2022/10/24
水瀬いのりが10月1日、横浜アリーナにて【Inori Minase LIVE TOUR 2022 glow】神奈川公演を開催した。
今年7月、実に3年以上ぶりとなるアルバム『glow』をリリースした水瀬。2021年10月に開催されたライブツアー【Inori Minase LIVE TOUR 2021 HELLO HORIZON】にて、アルバム制作が進んでいるとその存在が明らかにされていたが、そもそもアニソン/声優音楽業界において、こうした制作過程の“進捗報告”がされること自体が稀なこと。それもあり、水瀬のファン以外からも事前の注目度が高かった一枚なわけだが、その期待に見事に応える楽曲揃いだった。
そんな2022年の声優音楽シーンを語る上で欠かせない快作を放っての今回のツアー。水瀬が横浜アリーナのステージに立つのは、今回が3度目である。とはいえ、引き続き歓声が制限される状況下ではあるものの、会場をフルキャパシティで使用するのは今回が初。彼女の新たな挑戦は、頼もしい楽曲から幕を開けた。
水瀬がステージに姿を現したのは、田淵智也が作詞作曲を務めた渾身の一曲「僕らだけの鼓動」から。<今日という1日が楽しみになる予感は絶対本当にさせるから>という歌詞の通り、この一夜が最高のパーティになることを約束する。水瀬の体温が伝うような歌声が、待ちに待ったライブが始まったことを、じっくり、丁寧に実感させる時間が流れていた。
そこからの「Step Up!」は、曲中のカウントアップが楽しい一曲。「僕らだけの鼓動」とは一転して、水瀬の特徴でもある、ナチュラルオートチューンが掛かったような歌声が一気に解き放たれる。些細な部分にもビブラートを施し、フレーズ終わりもぶつりと切らず、伸ばすように歌うのはそう簡単にはできないところ。数年前の彼女は有り余る才能を制御しきれず、いわば声が暴れている印象さえあったが、いまではもう歌声を意のままに操り、完全に自分の表現にしきっていた。むしろ、水瀬から放たれたエネルギーが生命を持つように、会場中を駆け巡っていたイメージさえある。それこそ、まっすぐに、トウメイに。
そのほか衣装については詳しく後述するとして、本記事に添付されている写真を参照してもらえばわかるだろうが、当日はステージ上に大規模でのセットも。いまや、声優アーティストとして名実ともに押しも押されぬ存在となった水瀬だが、彼女がそう評価される理由をライブ序盤の時点で早くも知らしめられた。あまり気安く大業な言葉を並べるものではないが、彼女に限っては“トップシンガー”だと断言しても申し分がないと思える。
とはいえ、あくまで本人にとっては、横浜アリーナ規模でのライブが夢のようだという。満員のアリーナの光景があまりに圧巻だったのか「本当に……改めて見てもとても大きい会場だし、ありえないくらいに人がいっぱいいて」「皆さん一人一人の、“生命”がなければここは埋まらないというか」と、いつもながらのざっくばらんな話し方と独特な切り口の言葉選びで、笑い声を出せないファンの腹筋をいじめてくる。
あわせて、MCの話題繋がりでいえば、今回はなんと全5着もの衣装が用意されていたのだが、衣装チェンジのたびにある程度の時間を設けて、自身の推しポイントを紹介している場面もまた印象的だった。ライブ全体を通して、時にキュートに、時にはシックに装いが切り替わるのもとても新鮮で、なんでも水瀬曰く、3着目のシックなジャケットとチュールの衣装には、各地で「一番好評だったかも」とのこと。
そのなかで、筆者として特に心を惹かれたのが、2着目の衣装。赤と白を基調とした太めボーダーのチュールスカートと、オフショルダーのブラウス。パリのシャンゼリゼ通り、あるいはマルセイユのカヌビエール通りか。その場に立つだけで、背景がフランスになる美少女が、そこにはいた。水瀬本人としては「夏を忘れられない乙女」の気分になる衣装だという。
そんな最高の衣装とともに、アルバム『glow』でも屈指の最高楽曲こと「We Are The Music」を6曲目にドロップ。TAKU INOUE謹製のドリーム感あるトラックの上で、心地よいライムを踏んだり、大サビでファルセットを響かせたり。最後にはドラムのリズムに合わせてマイクを持つ腕を大きく4回振り、身体にグルーブを刻み込むような姿も。会場を代表して、誰よりも音楽に身を委ねる。タイトル通り、我々の目の前に広がっていたのは、“We Are The Music”な光景そのものだった。
続く「Melty night」では一気にジャジーなムードにスイッチ。ステージ上手奥に移動すると、夜の寝室を思わせるような空間で、“この夜をまだ終わらせたくない”と一人、大切な人への想いに耽る。<切なくて熱くて 溶けてしまうよな この温度を>とは、この楽曲を象徴するワンフレーズ。最後にはフェイクやスキャットを織り交ぜながら、しゅわしゅわと弾ける泡のように、水瀬の歌声もムーディに溶けていった。ちなみにこの楽曲で、水瀬にナイトランプの紐を指でつついて戯れさせるという演出を考えた人、天才だと思う。
ライブも後半を迎える頃には、水瀬がこのライブに懸けた真意も徐々に輪郭を帯びて見えるようになってきた。水瀬の音楽活動を“担える”スーパーロックチューン「僕らは今」を経ての16曲目「心つかまえて」は、一言で言えばナチュラルさそのものを表現するかのようだった。そこで歌われたのは、あえて装飾をしない水瀬の本心だ。
ここでアルバム『glow』について改めて触れておくと、彼女は同作において、コロナ禍を通して感じた“当たり前の尊さ”を描いた。この日の冒頭に披露された「僕らだけの鼓動」にまでふと立ち帰り、本稿の冒頭に記したような歌詞に想いを巡らせてみて、水瀬のライブを生で観られているこの瞬間の奇跡や約束が、本当に貴重なものだと実感させられた。
また、アルバム内で統一した穏やかな曲調は、水瀬の趣向を反映したものだというが、それは本人の“やりたいこと”をスタッフと共に具現化する力の向上、さらには人間としての精神性の成熟があってのことだろう。そうした恩恵から生まれたスロウ~ミドルテンポの曲調が、観客側にも各々の考えを巡らせるだけの想像の隙間……いわば、ライブを楽しみながらの“思考の余裕”を与えている気がした。筆者が前述の通り、ライブ中ながらも「僕らだけの鼓動」から始まるこの日の流れを振り返るに至ったのも、そのためだと考えている。『glow』で表現されたような“当たり前の尊さ”について、本当に自然な流れから思考する時間になったのだ。
次曲「ココロソマリ」やライブタイトルにも掲げられている「glow」を歌い終えて、この日のライブはダブルアンコールまでに。アンコールでは「今を僕らしく生きてくために」「コイセヨオトメ」が約3年ぶりに披露されるなど語り草は尽きないのだが、ダブルアンコールにおける極め付けの「harmony ribbon」では、水瀬が少し涙混じりの声で、この日のフィナーレを高らかに飾る。歌唱後も名残惜しみながら、ステージを練り歩いてファンへの感謝を届けた。
もしかするとこれからもまた、悲しくなるようなニュースに心を塞ぎ込みたくなるかもしれない。それでも、水瀬はそのたびに<明けない夜などない>と、我々の心を優しく包み込んでくれるはず。だからこそ、僕らもそんな<当たり前すぎる運命を真面目に愛してゆこう>。そう思わされる一夜だった。
Text by 一条皓太
Photo by 加藤アラタ/三浦一喜
◎公演情報
【Inori Minase LIVE TOUR 2022 glow】
2022年10月1日(土)
神奈川・横浜アリーナ
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