2022/05/09 20:00
笑って、泣いて、感情が忙しい。斉藤朱夏が4月24日、東京・豊洲PITにて開催した【朱演2022 LIVE HOUSE TOUR「はじまりのサイン」】は、表情豊かで知られる彼女の心の動きが、音楽を通しても情緒豊かに伝わってくる空間だった。斉藤が今回のライブで示した“はじまりのサイン”と、その先に見据える未来予想図に描くものとは。本稿では夜公演の模様を振り返りたい。
ライブは、アッパー・ロック・チューン「ゼンシンゼンレイ」で堂々と開幕。会場に一足早い真夏を運んでくると、151センチの小柄な体格にこそいくらか大きく思える、ライブ・タイトルをのせたフラッグを肩に担ぎ、本日の主人公が登場。間奏では「騒げー!」とフロアを煽りつつ、華麗なステップでお立ち台を何度もターンする姿は、会場の誰よりも高い熱量を示していた。歌唱中、そのテンションにつられて思わずキーが上がりすぎ、慌ててアクセルを緩める姿にさえ彼女らしさを感じてしまう。
原曲に比べて、さらにネオソウル/ファンクチックな方向性で披露したのは、名曲「恋のルーレット」。しっとりかつアーバンなサウンドと、普段の凛とした響きよりも、むしろほろっと柔らかな輪郭を持つ斉藤の歌声が好相性を発揮する。歌うは、あと一歩を踏み出せない、いたいけな女子の恋心。やるせなさのあまり、まるで自宅で顔をクッションに埋めるように、ほとんど吐息に近い発声での<言えやしないよ バカ>で、恋の切なさを表現していく。歌い終わり、背中越しに振り向くところまで、完璧なキュートさだった。
ここまで5曲連続で歌い上げたところで、この日のハイライトといえる「ことばの魔法」を披露。なかでもサビの<僕たちは何度でも 僕たちは何度でも/呪文を唱えるみたいに言葉を交わす>から、フロアの空気をぐっと引き寄せていく様は圧巻の一言だった。歌詞の感情に合わせて浅くしゃがんだり、大きく天を仰いだり、時には自分自身を抱きしめるような身振り手振りだったり。歌声の強弱だけでは表現できないほど想いが乗った表現が心に迫ってくる。それでいて、あれほど体を大きく振り、揺らしながらも「なぜそのタイミングで、それほど綺麗なビブラートを出せるのか?」と疑問にさせられるほど、斉藤のボーカルとしてのテクニカルな成長さえ感じられたことも付け加えておきたい。
体が動けば、心も動く。次曲「セカイノハテ」で、斉藤はもうほとんど涙声混じりだった。歌い出しは、ピアノ一本弾きといいつつ、アカペラに近いもの。エモーショナルが完全に振り切っている。前述した、しなやかでダイナミックな体の使い方と、ボーカルとして磨きをかけた表現力。歌唱後しばらくのあいだ、フロアの拍手が鳴り止まなかったのは、ファンが目の前の光景に思わず呆然としてしまった意味もあるのだろう。現時点での7曲だけでも、斉藤が更新した自分自身の“セカイノハテ”をありありと見せてくれた。
それでも直後には「もっと遊ばない?」「今日の朱夏はほしがりなんです」と、いつものケロッとした“朱夏スマイル”で、子どものように無邪気な問いかけをするあたりまで、どこまでも斉藤朱夏だ。彼女のことは、アーティストのなかでもライブ・アーティスト……というより、もう“アスリート”と呼んだほうがよいだろうか。
ところで気になったのが、今回のライブ・タイトルである“はじまりのサイン”。ズバリ、これはなんだったのか? ライブ中にピースを見せ合うなど、ファンと彼女のあいだでのハンドサイン。MCの内容からも、そう考えるのが最も妥当だった。ここで頭をよぎったのが、「セカイノハテ」に登場する<君が君を信じたそのときがはじまり>というフレーズである。
斉藤のアーティスト活動は、およそ2年目あたりまで、彼女が自身の心の鎧を剥がしていくことにひとつの意義を見出していた。そして以降の現在まで、今度はファンが自身の活動に生きる理由さえ見出してほしいという、アーティストとしての自信があることを前提としたフェーズに入っていると思っている。さらに、今回は2021年8月開催の【朱演2021 LIVE HOUSE TOUR「真夏のハイウェイ」】から8か月ぶりのライブツアー。なるほど、この“はじまり”には前述の歌詞の通り、斉藤が自分で自分を信じられたという意味があるのかもしれないと、自分なりの解釈を見つけようとしていた。
……のだが、次の瞬間、「ここにいるキミに、新曲を届けたいと思うんだけど。聴いてくれる?」「あぁ、胸がいっぱいだ」と、ステージから思わぬ言葉が。斉藤朱夏はいつも、我々の予想の斜め上で笑っている。なんと、未公開の新曲タイトル「はじまりのサイン」を密かに先出しする形で、このツアーのテーマに掲げていたのだ。詳細こそ下記参考をご覧いただきたいが、はじまりのサインとは、“僕”と“キミ”が何気なく笑い合うなかで生まれるもの。まるでこの会場の光景そのものを描いているかのようだ。既発曲「くつひも」や「ひまわり」の系譜にあるような王道ポップスのサウンドが、彼女の優しい歌声に重ね合わさる(参考:斉藤朱夏 STAFF Twitter)。
また「正直、壁ばかりだと、あぁなんかもう嫌だなって思う瞬間とかたくさんあるけど、その先の最高な景色が見たいがために、その景色が一瞬だとしてもキミと見たいがために、私は走っているし、キミもきっと走っていると思うの。嫌なことたくさんあるよね。でもそれが人生だなって」とは、歌唱前の斉藤の言葉だ。
前述の「ことばの魔法」披露前の「言葉ってこんなに大切なんだよとか、今しか言えないことってたくさんあるんだよって。今、この話をしているのも、今しか喋れないことだと思うから、それを受け取ってくれるキミがいることが本当にうれしい」というコメントを含めて、今回のライブはMCの中に、次の歌唱曲のキーワードが散りばめられるなど、楽曲へとつながるシームレスな流れが見事だったことが特筆すべき点に挙げられる。同MCの内容通り、彼女が声優として言葉を大切にしているスタンスも伝わるし、何よりボーカルとダンス以外の側面においても、楽曲のスケールを引き出すのが本当に巧みだと実感させられた。
本編終盤、「もう無理、でも走る」で体の底からパワーがみなぎるかのように、お立ち台で何度も地面を踏み鳴らすと、アンコールの「止まらないで」「ヒーローになりたかった」まで一気に駆け抜ける。その勢いは、斉藤のこんな言葉にも象徴されていた。「止まりたくない」。2020年はコロナ禍に入り、デビュー間もないにも関わらず、活動の兆しが見えなかった彼女。これまでにも、当時を振り返ると本当に無力感で仕方がなかったと何度も語っていただけに、今後の活動に対して並々ならぬ覚悟を持っているのだろう。
その熱意は、次の約束へと大いに映し出されていた。この日の最後に発表されたのは、今年8月より全国10か所を巡る自身最多公演数&最長ツアー【朱演2022 LIVE HOUSE TOUR「キミとはだしの青春」】の開催である。2021年12月に開催した【朱演2021「つぎはぎのステージ」】も、ホール規模でのステージングを楽しめたが、斉藤なりの全身を使った音楽の“遊び方”は、フロアと目線や距離感が近いライブハウスでこそ大いに活きるもの。だからこそ、なんたる朗報だろうと思わず歓喜せざるを得なかった。
この人は止まらないのではない。もう誰にも止められないのだ。きっと、時には挫けそうな場面にも遭遇することだろう。だが、斉藤が次の場所へとひたすらに進み続けているから、彼女の上の意地悪な通り雨は止まないのである。2022年4月24日、東京、斉藤朱夏から次のツアーへの招待状……いや、忘れられないひと夏の“青春”へとつながる、“はじまりのサイン”を受け取った。
Text by 一条皓太
Photo by Viola Kam[V'z Twinkle]
◎公演情報
【朱演2022 LIVE HOUSE TOUR「はじまりのサイン」】
2022年4月24日(日)
東京・豊洲PIT
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