2022/12/06 20:00
2022年11月25日、和楽器バンドが宮城・トークネットホール仙台公演をもってツアー【ボカロ三昧2 大演奏会】を完走した。
“8人組、デビュー8周年”を掲げリリースしたボカロカバーアルバム『ボカロ三昧2』を引っ提げ、8月にスタートしたツアー【ボカロ三昧2 大演奏会】。ところが、7本目の島根公演後、ボーカルの鈴華ゆう子が体調不良のため緊急入院。その後ボーカル不在のまま7人でツアーを続行するという異例の事態を乗り越え、ファンが見守る中、全23公演を完遂した。
ファイナルの約2か月前、筆者は、9月14日に行われたツアー6本目の東京・中野サンプラザ公演に足を運んでいた。デビューアルバム『ボカロ三昧』から8年。オリジナル作品も数多く生み出してきた“今”の和楽器バンドだからこそ可能なアレンジと表現で、満を持して制作された『ボカロ三昧2』。並大抵のスキルでは不可能な、超絶技巧尽くしのアルバムでもある。雑誌掲載用に行なったインタビューでは、その難易度の高さゆえのレコーディング苦労話がメンバー自身の口から語られてもいた。生身の人間が歌ったり演奏したりすることを想定していない、原曲の自由自在なメロディーライン、複雑なリズム。なおかつ、和楽器の持ち味を活かした独自フレーズを織り込みながら、斬新なアレンジにまとめ上げるのは至難の業だったはずである。それをライブでいかに実演するか?は大きな関心事だったが、中野サンプラザ公演で目の当たりにした8人は、音源の再現に留まらず、エネルギーに満ちたパフォーマンスを繰り広げていた。凄まじい声量と歌唱力を轟かせるステージ上の鈴華は、ツアー開始前、実演に向けて不安を口にしていた女性と同一人物とは信じられないほど、強く見えた。その余韻にまだ浸っていた頃、冒頭で述べた通り、鈴華が緊急入院したとのニュースが飛び込んできたのである。
コロナ禍にあっても音楽の灯を決して消すまいと、エンターテインメント界の先頭を走ってライブ活動を果敢に継続してきた和楽器バンドを襲った、それはあまりにも大きく深刻な試練だった。一旦中止や延期をして万全の態勢で再開する、という方法もあり得ただろう。しかし、彼ら・彼女らは、7人でツアーを続行することを決断した。何がベストの選択だったのかは、現時点で誰も明言することはできない。はっきりと言えるのは、このツアーを走り抜けた和楽器バンドが一回りも二回りも大きくたくましく成長した、という事実。仙台でのツアーファイナルで目にし、耳にしたすべてがそれを物語っていた。
18時30分の開演時間が近付くにつれ、和装アイテムを取り入れるなどした個性的なファッションに身を包んだ観客が一人、また一人と場内へ入っていく。Overtureに乗せて、黒流(和太鼓)、町屋(ギター&ボーカル)、亜沙(ベース)、山葵(ドラム)、いぶくろ聖志(箏)、神永大輔(尺八)、蜷川べに(津軽三味線)が観客に手を振りながら登場。客席からは大きな拍手と、SEのリズムに合わせたクラップが鳴っていた。アルバム同様、1曲目はリード曲「フォニイ」。始まってすぐ「ツアーファイナル、仙台! 行くぞ!」と黒流がテンション高く叫び、観客を煽った。ステージ中央には台の上にマイクスタンドが置かれ、鈴華の姿はないが、彼女のボーカル音源が会場に鳴り響く。ヴォーカリストがいない状況をロックバンドとして一体どう補うのか?と、ライブを観る前は率直に不安を抱いたし、彼女が欠けている状態はもちろん、バンドとしての完全体では決してなかった。「本人映像をヴィジョンに投影するのだろうか?」などと演出の想像もしたのが、鈴華の居場所は概念としては“空席”のまま守られていた。鈴華のマイクスタンドの前に誰かが立つことはあっても、それは一時的なものに過ぎなかった。“7人しかステージにはいなくても、8人の心は共にあるのだ”と示すように。
「エゴロック」「グッバイ宣言」と、アルバム収録曲を連打。その楽曲の鈴華の歌声に、ユニゾンしたりハーモニーを奏でたりと、まずは町屋がボーカルを補っていく。曲の世界観を表すカラフルなアニメーションに重ね、LEDビジョンに投影される歌詞。文字は曲に合ったフォントが選ばれ、縦書きだったり横書きだったり、列が乱れてバラバラに散っていったりする一連の演出は、どこか動画投稿サイトを想起させる。ステージを観ているようで、パソコン画面の前にいるような錯覚に時折捉われた。しかしそれは目の前で繰り広げられている紛れもないリアルだということを、7人の姿、そこから放たれる熱量はまざまざと教えてくれた。
MCでは「デビュー8周年、ツアーファイナルでございます。一時はどうなることかと思いましたが……皆さんのおかげでここまで走ってこられました」「我々本来は8人バンドですけれども、(今日は)7人での公演になります。それぞれが100%以上の力を出しつつ、ファイナルなので、いいライブをつくるには皆さんの力が必要です」などと語り掛けた町屋。観客に対してメンバーは、「宮城県の方? 近隣二、三県の方? ちょっと時間を掛けて来たよっていう方?」(町屋)、「子どもたち~?」(蜷川)、「初めての方?」(黒流)など様々なパターンの呼び掛け、総力戦で“出席確認”を行なっていく。
四つ打ちで軽妙に始まる「Surges」は海の映像をバックに爽やかに送り届け、「天ノ弱」ではロックバンドらしい熱さ、疾走感をアピール。「8年も経っているとボカロのシーンも変化していて、『ボカロ三昧』の時よりも更に楽曲は速く、より難解になった印象があります」と続け、同様のコンセプトであっても必然的に内容が異なることを示唆した。町屋が速弾きを含む複雑なフレーズをギターで奏でながらボーカルを務め、加えて、手の振りも合間にしっかりと盛り込んでいたのは驚異的。これは町屋に限らずメンバー全員に言えることだが、メンバーは観客と頻繁にアイコンタクトをはかり、演奏の手をもちろん決して疎かにしないまま、合間に拳を突き上げて煽り、一体感を常に大切にしながらライブに向き合っている姿が印象的だった。その頻度や親密度は、中野サンプラザ公演時よりもグッと高くなっているように感じた。黒流は力強い和太鼓演奏に加え、ヘッドセットを装着し、観客の煽りや進行を担当。その全身全霊さによって、終盤にはすっかり声を枯らしてしまっていたほど。身を捧げてライブを盛り上げようとしているのが痛いほど伝わってきた。
『ボカロ三昧2』の収録曲は、CD・配信それぞれの限定曲含む13曲もれなく披露。ボカロカバーアルバム『ボカロ三昧』でデビューした彼らにとって、原点回帰とも言えるコンセプトだが、ボカロシーンは8年前にも増してBPMの高速化が進み、メロディーが激しく乱高下するなど、難易度も高い傾向があるという。それをただ機械的に再現するのではなく、原曲には含まれていない和楽器を使っていかに表現をするか?は、アレンジ面でも演奏面でも、メンバーの腕の見せ所になってくる。通常ロックバンドのライブでは目にすることのない楽器の数々を目にしたり、その音の響きを生で聴いたりするだけでも新鮮で、刺激的な体験だ。蜷川の背後には、ファイナルのこの日に1棹増えて、全8棹の三味線がラインナップ。KOGEI Nextとのコラボレーションで生まれたという、世界に一台だけの蜷川べに専用エレキ三味線“Lycoris”をツアーで初めてお披露目したのだが、漆塗りの赤いボディーは遠目にも艶やかに輝いていた。蜷川は和ロック中心だった『ボカロ三昧』と比べて『ボカロ三昧2』は、「デジタルな音が多くて」と振り返り、「それを和楽器でいかにして表現していくか? 元々の楽曲もリスペクトしつつ、ちゃんとしたものに仕上げていこう、というところで私たちも気合が入っていた」とのこと。そして必然的に「どんどん楽器が増えて行った」のだという。
『ボカロ三昧2』収録曲の中で1曲だけ、しっとりとした和の魅力を湛えたバラード曲「紅一葉」は、和楽器バンドを世に広く知らしめた『千本桜』の作者・黒うさPの手掛けるナンバー。青の世界に差し込む紫のピンスポットに照らされながら、いぶくろの雅やかな箏の音色から曲はスタート。今回は4面の箏(※合計でピアノの鍵盤数と同じ88弦)がステージ中央に並び、それだけでも壮観な眺めである。いぶくろは、4面の端から端まで動き回ったり大きく腕を伸ばしたりしながら、ダイナミックに、時に優雅に爪弾いていく。月が浮かぶ夜空を思わせる映像を背に、蜷川がセンターに立ちボーカルを披露。普段は、ボーカルは元より、コーラスもしない蜷川がメインボーカルをとることが大きな驚き。ファルセットを交えた艶やかな歌声に6人は寄り添うように音を重ねた。続く「アイデンティティ」では鈴華のボーカル音源の1オクターブ下を町屋が歌唱。ポップなメロディーラインとは裏腹に、山葵の屈強なキックが身体にビシビシと伝わってきて痛快だった。ダークはエレクトロサウンドが小気味よいSEから突入した「ナイト・オブ・ナイツ」は、町屋、亜沙、山葵の3人による切迫感に満ちたインストセッションに息を呑む。ポップと闇とを行き来するジェットコースターのような「ド屑」は、ポップな部分はオリジナルに忠実にキュートに、そして闇の領域には和楽器バンドらしさを炸裂させた。いぶくろの箏、蜷川の津軽三味線、神永の尺八、雷鳴のような黒流の和太鼓、極めつけは鈴華の伸びやかな節調(※詩吟の技法)が響き渡り、会場には異世界の濃密な気配が立ち上った。
「ファイナルですよ。めちゃくちゃ感慨深いです、ありがとうございます」と黒流はしみじみ語ると、「ボーカルのいないロックバンドのライブ、ツアーですよ。言葉にするとヤバいよね(笑)。それを皆さんに支えていただいて、この大変な時にパワーをいただきました。本当にありがとうございます」とコメント。ツアーを振り返り、メンバーとしばし想い出話に興じると、「ファイナルのこの仙台は、盛り上げて騒いで全部出し切って、日々のあれやこれやを全部ここで落としていってもらいたいと思います!」(黒流)と語り掛け、テンション高く煽って「ベノム」へ。ジャンプを繰り返すなど、神永は尺八を吹きながら身体を大胆に動かし、ステージを隅々まで勢いよく走り回って会場を大いに盛り上げた。「いーあるふぁんくらぶ」は、力強くキックを踏み続ける山葵が、中国語のなめらかな語りを披露。客席をTEAM黒流とTEAM山葵にエリアで分け、観客を巻き込んで黒流と打楽器対決を繰り広げる「ドラム和太鼓バトル~打演飛動~」ではパワフルなドラミングに加え、上着を脱ぎ捨て、鍛え上げた筋肉を見せつける一幕も。メンバー一人一人に主役となる見せ場があり、音楽と共にキャラクターも伝わってくる、総合的なエンターテインメントショウが繰り広げられていく。
再び蜷川が歌唱した「キメラ」は、1曲だけ撮影が許可され、ハッシュタグを付けたSNS投稿をOKに。ファンはうれしそうに一斉にスマートフォンを構え、ステージに向けた。高揚感の中雪崩れ込んだ「マーシャル・マキシマイザー」では、激しく髪を振り乱しながらベースを掻き鳴らす亜沙。熱狂の中、神永の尺八がそこはかとない哀愁を漂わせた。打ち上げ花火が映し出されるLEDスクリーンを背に本編を「Fire◎Flower」で締め括ると、オーディエンスは大きな熱い拍手を送った。
アンコールの「亜沙カメラ」コーナーでは、動画カメラ片手に独自のシュールな世界観を炸裂させる亜沙。かと思えば、MCでは「『ボーカルのいないライブをやりきれるのか?』って感じだったんですけど、皆さんの力を借りて、甘えさせていただいてやりきることができた」と真摯に感謝を述べ、自分たちのパフォーマンスは「皆さんがいてこそ完成するものだと思います」とファンを労った。その後、亜沙自身がボカロPとして生み出し今年10周年を迎える大ヒット曲「吉原ラメント」を自ら熱唱。蜷川もこの日ライブで初お披露目となった、世界で一番美しい津軽三味線“Lycoris”を弾きながら、センターへ歩み出て、町屋と背中合わせになってマイクを執った。亜沙がハイトーンで長く響かせたシャウトからは、言葉にならない想いが伝わってきた。
続くMCでは、コロナ禍で始めた“たる募金”プロジェクトについて、いぶくろが代表して解説。日本の伝統芸能文化をサポートするための寄付活動で、第四弾の今年は沖縄伝統文化・芸能への支援が決定。ロビーには、鈴華の私物である三線が展示されているとアナウンスした。終演後に展示エリアを訪れると、展幼い子どもが興味深そうに見入っている姿があり、この活動が未来への着実な種まきになっていることを実感した。
会場に拍手が鳴り響く中、ラストは彼らの代名詞でもあるボカロ曲「千本桜」を披露。蜷川が再びセンターに立ちボーカルを務め、黒流も大きく口を開けて口ずさみながら鮮やかなバチさばきで和太鼓を強打。もはや、全員が演奏を通じて“歌って”いた。怒涛の迫力で歌い奏でるステージ上の7人に負けず劣らず、客席でペンライトを振るファンの手の動きもパワフルで、強い想いがこもっているのが分かる。終盤で立ち上がり、渾身の力を込めてドラを鳴らす山葵。町屋、亜沙、神永、蜷川は目まぐるしく立ち位置を入れ替わり、華やかにステージング。かき回しの末に音を止めると、全員で前へ出て「ありがとうございました!」と声を揃え、深い礼をした。約2時間はあっという間に過ぎ去り、ツアーは幕を閉じた。
ボーカリストという、ロックバンドの顔がいないステージ。その埋めようのない絶対的な空白をどうにかして埋めようと全身全霊でパフォーマンスしていた7人の熱量は、想像以上に胸を打つものがあった。鈴華の戻って来る場所、“8人の和楽器バンド”の未来を守るために、7人は走り続けなければならなかった。ステージ上の7人だけでなく、それを応援し見守るファンと一緒に作りあげたライブ空間は、一生忘れられない光景となるだろう。困難に挑み、そして乗り越えた和楽器バンドはこれから益々強くなっていく――そう確信した仙台の一夜だった。
TEXT:大前多恵
PHOTO:KEIKO TANABE
◎公演情報
【ボカロ三昧2 大演奏会】
2022年11月25日(金)
宮城・トークネットホール仙台
<セットリスト>
00. Overture~ボカロ三昧2 大演奏会~
01. フォニイ
02. エゴロック
03. グッバイ宣言
04. Surges
05. 天ノ弱
06. 紅一葉
07. アイデンティティ
08. ナイト・オブ・ナイツ
09. ド屑
10. ベノム
11. いーあるふぁんくらぶ
12. ドラム和太鼓バトル ~打演飛動~
13. キメラ
14. マーシャルマキシマイザー
15. Fire◎Flower
<ENCORE>
亜沙カメラ
16. 吉原ラメント
17. 千本桜
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