2022/06/03
頃は室町――謎に包まれたアーティスト「犬王」と、彼の音楽を広めるために結成された盲目の琵琶法師・友有率いるロックバンド友有座。
それぞれが披露する前代未聞のライブパフォーマンスと能×ロックというアヴァンギャルドな音楽は聴衆を壮大なロックオペラのような音楽世界に否応無しに引き込み、都を中心に前代未聞の狂騒を巻き起こしている。
今回はその熱狂を肌で体感した室町時代の聴衆の証言を紹介する。
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なあ、あんたは見たことあるかい? ねえなら早く町に出な。場所? わかんなくたって問題ねえ。友有座の音は遠くからだってちゃんと届くんだ。
猿楽ってのはお上品でお高くとまってて、教養だのなんだのが無いと肩身が狭い。ああ、ああ、嫌いじゃないんだ俺も。鼓や琵琶が初めはそよ風みてえにフワッと重なって、段々と形を成して、シテの静かな筈の足の運びがタアン、タアンと舞台で脈打って、弦の震えや連なりが体を撫ぜて。その時“息を止めて目を見開いている俺”を感じるのは嫌いじゃないよ、むしろ好きさ。
だけど、だけどよ! 友有座はすげえぜ! 真逆なんだ、俺の知ってる猿楽とさ! あんなの今までどこに潜って燻ってたのかとんとわからねえ。誰の目論見で隠されてたのかと思って琵琶法師に訊いてみたけどよ、よくよく考えなくてもあいつら目が見えねえんだ。だから探って、拾い集めて、自分たちで作り上げたんだと。
まず格好がいい! トンチキで歌舞いてる。いや、そこがいいんだって! 真ん中張ってる琵琶法師は友有っていうんだけどよ、女みてえな長髪でーー今まで暗あいとこで延々バチ弾いていたんだろうなあ。そりゃ目が見えねえんだから灯りなんていらねえよーー、女みてえに生っ白い肌をして、遊女みてえに化粧して飾り立てて。でも体つきは逞しいんだ。知ってるも何も、裸同然のままで立ってんのよ。あばらの影の裏側にしなやかな筋肉がついているのがありありと伝わるんだ。女どもがキャアキャアうるせえのなんの。
舞台? そんなもんねえよ。いや、あることはあるが無いも同然よ。四条大橋の天辺にさ、琵琶法師がいて、平太鼓がいて、火を吹く大男がいて……なんで火を吹くかって、そりゃ見てみねえとわかんねえよ。とにかく、とにかくだ、俺たちの前に手を繋いだ黒子がいて、そいつらが境目の代わりなのよ。
なあ、そいつらがさ、こう、俺たちの目の前で頭揺さぶって、体をそらして、腕を振り上げて、力の限りに落とす! 叩く! 弦を! 太鼓を! びいんびいん、だあんだあんって! わかるか? “体を撫ぜる”なんてもんじゃあねえ、あいつらの音が俺たちの肉に、骨に、手に、足に、髪に、耳に食らい付いて”こっち来い、お前も踊れ”って揺さぶるんだ! 白濁した目ん玉見開いて、糸引く口をグワアって開けて、叫んでんのか吠えてんのかわかんねえ。
でもわかる、わかるよ。あいつらが物語を歌ってる、紡いでるってのは。それがきっと悲しい、虚しい、暗いもんだってのも。だから首根っこ掴まれてバチで筋を弾かれてるんじゃねえかってくらい響くんだ。それは他の誰かの話であって、俺たちの今でもあるんだ。一寸先は闇って言うだろ、だからこっから先もそうかもしれねえ。それを掬い上げて、どんな鍛冶屋も敵わねえくらい燃え盛る熱いもんにしてくれるんだ。
型なんてねえよ。ねえことはねえんだろうけど、俺だって猿楽の型なんてろくすっぽ知らねえ。でもあいつらのは見たことがねえ。新しい。すばしっこくて鋭くて強くて艶やか鮮やかで……気がついたら男も女も子供も爺婆も目をキラキラさして汗だくになって笑ってるんだ。ほらあの、右膝したプッツリいっちまったあいついるだろ? あいつまで両脇に挟んだ棒を、こう、交互にトンテントンテンやって踊ってるんだ。すげえよな。演者と俺たちと、俺たちの誰をも区別しねえんだ。
忘れちゃいけねえのが犬王よ。これがシテになるんだろうな。ほら、何年か前にいただろ、瓢箪の仮面かぶった化物が。四つ足だか二つ足だかもわかんねえあいつ。何がおかしいんだかケラケラケラケラけたたましい笑い声上げて、つむじ風みてえに町中駆け回って、女子供はかわいそうにおっかなびっくり慄いて座り込んで動けやしなくって。
関係ねえよ、仮面を被ってるんだから。どこに目鼻と口があって、鱗だのトサカだの牙だのがあるかなんてこっちにはわかりゃしねえさ。醜いもんは蓋をすりゃそれでおしまいだ。
でもよ、ひとたび舞を始めたらどんな面構えなんてどうでも良くなるんだ。あいつが友有の琵琶にあわせて歌い、踊り出しだら、目がいくつあっても足らねえよ。河原乞食なんて言うけどよ、あいつが立つ舞台は河原の上に板を敷いて、後ろの幕にチグハグでつぎはぎの衣で象ったバカでかい“犬王”の歪な二文字だけだ。
だけどよ、足捌き一つ見るだけで息を飲んで、そのお粗末さを笑えなくなるんだ。踵までぺたりとついてる瞬間なんてありゃしねえ。つま先が降り注ぐ雨霰のように忙しなく……しゃかしゃか、じゃねえな、ひらひら、でもない。とち狂ってるとしか言えねえ速さでさ、ある時は真っ直ぐに、ある時は枝垂れ柳よりも滑らかに撓んで……あのとどこから集めてきたかもわからねえ板を“打つ”か“射る”か……とにかく人間業じゃねえよ。
手がな、また人間のもんじゃねえんだ。指が異様に長くて細くて、ひょっとしたら神様仏様の手はああじゃねえかって思わせるんだ。本当に俺たちみてえな者にも情けをかけてくれるんだったら、あんな風じゃねえのかって。
あの手がよ、蕾が膨らんで花が開くみてえに、雷が落ちて根っこを焦がすみてえに化けるんだ! 一つとして同じ動きはねえ、同じ振りも芝居もねえ。だから片時も目を離せねえんだ
それでよ、これがまた憎たらしくてな、俺たちを「拳を突き上げろ!」「手を叩け!」って煽るんだ! 猿楽の一座を名乗ってるんだぜ? 楽器もシテも十二分に揃ってるのにまだ足りねえとぬかしやがる。でもよ、誰も首を傾げねえし、しらけて尻を向けようともしねえ。河原の上で拳を突き上げて、太鼓の音に合わせたりちょいとずらして手拍子打って、それでもまだまだと足踏みまでやり出す俺たちは、橋の上を行き交う連中にはどう見えてるんだろうな? 腕の藻屑が波間を漂っているのか? 彼岸花が此岸への未練たらたらに綻んでいるのか?
そんなこたあどうでもいいさ! 俺たちは愉快で痛快で爽快で仕方ないんだ! 俺たちは許されてる! 字が読めなくたって、平家の壇ノ浦がどうたらこうたらなんて知らなくたって、帝がどれだけお偉いもんだなんてわからなくたっていいんだって、「お前たちは私たちと共にここにある」って入れてくれるんだ! 誰一人としてつまはじきになんかされやしねえ、取りこぼされたりしやしねえ。
犬王の声を聴けばわかるさ。男と女、子供と老人の狭間のぶっとくて深くて長い海の間を悠々と泳ぐんだ。
友有の琵琶を聴けばわかるさ。その声を弾き上げて空に弾き上げちまうんだ。
なあ、ぐずぐずしねえで早く行けよ! もう始まってるぞ! あんたの耳にも聴こえてんだろ!さあ、見届けに行こうぜ!!
証言:町田ノイズ
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このライブを全編にわたって体感できる映画『犬王』は現在、全国の映画館で公開中。犬王と友魚、彼らの生み出す未体験の狂騒をぜひ劇場で見届けてほしい。
https://www.youtube.com/embed/R8L_HgB0H8c
◎映画情報
『犬王』
絶賛公開中
監督:湯浅政明
脚本:野木亜紀子
キャラクター原案:松本大洋
音楽:大友良英
原作:古川日出男『平家物語 犬王の巻』(河出文庫刊)
アニメーション制作:サイエンスSARU
声の出演:
アヴちゃん(女王蜂) 森山未來
柄本佑
津田健次郎
松重豊
配給:アニプレックス、アスミック・エース
公式サイト
https://inuoh-anime.com/
公式Twitter
@inuoh_anime
(C)2021 “INU-OH” Film Partners
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