2022/11/24
ソロ活動35周年を迎えた桑田佳祐が、ベスト・アルバム『いつも何処かで』をリリースした。
青春を振り返り、懐かしくあたたかい気持ちになれる「若い広場」で始まり、忘れえぬ恋心に思いを馳せて胸が締め付けられる「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)」へと続く冒頭。人生の甘酸っぱさもほろ苦さも、いつも桑田佳祐の歌と共にあった。そんな風に思えるオープニングで、早くも涙腺が緩んでしまった。
あのとき、あの場所で、あの人といたときに……。『いつも何処かで』を聴くと、タイトル通り“いつも何処かで”桑田佳祐の曲が流れていたことを思い出す。その思い出が、決して特別なシチュエーションではなく、ありふれた日常にあることが、ソロ・アーティストとしての桑田佳祐の特徴を物語っているように思う。自分の人生にピッタリと寄り添ってくれるようにそこにいる。ソロということもあり、サザンオールスターズのときよりも、もっとパーソナルな面が色濃く出ていて、より一層距離感の近さを感じることから、そんな印象を受けるのだろう。
少々自分語りになることをお許しいただきたいのだが、筆者が生まれて初めて生で観たロック・コンサートがKUWATA BANDだった。「BAN BAN BAN」も「MERRY X'MAS IN SUMMER」も、それまでテレビでもラジオでも聴いたことのない音楽に感じられた。“レゲエ”という音楽にそのとき初めて触れた。ライブでは洋楽ロックの名曲をとてつもなくハードなアレンジで聴かせていて度肝を抜かれた。続く1stソロアルバム『Keisuke Kuwata』を聴けば、「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」でモータウン的なポップスの魅力を知ることができたし、「誰かの風の跡」では大人になっていくことの喪失感と切なさを感じた。ティーンエイジャーだった自分の中にはなかった世界、音楽の楽しみ方や生きていく中で経験する様々な事柄を、ちょっとだけ不良っぽい従兄弟のお兄ちゃんが教えてくれるように、桑田佳祐が教えてくれた。
年齢を重ねてからも、桑田佳祐の歌声はいつもそばにあった。自分のために隣で歌ってくれているような親しみやすさのある「明日へのマーチ」、そっと心に入り込んでくることで自問自答しながら聴ける「明日晴れるかな」、1人ひとりに語り掛けながら、多くの人の気持ちを束ねて未来への希望を与えるスケールの大きな「SMILE~晴れ渡る空のように~」など、どんなときも前を向いて歩いて行こうと、優しく力強く背中を押してくれた。本当に、その歌声を聴かない年はない。桑田佳祐には、いつの時代も人々の暮らしと共に記憶に残っている曲がある。当たり前になってしまっているが、これってものすごいことだ。
新曲「なぎさホテル」も聴きどころだ。ベスト・アルバムに収録された楽曲を連想させるワードも歌詞に散りばめられていて、恋愛と喪失感をとても柔らかく歌った、どこか耳馴染みのあるメロディーだ。11月23日深夜に公開されたミュージック・ビデオも途中で差し込まれる8mmフィルム風の映像がノスタルジックな気分を掻き立てる。一聴して気が付いたことがある。所謂日本のポップスに於ける“耳馴染みのあるメロディー”、なぜか体に染み付いている心地よい旋律。これってみんな、桑田佳祐が長年作ってきたポップスの土壌の上にあるんじゃないだろうか。1978年にサザンでデビューして44年、1987年にソロ活動をスタートしてから35年。「好きだからやっている」。そんな言葉だけじゃ説明できない、ある種の使命感を持っていないと、ここまで長い間、人々の心をとらえて離さない歌を書き続けることなど不可能だ。きっと、いつの日からか桑田佳祐は、“大衆のためのメロディーメーカー・桑田佳祐”でありつづけることを引き受けたのだと思う。それは思うに、最初のソロ活動が契機になったのではないだろうか。サザンが90年代に入り活動を活発化して以降、国民的バンドとなっていけば行くほど、桑田佳祐自身のソロはより個人的な内面を吐露した曲が増えた気がする。そのことがなおさら聴く者の共感を得て、普遍的なポップソングになっている。
軽やかに力を与えてくれる新曲「平和の街」、これぞ真骨頂なソウルフルな歌謡ポップス「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」や「ダーリン」、カントリーフォーク「鏡」、美しいバラード「白い恋人達」など、多種多様な楽曲を歌い上げる卓越した歌唱力も忘れてはならない。年輪を重ねた穏やかな歌声も良いが、「NUMBER WONDA GIRL~恋するワンダ~」、「Yin Yang(イヤン)」で聴けるブルージーなシャウトも最高で、微塵も衰えることがないロックシンガーとしての魅力に溢れている。何度も聴いた曲でも、再生する度にたまらなくドキドキさせられるのだ。
いつも日常の中にあって、空気をそっと震わせながら胸に響く魂の歌声。このアルバムを聴いて、改めて思う。桑田佳祐というアーティストに、今まで私たちはどれだけ勇気づけられ、人生を豊かにしてもらっただろう。そして、数十年の時を経て今もなお生き生きとした歌声を聴ける私たちは、なんて幸運な時代に生きているのだろう。日本最高峰のメロディーメーカーで作詞家、最高にかっこいいシンガーが、“いつも何処かで”歌を届けてくれる幸福。音楽ファンとして、長年のリスナーとして、桑田佳祐に心から「ありがとう」と伝えたい。
Text by 岡本貴之
◎リリース情報
アルバム『いつも何処かで』
2022/11/23 RELEASE
<完全生産限定盤A(2CD+Special T-Shirt (S size))>
VIZL-2600 7,150円(tax in.)
<完全生産限定盤B(2CD+Special T-Shirt (M size))>
VIZL-2601 7,150円(tax in.)
<完全生産限定盤C(2CD+Special T-Shirt (L size))>
VIZL-2602 7,150円(tax in.)
<完全生産限定盤D(2CD+Special T-Shirt (XL size))>
VIZL-2603 7,150円(tax in.)
<通常盤(2CD)>
VICL-67200~67201 3,740円(tax in.)
関連記事
最新News
関連商品
アクセスランキング
インタビュー・タイムマシン
注目の画像