2022/03/29 18:00
キャリアをスタートさせた初のミックステープ『スタンプ・オブ・アプルーバル』から15年、バッド・ボーイ/インタースコープからディディのプロデュースで完成させたデビュー・アルバム『レース・アップ』のリリースからは、今年で10周年を迎えるマシン・ガン・ケリー。16歳だった当時は“米オハイオ州クリーブランド出身のラッパー”という肩書きが記されていた彼も、今は俳優、ソングライター、そして“ラッパー”の垣根を超えて数々の名作を世に送り出し、来月には32歳になる。
その『レース・アップ』は著名アーティスト等の後押しもあり、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では4位に、処女作にしていきなりTOP5入りを果たすと、2015年の2ndアルバム『ジェネラル・アドミッション』も同4位、2017年の3rdアルバム『ブルーム』が8位、2019年の4thアルバム『ホテル・ディアブロ』が5位に、4作連続でTOP10にランクインさせ、2020年リリースの前作『ティケッツ・トゥ・マイ・ダウンフォール』で、自身初のNo.1を獲得した。
ヒップホップ・アルバムではなく、意外にも“パンク・ロック”に転身した『ティケッツ・トゥ・マイ・ダウンフォール』で初の全米1位を記録という成功事例から、約1年半を経て完成させた本作『メインストリーム・セルアウト』でもその延長線にあるサウンド・プロダクションを展開。メイン・プロデューサーも、前作に引き続きブリンク182のドラマー=トラヴィス・バーカーが担当している。
『ティケッツ・トゥ・マイ・ダウンフォール』の成功にはいくつかの要因が挙げられる。まず、同20年に全米・全英チャートで首位を獲得した24kゴールデンの「ムードfeat.イアン・ディオール」や、ザ・キッド・ラロイのデビュー作『ファック・ラヴ』など、ラッパーにカテゴライズされるアーティストがロックを取り入れた作品で大ヒットさせたこと。ヒップホップのみならず、昨今はジャンルの垣根があるようでない“自由度”が高まっている傾向にあり、現在各国のチャートで上位にランクインしているグラス・アニマルズの「ヒート・ウェイヴス」も、ロック・バンドがヒップホップ的なアプローチをして多くのファンを獲得した。
ロックやパンクにラップを取り入れるスタイルは、リンプ・ビズキットやコーン等がミレニアム前後にミクスチャー・ブームを起こし、世界中のやんちゃな男子たちを虜にした。ちょっと早熟だが、10代前半ならマシン・ガン・ケリーもその世代にあたる。ヒップホップとして影響を受けたアーティストには、リュダクリス、エミネム、DMXの名前を挙げているが、前作~本作でのアプローチからすると、思春期にハマっていたのが“どっぷりヒップホップ”だけだったとは思えない。それは、自身の容姿にも表れていた……ような。
そんな輝かしい功績を残した『ティケッツ・トゥ・マイ・ダウンフォール』にも、批判的な声は当然ある。中には「成功は優秀なマーケティング・チームのおかげ」、「音楽的な才能は必要としない」と物言いしたものもあった。新作『メインストリーム・セルアウト』は、そんな評価を下すメディアやSNSの投稿に対しての反撃をテーマにした曲が多くみられる。カバー・アートで投げつけられているエレクトリック・ピンクのトマトも、バッシングの数々を(無視して演奏を続けている)ように思える。
タイトル曲で吐き出した「何のために悪魔に魂を売った?」というメッセージは、そんなメディアに対しての皮肉とも、自分自身への戒めともとれる。結婚を控えているミーガン・フォックスが、曲間で「ギターを弾くのも好き?」とつぶやく演出もしかり。そんな歌詞とは対照にカラっとしたサウンドで吹っ切っているあたりが、またマシン・ガン・ケリーらしい。同曲をはじめ、本作では音楽に対する想いや情熱、心の闇や葛藤、ドラッグにまつわる彼是までを“らしく”オープンにしている。
パンクからヒップホップ、またパンクへ展開するオープニング曲「ボーン・ウィズ・ホーンズ」では疎外感を、00年代のポップ・パンクを彷彿させる「ゴッド・セイヴ・ミー」ではメンタル・ヘルスや薬物についてをと、サウンドの軽快さとはウラハラにその内容は冒頭から“濃い”。3曲目の「メイビー」は、ブリング・ミー・ザ・ホライズンをフィーチャーしたキラー・チューン。彼らの音楽に精通する疾走感、破壊力たっぷりのギター・リフもさることながら、温度差を感じさせないマシン・ガン・ケリーのボーカルにもご注目いただきたい。
ブリング・ミー・ザ・ホライズンとのコラボは良い意味で予想通りだが、リル・ウェインをゲストに招いた次曲「ドラッグ・ディーラー」は、ヒップホップ的アプローチはほぼ皆無……という意外性に、初聴若干の違和感も。とはいえ、到底フィットしそうにないポップなバンド・サウンドにも馴染ませるリル・ウェインのアプローチは見事で、両者の相性も聴く毎に馴染んでいく。いうまでもなく「麻薬の売人」をテーマにした曲だが、その主役が女の子というところにこの曲の意義が込められている。
一方、リル・ウェインとコラボレーションしたもう一曲の「ay! 」は、独創的なメロディとトラップを注入したトラックが昨今のエモ的なヒップホップらしく、両者のクールなパフォーマンスもラッパー“らしい”といえる。同曲ではネットのアンチ・コメントに触れ、それをある種前向きにとらえたミュージシャンとしての“高み”に繋げた。本作で最もヒップホップ的アプローチが強いのが、ガンナとヤング・サグをフィーチャーした「ダイ・イン・カリフォルニア」。トラップとロックを絶妙にブレンドしたサウンドに、彼らのラップ&ボーカルを絡ませた意欲作で、往年のファンにとっては“待ちに待った”というところだろう。
ラッパーが参加した楽曲では、前述の「ムード」でブレイクしたイアン・ディオールとの「フェイク・ラヴ・ドント・ラスト」もある。この曲も「ムード」同様、ヒップホップというよりはポップ色強めのラップ・ロックで、ジャンルを問わず多くのリスナーに支持されるであろう聴き易さが魅力。なお、両者は以前トラヴィス・バーカーを加えた「シック・アンド・タイアード」(2020年)、そして今年1月に発表した「スルー・イット・ワズ」でもコラボレーションしていて、この「フェイク・ラヴ・ドント・ラスト」はその2曲の良いところを抽出したような充実ぶりとなっている。
ラッパー/R&Bシンガーのブラックベアーを起用した「メイク・アップ・セックス」も好曲だが、ゲスト・クレジットのあるタイトルで最も華と人気を添えたのが、何かと話題のウィル・スミスを父に持つウィローとの「エモ・ガール」だろう。ファッション・センスにも通ずる色気と攻撃性を兼ね備えたウィローの個性あるボーカル、少々“粗い”歌詞の世界観いずれも絶大なインパクトがあり、一度聴いたら病み付きになる有益な反応を引き起こす。ライブが開催されれば、ステージでも特に映えるだろう。
ゲスト不在のタイトルも無論すばらしく、米カリフォルニア州福祉施設法典(WIC)5150をタイトルにしたブリンク182路線の「5150」、上手い具合にラップを絡めたクリスチャン・ロック風のミディアム「ペーパーカッツ」、"超高速"2ビートでパンク・キッズの心を揺さぶる「WW4」、かつてのメロコアに回帰した「シド&ナンシー」など、感情的な深みを綴った傑作が目白押し。最終トラックの「ツイン・フレイム」は、シンプルで力強い旋律の60年代風フォーク~エレキが炸裂するロック・インストゥルメンタルに移行する大作で、悲し気なリフレインがすばらしい“終わり”を演出した。
前作~今作で、ポップ・パンクの全く新しい時代を切り開いたマシン・ガン・ケリー。たしかに、続編というのは(いずれの作品も)創造性は足りなかったり物足りなさも否めないが、細かい論点はさておき、単純に“音を楽しむ”という意味では全体的に明るいムードの聴きやすい作品に仕上がっている。そういった意味では、歌詞をシンプルにしたのも良かっただろう。今後、同じような作風を貫くのか、ヒップホップに回帰するかは読めないが、いずれにしてもマーケティングを意識しつつ自身のやりたいことを貫くスタイルに変わりはなさそうだ。
以前、 日本を代表する某有名アーティストが「評論家は一生懸命音楽を作っている過程も知らず、好き勝手言うから大嫌い」とコメントしていたが、たしかにその努力や要した時間を躊躇なく「駄作」とぶった切るのは如何なものかと、このアルバムからはそういった学びもあった。そんな彼の思い、訴えが、世界中のアンチに届けばいいのだが……。
Text: 本家 一成
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