性から幕を開ける新たな物語。きっと“声をきかせて”なんて言わずとも、声が聞こえてきて仕方がないステージが待っているに違いない。

 名前に夏が入っているくらいだ。夏に愛されないはずがない。2023年、夏、斉藤朱夏の季節が始まる。


Text:一条 皓太
Photo:Viola Kam[V'z Twinkle]


◎公演情報
【朱演2023 LIVE HOUSE TOUR「かんちがいの冒険者」】
2023年4月30日(日) 神奈川・川崎CLUB CITTA'

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