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2022/03/16

『フー・ケアーズ?』レックス・オレンジ・カウンティ(Album Review)

 1998年生まれ、英イングランド・ハンプシャー州出身のレックス・オレンジ・カウンティ(本名アレックス・オコナー)。2015年に自主制作でリリースした1stアルバム『ビコーズ・ユー・ウィル・ネバー・ビー・フリー』、2017年に米ビルボード・ヒートシーカーズ・チャートで最高2位をマークした2ndアルバム『アプリコット・プリンセス』、そして2019年にはUKアルバム・チャートで5位、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では3位を記録した『ポニー』の3枚を世に送り出し、ゴールド~プラチナに認定されたヒット・シングルもいくつか輩出した、まさに「これからの活躍が期待されるアーティスト」の代表格。

 本作『フー・ケアーズ?』は、その大成功を収めた『ポニー』から約2年振り、4作目のスタジオ・アルバムで、ソニー傘下のRCAレコード移籍後としては2作目の作品。全曲をレックス自身が制作し、トータル・プロデュースを2017年に米オルタナティブ・エアプレイ・チャートで27位、アダルト・オルタナティブ・エアプレイ・チャートでは24位まで上昇した「ラヴィング・イズ・イージー」のパートナー=ベニー・シングスが務めている。ウーター・ヘメルやジョヴァンカ直系の「シェイド」や「メイキング・タイム」など、北欧流の洒落たポップ・ミュージックからおおよそ予測できるほど、ベニー色は濃い。国内盤のボーナス・トラックには、「メイキング・タイム」のオルタナティブ・バージョンも収録される。

 スウェディッシュ・ポップ~ブリティッシュ、ロック、R&B、ヒップホップにジャズ、ソウルにブルース、さらにはクラシックまで、ジャンルをクロスオーバーして網羅するレックス・オレンジ・カウンティの世界観。そのスタイルは前作からブレることなく引き継がれ、より統一性と深み、自由度が増したように感じる。また、愛や信じることの大切さ、小さな喜びなど、実体験と時世を鑑みた思いの丈が、音楽からもひしひしと伝わってきた。自分が感じたことを多くの人に伝え、共感してもらえるのは、彼のような芯の強いアーティストの強みといえる。

 前述の「シェイド」や「メイキング・タイム」もそうだが、ほとんどの曲に共通しているのがそういった“ポジティブ”な感覚と、弦やピアノによるクラシカルなサウンド・プロダクション。アルバムの一曲目を飾る「キープ・イット・アップ」なんかは、パッヘルベルやバッハのバロック・スタイルをまんま引用したような印象すら受ける。旋律の美しさ、演奏とのバランスも絶妙で、米オルタナティブ・エアプレイ・チャートで20位のヒットを記録したのも納得の逸品。

 同様にタイトル曲「フー・ケアーズ?」もクラシックの要素が強く、どちらもオープニングとエンディングに配置されただけのインパクトを備えている。この曲はメッセージ性も強く、「恐怖の中で生きる意味はない」~「幸せになりたい?どうなりたい?」と問いかけながら希望を見出していく歌詞が、(スウィートボックス風の)柔らかなリズム&メロウにフィットした。「キープ・イット・アップ」も、倦怠感や鬱憤を吐き出して“受け入れる”姿勢をみせたポジティブな曲。

 クラシックもそうだが、いわゆるヴィンテージ・ソウル的な要素も満載。中でもタイラー・ザ・クリエイターと再タッグを組んだ「オープン・ア・ウインドウ」は、ニュー・ソウル時代を彷彿させるベース、ルーズなドラム・ループ、ジャズを絡めたピアノの演奏が“70年代風”を醸す傑作。タイラーのラップも絡みが良く、前回のコラボレーション「フォワード」(2017年)に匹敵する出来高と評価するファンも多いはず。心が弾む軽快なファンク・ポップ「ワース・イット」や、「7AM」、「シュート・ミー・ダウン」あたりも古いソウル・ミュージックの影響が強い。

 その「7AM」は、故プリンスの「ビューティフル・ワンズ」を彷彿させる幻想的なミディアムで、歌い回しも心なしか“殿下風”に聴こえる、まさにレトロ・ソウルな一曲。「普通の生活を送るほうが幸せ」というメッセージは、荒れ狂った世の中に対してともとれるし、アーティストとしての苦悩の色ともとれる。「シュート・ミー・ダウン」も同様に、シンプルなフレーズを淡々と歌っているが故、何についての脅威なのか不安なのか捉えにくく、様々な受け取り方ができる。この曲は、ストリングのアレンジとエレクトリック・ピアノの演奏がすばらしく、ずっと浸っていたい中毒性がある。

 対照に、温かみのあるコーラスと弦の重奏が纏う「アメージング」や、繊細なピアノとマイナー調の旋律が(かつての)ビリー・ジョエルと重なる「ワン・イン・ア・ミリオン」は、ロマンチックな表現で歌うシンプルなラブ・ソングで、分かりやすく聴き心地も良い。いずれもエフェクトなどの現代的なアレンジは少なく、優しい演奏と穏やかな歌唱でムードを駆り立てた。同じリズムとフレーズを繰り返すアップ・チューン「イフ・ユー・ウォント・イット」も、音色は違えどその路線。(筆者含め)聞き取りが苦手なリスナーにも、比較的わかりやすく歌ってくれるのが、レックス・オレンジ・カウンティの魅力でもある。

 前述のとおり、前作から画期的な変化はみられないものの、良い意味でブレることなく我々リスナーを高揚させてくれた『フー・ケアーズ?』。核となったのは、ベニー・シングスとの相性、前作からの世の中の動き、そしてアレックス・オコナーとしての成長だ。そのあたりは明確に“変化”としてあらわれているし、本人が成長したからこその飾り気のない感情が伺える。バッハにスティーヴィー・ワンダー、マーク・E・スミスからアンドリュー・ゴールド、ミゲルまでを習得した音楽性は、ジャンルに捉われず「好きなものを聴く」昨今の傾向ともうまく当てはまったといえるだろう。しかし、この曲陣を作り歌っているのが、若干23歳の青年ということには驚かされる。

Text: 本家 一成

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